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「夜明け」 ★★★★ 4.1

◆是枝・西川イズムの継承、人は誰かの代わりとして生きていけるのか、過去と今と向き合うことから逃げていて夜明けは来るのか・・柳楽優弥の語らぬ演技は必見!

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是枝裕和西川美和監督たちが設立した製作者集団「分福」の広瀬奈々子監督のデビュー作、両監督の監督助手を経て、自ら書き上げたオリジナル脚本ということで、是枝・西川エッセンスが明確に感じ取れる作品。良くも悪くも緻密に計算され尽くしていて完成度は高い、心の揺らぎや変化を丁寧にリアルに描いていて、特に柳楽優弥の危うさが映画全体の不安定さ・居心地の悪さを見事に表現していた。

ストーリーは、哲郎(小林薫)は川沿いに倒れていた男を連れて帰り、死んだ息子と同じシンイチ(柳楽優弥)という名前もあり、家において面倒をみていくがシンイチもある過去を抱えていた・・という基本的に心に傷を負った二人の男の話で、辛い過去を乗り越えられない人間の心の機微を映し出した内容が何とも痛々しい。淡々と静かに進んでいき無言のシーンも多く退屈に思う場面もあるが、その間の入り方やメタファのカットなどが心象描写と重なって見逃せない。

 

お互いに過去に向き合えず、理解出来そうで出来ない・依存しているようでしていない微妙な関係がもどかしい、哲郎は完全にシンイチに息子を重ねて、シンイチは応えるように茶髪にしたり服装を真似たり近づこうとするが、罪の意識もあり成り切れず戸惑うばかり。気付いた時には哲郎の優しさに見えていたものが、現実に向き合えない異常とも思える同一化の押し付けになっている・・ゆっくり時間をかけて自分を取り戻したいシンイチに対して、今度は絶対に離さないとレザー財布をプレゼントしたり、必死で食い止めたり、急かして焦らせる哲郎の姿が怖くもあり切なくもあり。

 

二人とも過去からの許しを求めているのか、これ以上傷つきたくない、他人の優しさが期待されるのが辛い、放っておけない・放っておいて欲しいなど、お互いに不器用すぎて思いがすれ違ってしまう。ラストも一方の目線から見ると深く傷付くが、もう一方の目線から見るとその言動も痛いほどよく分かってしまうので、どちらの目線に寄り添うかによって感じ方も変わってくるはず。

もっと素直に本音で話せれば、とりあえず一緒に生活は出来たかもしれないが、それが出来るほど器用でも意思も強くないのがシンイチであり、現代的な若者像でもあるのか。みんなに優しく受け入れてもらってこのまま流されたい気持ちと、哲郎に急かされて期待に応えるのが苦しくて逃げ出したい気持ちと両方分かりはするが、あまりの言葉足らずと主張の無さに、おじさん世代としては終始イライラしてしまったのも事実(柳楽優弥の演技の上手さならでは)。。

 

【演出】

先の2人の監督にも通ずる脚本や演出の緻密さ、クローズアップされるモチーフとか、セリフだけでなくカメラワークでもアップやロングなど工夫しながら語っている。オープニングから顕著だが、長回しのシーンも多く取り入れている、特に登場人物たちが辛い心情を吐露するシーンは長回しが織りなす緊張感と痛々しさが効果的。

また、田舎の閉塞的なコミュニティとか、会社での少人数ならではの距離感の息苦しい感じがリアル、干渉してもしなくても距離感が近いから変な摩擦がうまれる嫌な感じ。弱者である2人を周囲の人々が優しく包み込む構図は、アキ・カウリスマキ監督作品のような印象も受けた。

 

柳楽優弥は、叫びや怒りのような分かりやすい表現が出来ない中で、言葉ではなく背後などからのさりげない所作で戸惑いを語り、常に物憂げながら葛藤する様を絶妙な表情で、間の取り方が素晴らしい。「ディストラクション・ベイビーズ」の時とはまた違った形で、こんなに無言のまま表情や目だけで魅せる若手俳優はいないのでは。。

小林薫は、さすがの安定感で柳楽優弥との距離感・間の取り方も秀逸、YOUNG DAISも観るたびに上手くなっていて、鈴木常吉も工場の職人役が「オーバー・フェンス」に続きまたもやリアル。。子役の自然体といいキャストの絶妙さも先の両監督のラインを引き継いでいると言っていい。音楽はまた違った趣向で、Tara Jane O'neilを使ってくるのは驚いたが、より一層の深みを際立たせていた。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)ラスト・考察】

ラストの結婚パーティーでのシーンは賛否両論あるはず。あれだけ優しくしてもらった哲郎や会社の人たちに対して、最後の最期によりによって一番やっちゃいけない幸せな報告の場で、溜まっていた感情をぶちまけるのはさすがに人としてどうなのよ・・と誰もが思わざるを得ない(当然それを意図した演出なのだが)。

そもそも本当に自殺するほど切羽詰まっていたのかとも思う、殺意を持ってバイト先の店長を殺してしまったのなら分かるが、ガスが漏れているのを黙って見ていて自分の意志で死なせたわけでもないのに(警察も事故処理としか見ないし)、独りで悲劇の主人公を背負い過ぎなのでは。

家族を含めたバックグラウンドが示されないので、単にパワハラで恨んでいただけなら単なるワガママで自分勝手な奴としか見えなく、自殺の理由にこじつけるのも甘えとしか思えない。これがイマドキの若者と言われればそうなのだろうが、このあたりのモヤモヤ・イライラが最後まで共感できずに終わる人も多いのでは。。

 

そしてラストカット、夜が明けるまで歩き続けたシンイチが、踏み切りで電車が通り過ぎ遮断機が上がった後、しっかりと立ち前を見据えている姿・・最後のそれぞれの行く末は観客に委ねられているが、個人的には希望の光が見えた(踏切で立ち尽くすラストショットは既視感あると思ったら「ゆれる」に近かった、委ねられるラストも含めて)。

偽りのまま哲郎の息子として生きていく道もあっただろうが、やはり本当の自分で無くなるのは辛すぎる、周囲の人たちが温かいからこそこれ以上騙して裏切り続けられない、哲郎にも新しい家族の中で立ち直って欲しい、という決意はあの場だからこそ意味もあった。

冒頭、夜明け前に川に立って死のうとした絶望から、夜明けに海にたどり着き生まれ変わり、最後、生きる希望の光が射す・・シンイチではなく本当の光という名前で生きていくのだ。残された哲郎も、これで2度息子を失うことにはなるのだが、哲郎にはまさしく現在(今)を生きている婚約者と新しい娘がいる、みんなの前で全てをさらけ出して失ったところで、やっと過去も含めて現実に向き合えたのではないだろうか。

必ず2人は明日へ踏み出すことができるだろう、過去ではなく今を生きていくのだ! 何年後かに成長した光が、哲郎のもとに会いに戻ってくるのを祈りたい。。