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年間500本以上観る会社員のありのままのレビュー

「赤い雪 Red Snow」 ★★★☆ 3.8

記憶と人間の曖昧さ、積もり重なる雪と記憶、ぜんぶ雪のせいだ!欠けたパズルのピースを埋めて雪も記憶も謎も解けるのか?想像力が試される・・

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少年失踪事件の被害者の兄と加害者の娘が30年の時を経て出会い、曖昧な記憶や運命が交錯していくサスペンス。

終始、不穏な怪しい雰囲気を醸し出しながら重々しく展開される、記憶の曖昧さ・不確かを表す物語。謎解きメインではなくセリフも少なく余白が多いので観る側に想像させる・判断を委ねる映画で、はっきりと好き嫌いが分かれるはず。

監督・脚本は甲斐さやか、女性らしい色艶を感じる映像美や展開はヨーロッパ映画のようで、新人監督の長編デビュー作とは思えない完成度。オリジナル脚本も実際に起こった複数の事件からインスパイアされた“10年に1本の脚本”と絶賛を浴びている(さすがに言い過ぎだけど)。

 

人の記憶の曖昧さ、起こった事実と人の記憶は同じとは限らない、人の記憶とは都合のいいように塗り替えられる・・塗り重ねられる漆や降り積もる雪のように。30年に渡る記憶の欠片を探す旅であり、欠けたパズルのピースが少しずつ埋まっていくその先に何があるのか?救いなのか絶望なのか? 

全ての景色を記憶を曖昧にしていく降り積もる白い雪、その奥底を覗こうとしても加害者と被害者の境界線が曖昧になってくる。親に愛されなかった小百合と一希、更に自分を・誰かを守るために塗り重ねられていく記憶・・本来であれば一人だけの記憶の曖昧さを家族や恋人・友人などが持つ記憶と共有し補完し合うことで満たされていくのだが・・今作では登場人物の誰もが何かを隠している信用できない語り手なので、観客自身それぞれの記憶により物語を作っていくことになる。

血や口紅や服の赤、闇の黒、雪の白、漆の赤と黒、曇天の灰色グレー・・雪が解けて晴れ間が見えてくると、塗り固められた記憶も溶けて謎も解けるのか?、それでも赤と黒(血と闇)は残り続けるのか? 

  

【演出】

日本海を思わせる波音高く荒れる海、降り続ける雪、どんよりとした暗い空が寒々しく閉鎖的な雰囲気で、事件に翻弄され今も暗い闇の中をさまよっている一希と小百合の心情を表現しているかのよう。

オープニングとエンディングがアート的で凄く美しい、特にアバンタイトルのシーンは足跡を彷彿とさせる赤と白のコントラストが見事。

2人が雪山でそれぞれの情念をぶつけ合うシーンが壮絶、ビニール袋を被せられ窒息しそうなまま抵抗してフラフラする小百合を引きのカメラで捉え続けるのが印象的、笑いそうになるギリギリのラインで異常さを保っている(跡が付くので一発撮りだったらしい)。

脚本は重厚で力強く緻密だと思うが、少し盛り込みすぎた感があり、特にルポライター木立が高田の甥?という裏があったなどは最後に言われても十分に描き切れていないのであまり有機的ではない。

エンドロールでは、役者と監督の名前の文字が欠けてるのが良かった、誰もが持つ「欠けた記憶の欠片・不確かさ」を表しているのか。

真っ白い雪の中の闇を描いた作品としては「ウインド・リバー」、「ミスミソウ」、「私は絶対許さない」、「愛しのアイリーン」、「僕だけがいない街」などを思い出した。

 

【役者】

永瀬正敏(一希)は、実際に漆職人のもとで修業したらしくすごく様になっており、漆を掘って塗る=記憶を掘って塗り重ねるのを見事に表現していた。

菜葉菜(小百合)は、比較的エキセントリックな脇役が多かったが(「ヘヴンズ・ストーリー」にも出てた)、今作では愛情も良心も人格破壊されて虚ろな目で彷徨う不気味さを見事に演じていた、ベテランを相手に負けていない。

佐藤浩市(宅間)は、珍しく悪いクズ男の役だったがさすがの上手さで説得力が違う、自主映画をメジャー並みに押し上げてくれる存在感。

夏川結衣(早奈江)は、早奈江のシーンは多くはないが、余りにも鮮烈で秘めた狂気であの嘲笑うような顔が頭から離れない。

子役たちもトラウマにならないか心配なほど入り切っていた、あと一番ビックリしたのはこの重い自主作品にまさかイモトアヤコが出てくるとは(何つながりなのか?)。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)ラスト・考察】

心をざわつかせるラストは、はっきりとした真相・結末はなく、観客それぞれの想像で補うしかない。深い霧の中に現れる一艘の渡し船、そこに乗り込み海へと消えていく二人(タルコフスキーの「ノスタルジア」や溝口健二の「近松物語」を彷彿とさせる)・・何を意味するのか?。思い出した真相に対する罪の意識・逃げられない運命からの心中自殺なのか・・トラウマに翻弄され彷徨い続けた二人の雪解けからの新たな旅立ちなのか・・ラストの船は現実ではなく虚構で記憶の書き換えなのか・・観客一人ひとりが記憶の欠片を組み合わせながら考えていくしかない。

 

二人とも親から疎外されてきた境遇で育ち、加害者家族、被害者家族という苦しみの中で、小百合が一希に言った「本当の事ってなんだよ、みんなお前が悪いんだろ」に対し、ラストで実際には一希にも原因があったことを想い出す。

一希の真相は、母親は自分より弟の卓巳を溺愛していた、元は早奈江(ショタコン?)の部屋に行ってお菓子をもらっていたのは自分だったが、弟を彼女の部屋連れていき、今度も早奈江は自分ではなくて弟を可愛がってる姿を覗き見てしまった、これで弟への嫉妬心が爆発したのか、弟が行方不明になった時も警察や両親に曖昧なことしか言わなかった。その罪の意識からなのか記憶を塗り替えて・忘れたことにして、今まで自分を責め続けてきたのだった。記憶を思い出したかったのではなく、思い出したくなかったのか。

小百合の真相は、母・早奈江が起こした二つの事件(一希の弟の誘拐・殺しと高田殺しを火事で隠そうとしたこと)を閉じ込められていた押し入れからずっと見ていた目撃者だった(宅間が一連の犯行の計画を立てた黒幕か)。または実行は全て早奈江ではなく、小百合が卓巳の入った袋に火を着けた可能性もなくはない(命令されてか自らか)・・そのあと宅間と共謀して早奈江を殺したのかもしれないし(家出したことになっているが)、最後には宅間を殺していたと思われるので元から気質があったのかもしれない。なので、目撃者というよりも共犯者であり、一希と同様に自分の記憶を塗り替えた罪の意識から今まで一切何も答えてこなかったのか。

一希が小百合に言った「君はお母さんとは別人だ」に対する小百合の表情から何を読み取るか?・・あの母とは違うと言われて安堵したのか、自分が言った嘘に一希が騙されたのを嘲笑したのか・・全てがパズルのピースであり、「巡り合わせが悪かった、1つでも揃わなかったらこうは成らなかった」小百合のこの言葉通りなのか・・

 

世の中は不条理だ、生きていくこと自体が理に合わないこともある。「ぜんぶ雪のせいだ!」すべて雪が解けて消し去ってくれればいいのに・・