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年間500本以上観る会社員のありのままのレビュー

「フリーソロ」 ★★★★☆ 4.8

◆神壁の完璧、究極のクレイジージャーニー・クレイジークライマー、本物の生と死の狭間で被写体と撮影隊の両方を描くドキュメンタリーの完成形、「高ければ高い壁の方が登った時気持ちいいもんな♩まだ限界だなんて認めちゃいないさ♩:終わりなき旅」

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「フリーソロ」とは、命綱・ロープなどの安全装置を一切使わず己の身体のみで挑むクライミングスタイルのこと。今作は970メートルある世界最難と言われる断崖絶壁エルキャピタンを、そのフリーソロで挑戦したアレックス・オノルドに密着したドキュメンタリー映画

とにかく、誰が見ても理解不能な信じられない行為と今まで見たことのない目を背けたくなるほどの映像に極限の緊張感が味わえる(ある意味ホラーよりも背筋が凍る恐さ)。命をかけてまでなぜやるのか、面白いとか面白くないとか、生きる勇気を貰えるとかの感想を超えて、あまりにも次元が違う生き方と価値観に衝撃を受けるはず。

指の先が二本かけられるかどうかの窪みしかない垂直な壁を何もなしで登るので、一瞬でも気を抜いたり足を踏み外したらすぐ落下死という・・イメージ付かない人はすぐに予告で確認を、高所恐怖症の人は絶対に無理かも。改めて970メートルの高さとは、東京タワー333メートルと東京スカイツリー634メートルを2つ足したのと同じで、ここ以外でもフリーソロでは著名なフリークライマーたちが命を落としている背景を知れば知るほど怖くなってくる(日本では倫理的に先ず企画すら通らないだろう)。

耐えられる人にとっては、今年度最高峰のドキュメンタリーとして必見、傑作とされる作品はどれも監督や役者の命を削るような努力で作られているが、今作は正真正銘の命をかけて作られた本物の大傑作。当然のごとく、アカデミー長編ドキュメンタリー部門賞受賞、その他英国アカデミー、トロント国際映画祭など多くの賞に輝いている、監督はジミー・チン(映像作家、山岳ドキュメンタリー「MERU/メルー」)、プロデューサーはエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ(監督の奥さん)。

大スクリーンで観ないとあの巨大な断崖絶壁、人間のちっぽけさなどの没入感・臨場感は実感し辛いので、公開館は少ないが映画館で観るべき(できればもっと大きなIMAXフルサイズ版で見たかった)。

 

実際に挑戦したラストに至るまでのくだり、単なるクレイジーで終わらずに人物や背景などを丁寧に描いていて、主人公をスーパーマンとして撮ってないところが良い。どんなイカれたアドレナリンジャンキー的なぶっ飛んだ人かと思っていたら、どちらかと言うと物腰穏やかで少し変わってはいるけど自分に正直なナイスガイだった。

死なないために練習に練習を重ねて裏付けされた自信を持つこと、自分の手足を信じて数多の反復練習により自分の体が自動操縦を行えるくらいになること、本番にベストな状態で身体と集中力のピークを持っていくこと、日々のストイックさを見ていると、決して無謀な挑戦ではないことが分かる。

彼が登る理由は、名声やお金のためではなく、極限状態の中で究極の「完璧」を求めることなのだろう・・「危険なところで死を目前にしてこそ「生」が実感出来る」「危ない場所に何度も身を投じることで体が慣れ逆に安心する」・・死と隣合わせのスリルを味わうためだけではなく、逆に自身が繰り返し磨いてきた技術や方法論で絶対に失敗しないことを証明するため、自分が信じる道を確かめるためではないだろうか。。

彼にとってフリーソロ以外のことは、すべてフリーソロのための準備でしかない、恋人はもちろん死ですら優先順位は下がると明確に言っているように、決して嘘をつかず本音しか言わないのがいかにも(自然の空気は読んでも人間の空気は読まない)。

脳をスキャンして調べるシーンで、かなりの強さの刺激を受けないと刺激を刺激と感知できないとの結果には納得、どこか麻痺していないとあの領域には絶対に達しないだろう(どこまで生まれつきのものなのかは分からないけど)。さすがにお金はあるようだが、贅沢とは縁遠くキャンピングカーでの自炊やシャワーなどで十分なようで、世界の貧困地方を支援する団体を立ち上げ援助する活動まで行っているのには感服。。

 

【演出】

映像美と画面構成、ドキュメンタリーでありながらしっかりとエンタメ的な着地になっているのも良い。舞台となるヨセミテ国立公園の手つかずの自然は息をのむ美しさ、その自然を背景にアレックスが絶壁を登っていく姿は、圧倒的な存在感を持つ自然とちっぽけな人間の対比が画としても印象的。

実際にやっていることが本当の命がけなので、過剰な演出の必要すらなく、自然と周りの人たちの感情とシンクロしてしまう。母親や恋人、友人、撮影クルーたちが、彼の挑戦を応援しつつも心配でたまらない、という葛藤にさいなまれる様が実によく伝わるようになっている。

恋人がめちゃくちゃ可愛いのにも恐れ入ったし、彼女も本当に凄い精神力だと感心した。愛する人がいつ死んでもおかしくない状態での葛藤は計り知れない、普通の感覚では絶対に付き合えないだろう。付き合っていることで足を引っ張っている部分もあるし、彼女が原因で2度も崖から落下してるし、本当に大丈夫かと心配になる。アレックスも邪魔になることを否定していないが、必要なパートナーとして仲良くしているお互いのバランス感は見事。

彼女は彼に「長く生きるという義務は感じないのか」と尋ねると、「長く生きる義務は無い」と即答、寿命なんて一つのモノサシにしか過ぎなくて、寿命を真っ当する必要なんてないと、恋人の前で堂々と言ってのけるあたりが恐ろしい(家も買ってるのに)。。

彼の母親も「子供の頃は内気で一人でしか遊ばず孤立していた、息子が人生で一番の輝ける場所を見つけたというのにそれを奪うなんてことは出来ない」「いつフリーソロをやるかを連絡してこないことが親孝行」と語り黙って見守るのは、諦めなのか信じているからなのか・・

 

そして、今作はアレックスの映画であると同時に彼の挑戦を記録する映画撮影隊の映画でもある、ドキュメンタリー作品として意外とあまり語られてこなかった「観測者」の目線。大事な仲間として誰よりも最前線で見守らなければならないという苦しみ、もどかしさ、辛さ、不安、期待・・本番前日の重苦しい雰囲気が画面越しに響いてくる、明日、目の前で友人が死ぬかもしれない、自分たちの撮影やプレッシャーが影響を与えてしまうかもしれない、彼が滑落したら撮影を続けるべきなのか?という倫理的なポイントなど、様々な葛藤があったに違いない。

実際には彼の邪魔にならないよう、どこからどう撮るかは相当念入りにアレックスも含めて検討に検討を重ねて決めていたようで、登るコースの少し横にあらかじめ三脚が固定されていて、地上やドローンからの距離も十分に取られているようだった。

お互いの信頼関係が本当にあってこその成功要因であり感動につながってくるもの、そこがバラエティ番組の「クレイジージャーニー」とは全く異なるところか・・本当にスゴイ人たちばかりなのでドキュメンタリーでも十分成り立つのに、TV番組として演出の線引きが難しいところ、好きな番組だったけど放送中止も当然か。

 

Netflixに入ってる人は是非「ドンウォール」という作品を見てから、今作を見ることをオススメしたい、アレックスがいかにクレイジーなことを成し遂げたかがよく分かるはず(本当はロープがあっても困難を極める絶壁)。今作でアレックスのメンター的存在になっているトミー・コールドウェルが攻略まで数年をかけた苦労を見ると、よりスリルとサスペンスが増す。

高所恐怖の映画だと、ワールドトレードセンター(高さ411メートル)の間を命綱なしで綱渡りする実話「ザ・ウォーク」が思い出される、映画なので視覚的な怖さはあるが、やはり今作の圧倒的なリアルには敵わない・・これを見てしまうと、トム・クルーズ「ミッション・インポッシブル」やスタローン「クリフハンガー」などもスゴい画だけど所詮フィクションなんだなあと実感させられ、今後の映画にも影響しそうなくらい・・

 

【ラスト】

ラストの本番、結果は分かっているのにハラハラドキドキ・手汗とタマヒュンもクライマックスの20分間、自分の目が信じられないと言うか今まで見たことのない本物の映像が押し寄せてくる。岩の質感や冷たさ、空気感まで伝わってきて観ている方もどんどん研ぎ澄まされていく感覚・・

ほとんど凹凸もないつるつるの果てしない壁の繰り返し、小さな小さな窪みに右足をかけて全体重をかけて、また小さな小さな窪みに手をかける、細い細い溝に全身を滑り込ませてズリズリと登り、難所と呼ばれた数々のピッチも単純作業のように淡々とこなし突破していく(対処方法が空手キックというのがまた)。

天気のチェックは入念にしているだろうが、それでも急な雨とか突然の強風が来たら?鳥が攻撃してきたら?鼻がかゆくなったりくしゃみなどの生理現象が来たら?など不安な要素は考えても尽きない。途中、カメラマンが耐えられなくなってカメラを覗けなくなる、友人が落ちる姿を撮るかもしれない恐怖、撮影スタッフとしてはダメだが人間としては正しい。

最終的に大きなトラブルもなくイメージ通りに登頂達成、その時間わずか3時間強、その偉大なる挑戦の割には少し呆気ないというか短いように見えるかもしれないが、あらゆることを考慮してベストな時間なのだろう(あえて緊張感の続くギリギリの範囲で20分間と短く編集したのも見事)。

本人は達成した喜びも思いのほか地味に平然と冷静にしつつ、恋人に電話で報告しても泣くところは見せたくないと言うのが彼らしい。が、自然界が与えた最大の障壁を乗り越える人間の可能性の果てしなさに希望を感じつつ、惜しみない敬意と賞賛を送りたい。

この神の偉業は、本人と撮影クルーたちが最大限にお互いの想いや技術を信頼していたからこそ記録として残すことが出来た、その双方を誠実に見事に収めた、まさにドキュメンタリーの中のドキュメンタリーとして完成形と言ってもいいだろう(ドキュメンタリーとしては満点)。

 

「挑戦し成功するためには恐怖を管理し絶対的な自信を持つこと、そのためには入念な準備と訓練とイメージの繰り返しが必要だ」この信念は、どの勝負の世界にも共通する真理となるはず。彼が登るために行う準備や過程を見ていて、自分は才能だけではなく全てに対して最大限の努力をしているだろうかと痛感させられた。

人それぞれ乗り越えるべき山や壁があるが、多くの人に支えられながら最後は自分の力、フリーソロで挑んでいくのが人生なのだ。

このレビューを読んでいる今、アレックスはまたどこかで登っているかもしれない、そして人知れず死んでいるかもしれないという現実的な恐怖、終わった直後に何をしたいと聞かれ「懸垂かな」と真顔で答える彼の「終わりなき旅」は今も続いている・・