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「暁に祈れ」 ★★★★ 4.0

◆ひたすら神経をゴリゴリ削られる究極の生き地獄体験映画、見た暁には絶対に海外で悪いことは出来ないはず・・

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これまた強烈な追体験型映画だった。言葉の通じない国であっという間に刑務所にぶち込まれると、顔まで全身9割がタトゥーの囚人たち、殺人、レイプ、賄賂、自殺、暴力…そこはまさに無法地帯。ただひたすら閉塞感のある生き地獄を一緒になって生き延びる体験が出来る。さらに実話ベースと聞いて神経をゴリゴリすり減らしながら、見終わった後は疲労感と安堵感と不思議な高揚感が得られるはず。

海外で少し羽目を外したくなってもクスリはもちろん悪いことは絶対止めよう(他でも捕まったら最後だと思って)と教育映画としても完璧。タイの刑務所はとにかく入りたくない刑務所No. 1決定。

主人公ビリーは、家族から逃げ(父親から虐待を受けていた?)、イギリスから逃げ、タイに流れ着き、そこでも薬物に逃げ、刑務所でも薬物に溺れ、遂に生きる事からも逃げようとする。生き地獄という言葉では足りないような刑務所暮らしの中で、ボクシング経験を活かしてムエタイに活路を見出していくが、当然ながら簡単なものではなく、最後まで緊張感が続く。単純に更生とか再生とか希望という言葉では言い表せないし、生きている限り地獄は続く。

タイの本物の刑務所、本物の囚人を起用するなど徹底的にリアリティにこだわっていて、最初の雰囲気から絶望感しか出てこない。ビリーに密着したカメラワークは、手持ち・固定は心情に合わせて変えているらしく、限りなくビリー本人主観で見える世界を表現していて、落ちていく感覚や息苦しさが伝わってくる。地獄のような場所に訳も分からず放り出されて彷徨う感じは「サウルの息子」に近い感じ・・(特にボクシングシーンや暴力シーンは激しく手振れするので注意)

刑務所の残酷さは際立っていて、暑さ、湿気、他人の汗、汚物にまみれながら、ギュウギュウのすし詰め状態での生活は臭いまで伝わってくる。対象にギリギリまで寄るカメラ、最小限のセリフと音楽が異様な緊張感を生みながら、圧倒的な暴力を淡々と日常として描く。絶望しかない最凶の脅し文句「エイズ感染させるぞ」とか、キツすぎるレイプシーンとか、誰だって死にたくなるわ。

主人公が“理解できてない”うちは、現地の人たちの言葉は字幕が表示されないので、観客も状況が分からずとにかく不安な気持ちが続く。中盤以降は徐々に字幕がついてきて、この環境に対応しつつ、タイ語も少しずつ理解してきた強さが見て取れる。

死ぬ寸前までいったビリーがムエタイに希望を見出して、己の弱さと闘いながら最後の力を振り絞る強さと覚悟に美しさと感動を覚えた。

 

最初にキャスティングされていた俳優が降板したために、ジョー・コールが起用されたとのこと、白くてかわいい童顔と筋肉ムキムキの荒々しさが絶妙な感じで、強すぎず弱すぎず絶望から這い上がる変化を繊細に演じていた。

署長は出てきた時に「オンリー・ゴッド」のあの最強おっさんだったので、これまたヤバいと思いつつそこまででは無かった。。女性はほぼ出てこないが、ニューハーフ、レディーボーイが(ちゃんと場所も区別されてるのがさすがタイ)の存在感は大きかった(あのカラオケの微妙な感じ)。

他の映画だと「ミッドナイトエクスプレス」を思い出したが、ここまで酷くはなかったかな。同じタイ映画「バッド・ジーニアス」のハラハラとは全く違うが、どちらも賄賂が日常社会に根付いているのは納得。

「A Prayer before Dawn」⇒「暁に祈れ」、珍しく邦題含め本当にタイトルが素晴らしい。「Player」と「Down」がそれぞれ裏ワードとしてダブルミーニングになっているのも見事。元々はビリー本人が書いた大ベストセラーの自叙伝「A PRAYER BEFORE DAWN」の映画化。

 

※ここからネタばれ注意

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【(ネタばれ)ラスト・考察】

ラストの試合も少し単調な描き方で、試合の意味の重要さがいまいち伝わってこなかったが、あのバックスピンエルボーで決めるあたりはリアルで、結局こんなもんだよなあと妙に納得させられた。

試合後のそれから、ビリーが対面する父親役が実際の本人(ビリー・ムーア)だということを後で知って、説得力あり過ぎで鳥肌が立った・・

逃げて逃げ続けてきたビリーが最期にとった行動、脱獄できそうになった時、刑務所に戻ることを決めたビリーの強さと賢さと成長に涙。普通なら外の世界に出てしまったら絶対に戻る選択は出来ない・・あの長く続く線路の先を見つめたとき何を思ったのだろう? もし刑務所に入らなければ、もっと死んだような人生をただ浪費していたかもしれない、人生は分からない。彼はボクシングがあったからたまたま生き残れたけど、普通の我々(そもそも刑務所に入らないか)は何で希望を持ち続けられるのだろうか?自分の強さ・武器・生き抜く理由を改めて考えてみたい。。