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年間500本以上観る会社員のありのままのレビュー

「小さな独裁者」★★★★ 4.2

◆権力がいかに人を変えてしまうのか?強大化するメカニズムを容赦なく描く。「あなたも制服に騙されていませんか?」

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脱走したドイツの上等兵が、放置された車から勲章つき大尉の制服を見つけて盗み、生き延び、食事にありつくためについた「総統からの特殊任務のため…」という小さな嘘から、権力をどんどん強大化させていき・・虐殺、強奪、あらゆる犯罪を行っていく。

全編を通してずっと緊迫感が続き、人間が狂気に陥る様を描く、予想以上に見ていて辛くなる胸糞映画。「サウルの息子」の感じに近く、おすすめはできないが、覚悟して見るべき価値はある作品。第二次大戦末期のドイツの話で、対連合軍との戦いではなく、ナチスドイツ軍の中で起こっていた問題を描いていて、ユダヤ人も強制収容所も出てこないのにナチスの狂気がひしひしと伝わってくるのは新鮮で新しい形。現代社会の写し鏡のようでもあり、改めて今ある国や社会、会社の在り方を考えるきっかけになるかもしれない。

最初は生き残るため、求められる姿にただ演じていたように見えたヘロルト。しかし権力を手にして一人また一人取り巻きも出来る事で、ネジが外れていく様が丁寧に描かれている。誰でも権力を与えられると周りが期待する存在になろうと奮闘する。影で綻びが生じようとも嘘に嘘を重ねて取り繕う、そこにあるのは保身と権力への欲求だけであり誰もが陥る可能性がある。もし自分も同じ環境におかれたら、どこまで同じことをしてしまうのだろうかと本気で怖くなりながら観てしまった。バレたら死ぬので、偽物として突き通すしかない、そんな緊張感の元で権力を持ったら残虐になるのは無理もないかとも思う。

若くて服のサイズも合っていないヘロルトを見て、周りには彼を偽物と見抜いている人もいるようだったが、結局は彼の決断によって自分が救われる、希望が叶うのであれば従ってしまう方を選ぶ、保身が重要でその方がラクだからであろう。戦下でみんな狂ってるせいで何が正しくて何が間違っているのか分からないのもあるが、その影に隠れて利用して搾取をし続ける連中が多くなるのも時代を超えた人の醜さを見せられた気がした。

会社の組織でも同じように、役人みたいな人や口と態度だけのリーダー、秩序を守りすぎて実際は崩壊している組織。決定権を持ってしまえばどんな人でもそれなりの雰囲気を醸す、役職者という小さな独裁者が現在のいかなる組織にも存在している。

同様に、どこの国の総理や取り巻きの政治家、高級官僚に通じるものもある。「ヒトラー総統が憂いておられる」と総統の名前を出せば大抵のことは通せる。これって、首相案件と言えば国民を騙して資料や統計をいとも簡単に捻じ曲げるどこかの国と何が違うのだろうか? 権力と自己保身と既得権への執着、結局はこれらを失うことへの恐怖心により支えられているのだ。更に、同調する周囲の「支持者」がまた「その支持者」を生んでいく(既得権を守ってくれる政治家に投票する)構造は、いまだに変わっていない。
アメリカを始め自国第一主義が蔓延してきている今の世界、制服に騙されないように、個人一人ひとりが想像力を働かせて自ら考えることがますます重要になってきているのではないか。

この映画が描くのは、権力(その象徴である制服)が如何に人を変えてしまうのか、と言うこと。他にも映画「es」で描かれた「スタンフォード実験」(人は看守と言う役割を与えられれば看守の如く振る舞い、囚人になれば囚人のように卑屈になる)や「アイヒマン実験」(ナチス親衛隊将校、アウシュビッツ責任者のアイヒマンを調べると普通の小市民だった)にもあるように、どんな善良な市民であっても、上位者による指示と責任の回避を保証されれば、残虐な行為に走る可能性はあるという結果も出ている。

役者もみんな上手いが、やはり主演の顔が役柄にマッチしていて、神経質そうで頭もキレそうで無表情で感情が読みにくい雰囲気、特に「目の演技」が印象的で、戸惑い・揺らぎ・呵責・決意などの表現が見事だった。

監督のロベルト・シュベンケは、「RED」や「ダイバージェント」シリーズなどのハリウッドアクション系を撮ってきているので、今回のあまりの激変に驚いたが、間違いなく本当はこういう映画が撮りたかったのだろう、今回念願の想いが感じとられる。実は、本国ではモノクロだったそうで、そちらのバージョンも是非見てみたいものだ。(絶対モノクロの方が合ってると思われる)

 

※ここからネタばれ注意

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【(ネタばれ)ラスト・考察】

最後まで見て想像以上の若さに戦慄した、まさか21歳とは・・この若さであれだけ堂々とやりきったのは驚きというか感心するレベル。カリスマがあったのか、単なる度胸だけなのか、戦時下だからできたのか、それとももともと備わった気質なのか・・

ただ、彼が人の上に立つ者としての本当の実力があったかはラストではっきりと判明する。裁判で無実と判決され前線で戦うことを許されたにも関わらず、結局は逃げ出している。やはり、彼を動かしていたのは借り物の権力で得た権力であり、自らの信念、部下からの尊敬などは全く無かったのだろう。

そして、エンドロール、主人公たちが現代のドイツの街をパトロールしては無抵抗の人に横暴を働いている。これは時代が変わってもなお残る「独裁者の萌芽」は今もこうしてどこかで息づいていることを表している。

普段でも間違っていることを間違っていると言うことは難しい、ましてや特殊な環境にいた場合、疑問を持ったとしても行動できる人間はかなり少ないはず。その中で集団心理に惑わされずに自分の信念で行動できるかどうか・・試される時代がやってきている。