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年間500本以上観る会社員のありのままのレビュー

「荒野にて」 ★★★★ 4.0

◆うまのピートはないてる?ないてない!なんてこった!何があっても前に進み続ける、かなり最高♩、こうやって少年から大人になっていく・・うまいい演技は必見!

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15歳で親を失った孤独な少年と走れなくなった競走馬とのロードームービー、ベタだけど少年と馬というクラシックなビジュアルで瑞々しい感覚に満ちた秀作。監督はアンドリュー・ヘイ監督、前作「さざなみ」と同じく、大事なモノを失う悲しみと孤独、セリフも音も少なく優しく描かれていて、静かに淡々と心理描写を丁寧に映し出しながら心に強く突き刺さってくる。

孤独である最愛の馬と自分自身を重ねながら自分の居場所を求めて荒野を歩き続ける、純粋な15歳の少年チャーリーが何もない広大な大地の不安感と人間の恐ろしさに出会いながら成長していく物語でもあり、押し殺された音楽と演出が彼の心情をストレートに魅せる。思ったよりもヘビーな内容で疲れるが、単調ではなく次々と思いがけない出来事が起こって先が読めないので、見ていて終始ハラハラドキドキ画面にくぎ付けになる。

 

出会う大人たちがみんな信用できないダメな奴らばかりで、彼の目がだんだん荒んでいくのが切ない・・チャーリーの父親、仕事をくれたピートの調教師、荒野の一軒家に住む人たち、ホームレスのトラック生活のカップルなど、決して悪い人ではなくみんな何か事情を抱え生きているのが分かるだけに一概に責められない。

孤独なチャーリー、孤独なピート、「大丈夫だよ、大丈夫」とピートにも自分にも何度も囁き続けるチャーリー。荒野を歩き回る中、ピートにだけ自身のこと、叔母のことなど、いろいろと話すシーンは寂しさや孤独感が痛いほど伝わってきた。

おそらく生まれてから一度も満たされたこと、心から頼り、頼られたことがないのだろう・・今まで”孤独”の中で生きてきた少年が、何も救ってくれない孤独の荒野で自分の無力さや自分に向き合い、万引きや暴力、大人の実社会の荒波に揉まれながら学んで成長していく。一足先に大人にならなければ走り続けなければ生きていけなかったのだ。

 

 

【演出】

荒涼した中ながら柔らかい色彩で彩られた世界、ピンクのグラデーションがかかった空の下でチャーリーとピートが二人で荒野を歩くショットは本当に美しかった。引きの画の美しさ、たまにドキッとするカメラワーク、心情に漂う空気感の捉え方、穏やかながら急展開での息を呑むシーン(突然の馬ダッシュからのアレは衝撃的、馬好きな人は注意)をワンシーンに抑えるなど、飽きることのない演出は見事。

競走馬”リーンオンピート”の名前がそのまま原題「Lean On Pete」、心の拠り所のピートと良いタイトルなのだが、邦題はなぜか「荒野にて」まあ分からないわけでもないけど・・

結局、ピートにとって、どうしてあげることが幸せだったんだろう?、競走馬の宿命として生まれて走れなくなったのに生きている価値はあるのか、大人の買い主としての論理はもっともだし、チャーリーの子供としての純粋な可哀想・助けたい気持ちも分かるが、結末だけを見ると自分が嫌だから主観的なエゴだったとも言える。話せないピートにしか本当のところは分からない・・どう撮ったのか分からないが、馬としての演技(応答、間)も超一流で素晴らしかった。

 

荒野のある家で出会ったぽっちゃり女の子との会話「どうして逃げ出さないの?」「立場の弱い者は行く場所が無いと身動きができなくなるのよ」このやりとりでチャーリーが前へと踏み出す必要をさりげなく表現しているのも上手い。

正直、警察や公的機関の助けを借りていたら、伯母さんのところへすぐに行けるのに・・と何度も思ったけど、それが出来ないのがこの環境で育ったということなのか、15歳という時期なのか・・

荒野を孤独に彷徨う内容は「イントゥ・ザ・ワイルド(荒野へ)」が思い出されるが、これは裕福な少年が自ら選んで自分探しの旅に出る物語なので、今作とは全然違う。いずれにせよ、学校には行かなくても自然の中で学べること、人生に影響を与えることを体験する素晴らしさを実感できるはず。

 

チャーリー役のチャーリー・プラマー、「ゲティ家の身代金」で誘拐された孫役も印象的だったが、このキャスティングでなければ成立しなかったと思わせるほど見事にマハっていた。「マイプライベートアイダホ」時のリバーフェニックスや「ギルバート・グレイプ」時のディカプリオなどに横顔とか切なげな雰囲気とか似ていて、魅力もあり将来性を大いに感じさせてくれる。

久しぶりに見たスティーブン・ブシュミが完全におじいちゃんになっていることに、ビックリしつつ時の流れを感じた。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)ラスト・考察】

落ちるところまで落ちて、展開的に行きつく先が不安にもなったが、最後の最期でようやく叔母さんと出会えて救われて良かった(感動と言うより安心した気持ちが強い)。叔母さんが本当に良い人で何も聞かず、すべてを悟ったようにチャーリーを受け入れてくれた、そんな大人がいるということが何より安堵させてくれたと思う(それでも叔母さんに夫がいたらどうなったことか)。

そして、不運を全て背負って泣くことすら許されなかったチャーリーが、はじめて人前で本音を打ちあけて涙を流す姿にもらい泣き、彼をまるごと受けとめて愛してくれる家族を見つけられて本当に良かった。怖い夢は完全には無くならないけれど、だんだんと減って来るはず、これからも辛いことや悲しいこともあるだろうが、隣には支えてくれる家族がいるのだ。

「学校行っていいの?、フットボールがしたい」、そんな当たり前の願いが叶わない子供たちがまだまだ多く存在しているのが現実、みんなチャーリーのように叔母さんを探す目的を持っていたり、家族を見つけられる訳じゃない・・荒野にていまだ彷徨っている子供たち、一人で立ちすくんで動けない子供たち、野垂れ死にする子供たち。。どの国であれ、子供が安心して話せて眠れる場所を提供できる社会でなければ、荒野を彷徨う子供を無くすことはできない。

 

ラストカット、また新しい町を走り出す、ふと立ち止まり振り返った時のあの表情が忘れられない・・、全てを吹っ切ってやり直すのか(決意)、本当にこのまま始めていいのか(疑念)、また投げ出されるのではないか(不安)、何を感じるかは観た人それぞれ。

何も無い荒れ果てた危険な荒野ではない、家に囲まれ整備され社会的に守られた道を走る、自由と規律、ピートはどちらを走るのが幸せだったのか?、走りながらチャーリー自身で選んでいくしかない・・何があっても大丈夫、きっと隣にはピートが一緒に走っているはずだから。。