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「メランコリック」 ★★★★ 4.2

◆「カメ止め」に続く低予算自主製作映画の星、「湯を沸かすほどの愛と殺人」予測不能の青春ブラックコメディの銭湯(戦闘)物語に誰もがのぼせあがる! 

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映画好きの間で話題となっていて評価も高いので、都内ではアップリンクのみ公開、せっかくなので昨年出来たアップリンク吉祥寺で鑑賞してきた。

バイトを始めた銭湯が実は営業時間後に死体処理場だった・・それを偶然目撃してしまった冴えない主人公が巻き込まれていく話。ポスターや予告編からはサスペンスでバイオレンスな展開を予想していたら、青春ブラックコメディとして全く飽きのこない予測不能の展開で非常に面白かった。殺人をリアルさとポップさを共存させて不条理ギャグみたいに、日常の中の非日常を当たり前のように絶妙なバランスで描いている(グロさはそこまで無いが血の出るシーンは結構あるので苦手な人は要注意)。

脚本も撮り方もよく練られていて破綻もなく、登場人物の心の機微に心地よい共感を重ねていきながらスッと物語に入り込める不思議な満足感。

 

製作費予算300万、10日で撮影という低予算の自主製作映画だが、東京国際映画祭で監督賞、昨年「カメ止め」が受賞し話題となったウディネファーイースト映画祭で新人監督作品賞などを受賞している。なので、「カメ止め」に続けとの宣伝文句もあるが、題材も作風も異なり決して万人受けする内容ではないので比較したり、期待し過ぎない方が楽しめるはず。

主人公・和彦を演じた皆川暢二の呼びかけで、アメリカで映画制作を学んだあとIT業界でサラリーマンをしていた田中征爾と、俳優の傍らタクティカル・アーツ・ディレクターとしても活躍する磯崎義知という同い年3人で立ち上げた映画製作ユニットOne Goose( ワングー )による長編映画デビュー作。

作り手の「これもあれもやりたい!映画撮るのが楽しい!」という衝動が溢れているが、とっちらかっていない、無名の役者陣によるキャスティングも演技も見事にハマっていて「カメ止め」同様にすべてが愛おしくなる素晴らしい作品だった。

 

主人公・和彦のエリート=成功者という風潮への苦悩、殺し屋として生きてきた人間の孤独な生き方、銭湯オーナーの借金ヤクザ地獄の泥沼化など、すべてが絶妙にズレながら、不器用に生きるしかない人たちの葛藤を描く人間ドラマとしても秀逸。

銭湯での死体処理という特殊な状況の中、心が満たされない日常の中で殺人という非日常が与える刺激、死を身近に体験するからこそ得られる生の実感・・

そして仕事として経験しながら成長するまでを丁寧に描いている。仕事の目的・やりがい、理不尽な業務量や納期、業務分担の適正バランス、客や上司との信頼関係、同期との切磋琢磨・嫉妬心、年配と若手社員の確執、仕事と家族や恋人のバランスなど・・各自いま所属している社会、会社やバイト、学校や家庭に置き換えても共感できそうなのが良い。

そんな人間ドラマに、女神のような女性との童貞純愛ラブストーリー、安っぽくないリアルなアクション、凸凹コンビの友情・バディもの、緊張感あふれるクライマックスなど総合エンターテインメントとしても最高に楽しめた。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)演出・考察】

アクションシーンは、血の量を少なくするなどグロさを敢えて抑えていて、あくまでも作品のテーマに合わせて日常から逸脱しないレベルを徹底していた。やろうと思えば真っ白い銭湯の一面に真っ赤な鮮血が派手に飛び散るなど「冷たい熱帯魚」や「ヒメノア~ル」のようにも描けたはず(「ぬるい熱血量」「姫ノアール」調に抑えた)。

なぜ東大出身なのにニートなのか?、なぜこの人は殺されるのか?、なぜ平気に人を殺せるのか?、なぜ和彦を好きなのか?、など「理由」を敢えて明確にしないのは、先入観や当たり前を捨てるカウンターとして考えさせるためか・・東大卒は一流企業へ就職する、ヤクザなど悪人が悪いことをして殺しもやる(一般人はみんな善人?)、冴えない男はモテないなど。。

 

それぞれのキャラクター造形が素晴らしく、みんな知らない役者陣だからこそ何の先入観もなく観れて、一人ひとりの演技も上手くて素晴らしかった。

※和彦:最初見た時はココリコ田中にしか見えなかったが、ワンテンポ遅れたまま巻き込まれていく感じが、ちょっと天然で憎めない性格が愛おしい。。コンプレックスの塊のくせにプライド高そうな感じが節々に出るところが面白い、「東大出てるんでしょ?」「ええ、まあ」まず最初は学歴は避けられず「学歴なんか関係ないですよ」とか。

殺しの後処理でも何でも重要な仕事を任せられたことへの喜び、ヤバさを理解せず高額報酬をもらって調子に乗るところ、同期の松本が先に重要な仕事を任されることへの嫉妬、自分だけが知らないことの不満、何でも把握しておきたい詮索など。。でも、メガネを取るとイケメン感がほとばしるところや、実はオシャレな服装が似合うところ(身長体型良し)の魅力は百合は見抜いていたんだろうな。

演じたのは皆川暢二、今作のプロデューサーであり素顔は超イケメンで誰も同じ人だとは思えない。人と話す時に眉を上げて目を見開く表情の気持ち悪さや、口をひん曲げた表情の動かし方が完全にコミュ障のもので、冴えない表情の中で些細な心境の変化を絶妙に演じきっていた。 

 

※松本:淡々と殺す感じが現実離れしていながら本当のプロを感じさせた、一番凶悪なはずにもかかわらず一番常識をもっていて最後までマジでいい奴なのが超ずるい。必ず敬語を使って頭の回転も良さそうな受け答え、言い回しが気持ちよく、言われたことを確実にまじめにする感じや血の掃除の負担を減らすべく殺し方を絞殺に変える気づかい、酒を飲まないストイックさなど、、魅力的すぎて普通なら絶対にモテるはず。

とにかく、和彦との会話がすべて素晴らしく、殺す覚悟を決めた和彦と2人での「飲み」のシーンはグッと来た(松本が童貞と解ると急に優越感に浸る和彦の顔には笑った)。

演じたのは磯崎義知、前半のチャラチャラした若者風から徐々に殺し屋としての本性と人の好さを表現していくのは見事で、アクションシーンは自ら構成・演出を手掛けているだけあって、ヤクザ事務所へのカチコミシーンなど無駄のない動きや流れなど上手くて見事だった。

 

※百合:こんなにも都合のいい全ての望みを叶えてくれる女性は存在しないだろう、と思わせるほど女神のような存在、途中まで童貞の脳内妄想彼女かと思ったくらい。オシャレなお店に行って告白したら喜んでくれた上に次からは居酒屋で良いよとか、いつも最高の笑顔でいてくれて、別れ話の時でさえ詳細まで聞かずに笑って別れてくれるとか・・

最初に銭湯で働くのを進めたり、あまりにも二人が上手くいくので、その笑顔の裏で絶対に何か企んでいて騙しているのか?、何か事件に巻き込まれるのか?とずっと心配していたが、結局そのまま何もなくリアルにいい子だったという奇跡・・

それも最後に打ち明けた秘密が電気ガス代が払えなくて銭湯に来ていたという単なるズボラだったというある意味一番の大どんでん返し。。高校時代から和彦のことを気にかけていたのだろうが、和彦のどこを好きになったのか誰もが気になり羨ましいはず。

演じたのは吉田芽吹、抜群の美人・可愛さではないが、とにかく笑顔が可愛く常にポジティブに輝いていて作品の中で救われた人も多いはず。この映画の中で浮いてしまわないのは彼女ならではの存在感だと思う。居酒屋でのほろ酔いシーンは神懸かり的な可愛さ、一緒に飲みたい、帰り手つなぎながらほろ酔いで帰りたい・・と誰もが思ったはず。

 

※東(銭湯オーナー)、田中(ヤクザ):最後の最後まで田中サイドを動かなかった東、本心が一番分からず、田中から手を切る気が最初からなかったのか、田中の怖さから逃げられなかったのか・・最後は二人を裏切るのかなと半分ぐらい思ったが、あの面倒見の良さげな顔の裏の本心は読めなかった。

田中は最初は木村祐一とケンドー・コバヤシに見えて、和彦のココリコ田中と吉本芸人で話しているかのように錯覚してしまった。田中の部屋で作ったオムライスのケチャップが伏線になっていたのね。。最後に二人が松本に言う「若い子たちがこわい」というセリフも印象的で、会社内の現状維持を望む年配社員が、新しい改革を提案する若手社員を恐れる構図と同じにしているのかと感心した。

※アンジェラ(田中の女):ナイスバディに日本語のアクセントも上手で、田中への態度の悪さもスカッとしていた。途中に松本との絡みで二人が関係を持ち田中との火種になるか、最後の殺す現場でアンジェラが邪魔して撃つのをためらって逆襲されてしまうとかも予想していた。

 

※和彦の両親:最終的に一番本当に恐ろしかったのはこの二人だった。。息子が突然連れてきた松本(撃たれて重傷)の手当てを何の違和感もなく慌てもせずに手当する母親。翌朝どう考えても銃で撃たれているのに「お風呂屋さんの仕事も、結構危ないんですね」と呑気に話す父親(まさかキャッチコピーの回収シーンがここだったとは!)。

いずれにせよ、和彦がクソつまらないと感じていた家族の光景が、松本にとっての夢のようなものであり、改めて平和の象徴になるのが見事。「今日も母さんのご飯美味しいよ」と照れも無く毎回優しく言う父親に、こういう褒めが夫婦円満の秘訣なんだろうなあ・・と自分ごとで反省してしまった。。

 

【(ネタバレ)ラスト・考察】

物語の流れ上、どう見てもハッピーエンドにはならなさそうなところ、敢えて持ってきたこのラスト。

結局、東は裏切って田中サイドについて松本に発砲するのだが、携帯で状況を聞いていた和彦が逃げずに助けに来て、田中と東を一発ずつで見事に撃ち抜くという意外なセンスで決着。新たに銭湯のオーナーを相談していた同級生の田村にお願いして、雇われ店主として和彦、従業員として松本とアンジェラの3人で再開(百合が別れたあと誘われていた田村と付き合い、和彦が田村を殺してしまうのかとも思った)。

そしてラストカットは、終了後の銭湯で百合も入れて4人での宴会シーン。今までの窮屈で縛られた時間から一気に解放されるかのように広がる幸せな瞬間(構造改革からの世代交代)。

このメンバーで銭湯で飲むなんて予想しなかったけれど、これしかないという大団円で、お酒を飲まなかった松本がワンカップを飲むことで平和になったこと(殺しはもうやらない)を表現しているのだろう。

 

いっけん幸せに溢れたラストだけど、正直これで丸く収まらないかもしれない・・プロの松本が完璧に証拠を消したのだろうが・・組長?頭?を殺されてヤクザがそのまま黙っているのか、2人との関係はバレないとも限らないし、警察が新たに疑うかもしれないし・・そう考えると儚くて刹那的なラストとも読める。

それでも、自分の居場所や存在価値を見出した和彦、家族や仲間という風呂以外の温かさを知った松本、別れの原因を問わず再び恋人に戻るであろう百合 田中から解放されて人生をやり直すアンジェラ(松本の童貞卒業か?)、とにかく少しでもみんな幸せになって欲しいと願う。

 

「人生には、今この時間が永遠に続けばいいのにと思う瞬間が何度かある、僕はその瞬間のために生きている、それでいい」ラストのこのセリフのために、やはりメランコリックな時間は必要なのだろう。若者たちのモラトリアム打破の青春物語として、憂鬱どころかこんなに清々しい気持ちで映画館を出ることになるとは思ってもみなかった。

そして、観た後は銭湯に行きたくなるのは間違いないし(ちなみに劇中の銭湯「松の湯」は浦安にあるらしい)、どこかの銭湯の閉店後を想像してみたくもなるだろう。

温かい湯船に浸かりながら「あぁーー」と声を出して、辛いこと苦しいこともあるけれど、ささやかな楽しみや幸せを感じる瞬間のために、前向きに生きていくのだ!