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「岬の兄妹」 ★★★★☆ 4.8

◆タブーを吹き飛ばす問題/衝撃作、胸クソ悪い現実にフン詰まりの貧困さ、必死でフン張り生きることへの人生賛歌!

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障害、差別、失業、貧困、売春、犯罪、絶対にメジャー映画ではできないタブーな題材に挑んだ問題作、内容的には今年一番の衝撃作となるはず。数々の映画人から賛辞を集め、一部の映画ファンの間で話題騒然となっていて、ネット・SMSでの口コミ評判から拡大公開までこぎつけた。製作にあたっての監督、キャストの覚悟がうかがえる、気軽にオススメできないが見るべき映画。R15だがR18でもいいレベルなので「カメ止め」並みのブレイクは絶対にないだろうが・・

生きることのギリギリ末端にあるような「岬」に住む二人、基本は造船所を解雇された脚の悪い兄が知的障害者の妹に売春をさせて生き抜くために何でもする話。「万引き家族」では描ききれなかった金銭面での貧困だけでなく、障がい者としての社会的弱者の貧困をも描き出していて、更に一歩踏み込んだ現実の生々しさや厳しさから人間の本質を炙り出していく。

とにかく今を生きるためにクズになるしかないところまで追い詰められる兄。全てにやり場のない怒りを抱えながら妹には最低な行為をする一方で、大切に想う気持ちを垣間見せる姿に、誰も文句を言うことは出来ない。犯罪と分かりながら楽しそうな妹の姿に喜びを感じ、そして生を性で繋ぐこの生活から逃れられなくなっていく。そんな行動も、美味そうに飯を食う姿、快楽、そして潤っていく生活に犯罪行為や倫理観が正当化されているように思ってしまう怖さ。生々しい性描写を含め、美化されていない人間の本質を炙り出している。最後まで苦しい展開の中に挟み込まれるユーモアに笑っていいものかも分からなくなり、自身の価値観や倫理観をひたすら試されている様で、自分を含め見ている観客の表情や空気感もすごかった。

おそらく賛否両論どころではなく全く受け付けない人も多いだろう。しかし、チャレンジングな題材をここまで極端に振り切って、演出や台詞、シーンに無駄が無い凄い完成度の作品にした監督の力量と、素晴らしい演技力と存在感だった兄妹2人(特に妹役の和田さんのまさに体当たり熱演)に賛辞を贈りたい。

生きていくことへの生々しい執念を感じさせる想像を絶する脚本、そのインモラルさ、残酷さをそのまま観客に叩きつける。観客の側にもそれらを笑い飛ばし生き抜いていく力が必要であり、耐えられない人は目を背けてしまうことになるだろう。

 

人のせいにして自分に甘く、本当に狂って救いようがない馬鹿な兄だと思うが、「生きる」ことがどれだけ難しくて厳しくて苦しくて辛いかを分かっているから、どんなことをしても「生き続ける」意思が熱く伝わってくる。こんなに「必死」という言葉が響いてくる映画は無く、ストレートで動物的で貪欲で醜くて汚いけど、涙が出るほど美しくて強くて素晴らしかった。

妹の一つ一つの偽りのない言動や、必死さからくる兄貴の行動が、演出を超えたリアルがあって「ふるえながら、生きていく」瞬間が確かにあって、そういう姿に人の心は動かされる。ともに生きるお互いへの愛が確かにそこにあるわけで。

「それでも人間かよ」友人の警察官からのセリフに対し、人間だからこうなるのだ。クソみたいな世の中に文字通りクソを投げつけ必死に生きる兄妹、生きることは綺麗事ではない、這い蹲って生きなきゃいけない、だから辛いし見苦しいのだ。

限られた友人を警察官に設定したのは、あえて偽善者として目立たさせるためではと思う。彼は一般的な言葉を放つだけで、心に響かず問題は解決しない、唯一福祉等、公的な場所への架け橋になり得た人物であるにも関わらず行動はしない。それってわれわれ見ている観客に近いのでは。

そして、誰もが思うであろう生活保護や障害者年金・給付金のことを出さないのは、本作をあえて観客を傍観者・高みの見物にとどまらせるためだと思う。ある程度の生活や安定が保証されている立場である観客が「酷い、助けてあげて」と中途半端な声を挙げることを偽善と感じるよう仕向けていく。

こういう人間の生きるが故の業のようなものを描いた作品は、一昔前ならにっかつロマンポルノに多かった。特に曽根中生の傑作、「㊙︎色情めす市場」、これは健常者である姉が知的障がい者である弟を自らの身体でもって養う厳しさを描いていた(対し本作は両方とも障がいを抱えている)。本作で産婦人科の女医を演じたのが「風祭ゆき」なので、意識しているはず。

また、同様に韓国映画「オアシス」イ・チャンドン要素や、「悪い男」キムギドク要素なども近いものがあるかと感じた。そういや白石和彌監督のデビュー作「ロストパラダイスイントーキョー」も、障害者の兄を自宅に軟禁して生・性を実感させるストーリーだった(完成度は本作の方が上だが・・)

  

【演出】

これが長編デビューという片山慎三監督は山下敦弘監督やポン・ジュノ監督の下で経験を積んだとのこと。驚くべきことに今作は全て自費での製作ということでその信念には本当に頭が下がる。確かにスポンサーがいれば、売春、身体障害、自閉症、人糞、暴力などの表現がここまで自由には出来なかったかもしれない。

一つ一つの描写に無駄がなく、演技も演出もカメラも全てがすさまじい熱量で「必死」さが伝わってくる。足元からのカメラワークを意識して、この最底辺からの視点が全編を通して貫かれている。ラスト付近の砂浜で泣き叫ぶ兄を、低いアングルで段々とカメラが引きながら映していくカメラワークは素晴らしかった。全体的に同情し過ぎない程度に突き放して俯瞰的に見せようとしていくバランス感覚が良い。

中盤のお金が入るようになってからは画面の色も比較的明るめで、電柱が並ぶ田舎道を兄妹2人だけで歩く画は、少しピントを歪ませながらも美しい。
最初の売春となるヤクザとの地獄のホテルシーンの後、2人を照らす港での碧みがかった雲と陽光は信じられない程に美しく息を飲んだ。そして、最初に食べるのが幸福感マックスのマクドナルドというのがリアル。

また、取り立てから隠すため部屋の窓に貼り付けていた段ボールを、一気に剥がした時に差し込む光のまぶしさ美しさ、初めて世界と繋がったようで感動的。光を遮られ鎖で拘束され閉じ込められた監獄のような息苦しさから、兄の役に立ち誰かに求められる「冒険」こそが妹の自由で生きている実感になったのだろう。

クソガキ学生に襲われ売春の売上金を盗まれそうになった時の衝撃の行動は、動物や昆虫などの弱いものが生きるために行うのと同じで、弱肉強食の底辺にいる本能だと思うと笑いながらも納得できた(いじめられっ子もこの撃退法をマスターすれば怖いものなし?そんなタイミングよく出来るのかは?だが・・)

あまりにも食べてなくてうんこも出ない…と嘆いてたシーンを入れて、ある程度お金が入って食べられるようになったら例の衝(笑)撃シーンでの「まだまだ出るぞ!」回収は見事。
いじめられっ子高校生が筆下ろしして人生に希望を抱く微笑ましさと、感想「海の匂いがしました」からの握手するシーンは本当に爆笑した。

セックスシーンで体位が変わったら抱いている男も変わっていくカメラワークと編集の妙は驚かされた。編集のつなぎ目が分からないくらいシームレスなので、89分という時間に収まっていて、嫌悪感あふれるシーンを長引かせないのも上手い。

あと印象的なシーンとしては、空に舞うピンクのチラシ(店名の「KYスタイル」そりゃ空気なんか読んでいられるか)、縁側での線香花火(「万引き家族」の見えない打ち上げ花火に対して、こちらは儚い小さな灯の点滅で限られた細い線をジリジリと消耗していく)、兄の夢のシーンなど徹底して現実を描いているからこそ、一瞬のささやかな幸せな瞬間が際立つ。

 

【役者】

驚異的なまでの鬼気迫る熱演でドキュメンタリーを見ているかのような錯覚に陥る。特に妹役の和田光沙は、自閉症の方に見られる目の動きや手の動きといった行動が全く違和感がない、まさに体当たり演技で臨んだ迫真のセックスシーンは、激しく、泥臭く、美しくは見えない。身体のライン(少し緩んだおなか周り)も少しだらしなさがあって、すごくリアルで生々しい性への欲望むき出し感も素晴らしい。善悪の判断が難しいと思われる中で、本能のままに行動している無垢な感じもよく出ていた。

兄役の松浦祐也は声や話し方もあってどうしてもナイツの塙に見えて仕方なかったが、小汚く嫌らしくまさに人間のクズながらも憎めない感じを見事に醸し出していた。足の引きずり方が終始一貫していないように見えた(あえてそういう設定なのかは?)のが唯一惜しいかな。

「小人」の客は、監督の中村祐太郎が演じていてさすがに上手かった。
 

※ここからネタばれ注意

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【(ネタばれ)ラスト・考察】

結局はこの状況が続けば予想されるように妹は妊娠してしまう。その間のお仕事は休み、産婦人科での先生の分かったようで分かっていないセリフ、10万円の中絶費用の捻出と現実が重くのしかかる。

お腹の子供をブロックで叩き潰そうとするシーンは、普通ならさすがに思い留まるだろうと思うが、この映画なら十分にありえると思わされてドキドキが止まらず。そのシーンの間にある水を飲むシーンの音響演出が良かった、ちょろちょろ流しっぱなしの水が茶碗を差し出した瞬間完全な無音になり、断ち切れる彼の絶望感が伝わってきた。

堕胎を考える兄が妹を救うため、小人男の部屋を訪ね、結婚してほしいと懇願するシーンは衝撃的(費用をせびりに行くだけだと思ったので)。自らも障害をもつ兄が障害者の男の弱みにつけ込んだ、どうせ普通の女と付き合えないだろうから、小人男なら妹と結婚してくれるかもしれないという差別と偏見(観ている側もOKするかなとも思ってしまう)。抱き合う寄り添うシーンを見る限り彼も妹のことが好きだろうけど「結婚はできない」とドアも開けずの回答、これがこの映画で描かれるどうしようも途方もない現実。

そして堕胎手術シーンのリアルさ、助産師の「逃げないで」の一言があまりにも重く、ずしんと心の奥まで響いた。

ラストに向けて兄が妹を探す、冒頭のシーンと同じだが微妙に異なっていて、物語の始まりと終わりの差、つまり変わってしまったこと、失われてしまったものを強く意識させられる。

 

ラストシーン、岬の岩場にポツンと一人たたずむ妹のそばに兄が近づいていく、その時、兄の携帯が鳴り出す、妹が振り返って見せる表情でカット。終わり方も切れ味よく個人的にもこれしか無いという感じ。

解釈は人それぞれあるかもしれないが、携帯電話は「お仕事」の電話だと二人とも気付く、妹が見せた虚ろな表情が強烈で「無間地獄!」なのか? 兄は作業着を着ていたので造船所に復帰したのだろうが、一度尊厳を捨てて闇に落ちた人間は簡単には這い上がれないはず、自分が汗水流すより妹の身体を売った方がラクだから。

妹も化粧していたのなら(再見しないと分からず)、子供を堕ろしても売春は続いていくのか?「お仕事・冒険」の生きがいとして復活できる喜びもあるのだろうか?

個人的には、電話はきっとあの小人からであって欲しい、確かに妹との間に安らぎはあった、突然の兄からの催促や結婚という言葉にあの時は誰だって冷静には返せない、心のどこかでは気になっていて結婚までは行かなくても心配やまたお仕事の電話から始まって欲しいと願う。

徹底的に現実を突き付けてきたこの映画が、最後に救いをもたらすのか。見る人によって最後をどう受け止めるか。今もどこかに実際にいるであろう岬の兄妹たちに正規の生きがいを、どうか希望をと思うが願うことなど簡単で、所詮は友人の警察官と同じ身勝手な傍観者でしかないのか・・ここまで観てその答えが出せない自分はどこまで行っても偽善者なのか・・

そう考えると、最後の電話は、われわれが二人にかけた電話なのかもしれない。。あなたなら二人に何と話しますか?