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「アド・アストラ」 ★★★★ 4.3

◆自分探しとダークサイドに落ちた父を訪ねて43億キロ、2001年宇宙の旅+地獄の黙示録の内省的な哲学SFに「必ず、眠り出す」・・ブラピの表情だけで魅せる演技は圧巻!

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海王星からの謎の磁気嵐サージにより滅亡の危機にある人類、16年前に地球外生命体を見つけに海王星に旅立って行方不明になっていた父親の影響なのか?、調査に向かう主人公ロイの父親・自分探しの物語。果てしない壮大な宇宙を舞台にしながら、静かにゆっくりと一人の男の内省的な心象変化を描いていく心理ドラマがメインのため、予告編でSF大作のエンタメを期待している人には向かないので注意(実際ギャップがあるようで批評家には受けがいいが一般の評価は低め)。

とにかく内容も暗く重く難しく、真っ暗な宇宙空間に漂い心地よい音響に包まれるので寝落ちする人多数、睡眠不足や疲れている時は避けた方が良いかも。。ただ、宇宙に吸い込まれるような映像の美しさや、ブラッド・ピットの表情で魅せる圧巻の演技は必見で、「2001年宇宙の旅」のような淡々とした硬派なクラシックSFが好きな人には、哲学的で考察しがいのある素晴らしい映画なのでおススメ。心を閉ざした自分の深層心理に潜っていくセラピーのような映画でもあり、当然ながら宇宙映画なので家のテレビより圧倒的な大画面の映画館で見るべし。。

 

監督はジェームズ・グレイ監督で、前作「ロスト・シティZ ~失われた黄金都市」でも冒険活劇のようでいて見事な人間ドラマを描いていた。今作も最近では珍しく主人公のモノローグが全編を貫いていて、登場人物もギリギリまで削ぎ落としているので、よりシンプルで普遍的なテーマが響く。基本的には定番のベタもの、ギリシャ神話「オイディプス」の「父殺し」と「オデュッセイア」に代表される英雄物語がベースとなっている。

ロイは最初、常に冷静沈着で脈拍さえ乱さない人物として描かれるが、あまりにも人間離れしていて育った環境などから来る一種の病気(統合失調症のパーソナリティ障害)、感情が完全に麻痺した欠陥人間と言っても良い。実際の心の内には、憧れだった父親が突然姿を消して取り残された怒りなどの屈折した感情の塊や、別れた恋人との過去など多くの心の傷を閉じ込めているだけなのだろう。

なので、いざ本当に父親との再会が近づくに連れて冷静ではいられなくなる・・閉じ込めていた自分の感情と向き合う必要があり、それは予想以上に辛いことである。父親も自分も孤独を愛し孤独に魅入られている、孤独でいる方が楽であり自由で幸せのように思っているが・・

宇宙空間での圧倒的な孤独の中では耐えられずに狂ってしまうのか?、延々と自己と向き合い父親という呪縛から解放され人生の意義を見出せるのか?・・宇宙の先へ先へと進んでいるようで人間の内面に深く深く沈みこんでいく・・宇宙自体が自分の心象風景となる描写が地味ながらも本当に素晴らしい。

 

もちろん派手なシーンもちゃんとあって、冒頭の宇宙アンテナ修理からの落下シーン(ゼロ・グラビティ)や、月での激しいカーチェイス(マッドマックス怒りの月面ロード)、謎の宇宙船内で実験動物に襲われるシーン(取り残された自分の怒り)、秘密裏からの乗船・乗組員との闘いシーンなどは手に汗握って興奮させられる。

それぞれ多くは語られないのでつながりは薄く感じるが、すべてはロイが完全に孤独になっていくために必要となっているもの(途中寝落ちしそうなタイミングに挟んでいるのも効果的?)。

当たり前に宇宙に行ける近未来の設定も面白く、月旅行は普通で乗客は飛行機に乗るように宇宙船ロケットに乗る・・Virgin Atlanticのロゴと機内で毛布などを要求して追加料金を取られるところもナイス。。そして月や火星にも人間が居住して普通に生活している(宇宙エレベーター?の実現できそうな感じにワクワク)。とうとう海王星まで数か月で行ける未来の技術を持ってしても、月でも資源をめぐる争いは絶えず起こり、最終目的が地球外知的生命体の発見というのもなかなかリアルに想像できる。

まあ、そもそも父親へのメッセージは地球で録音して火星から飛ばせば十分だし、核爆弾も人力でなく自動操縦で行けそうだし、ロイのまさに神がかり的な行動(火星への着陸、火星からの出発、海王星での宇宙船からの帰還)など、ツッコミどころは多くても野暮とするしかないか・・

 

【演出】

プロダクション・デザインが素晴らしく、月や火星の地下基地の造形・無機質で無骨な機能美が秀逸で、どれくらい人間がいるのかを想像させるリアルさが印象的。ロイの心象を表すかのように映り込むフレアや、宇宙服のヘルメットに反射するものたちがロイのインナースペースへの旅とピタリと重なり、カメラワークも細やかな動きを丁寧に追いながらロイの心に寄り添っている。俯瞰からのショットとクローズアップショットを巧みに使い分けリズムを調整しているのも見事。

全体的な映像美と撮影はさすが「インターステラー」でも見せつけたノーランの右腕撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマの手腕が光っている、アカデミー撮影賞を撮ってもおかしくない。35mmフィルムで、数十年前のいろいろなSF映画を見事に再現している。

音響効果も絶妙で、宇宙空間でずっとザーッとかゴーッという重層音がして音とともに吸い込まれそうな感じ(眠くなるのが難点)。そして音楽は好きなマックス・リヒターが担当していて(「メッセージ」も宇宙ものだった)、人間の内面に深く沈みこんでいく美しく落ち着いた音楽が溶け込んでいる、ニルス・フラームも参加していてポスト・クラシカル好きには堪らない。

 

「アド・アストラ」とは、ラテン語で「星の彼方へ」という意味で、「困難を克服して栄光を獲得する」「困難を乗り越えて星のように輝く」という格言の一部とのこと。眠くなるような哲学的な心象風景の映像描写は「2001年宇宙の旅」や「惑星ソラリス」、宇宙の果てに呼び寄せられる設定と家族とのテーマは「インターステラー」、宇宙空間表現は「オデッセイ」や「ゼロ・グラビディ」、主人公乗組員の無感情は「ファーストマン」、ブラピ主演の内省的難解さは「ツリー・オブ・ライフ」、そして自分の思考に囚われ太陽系の果てで静かに狂人となった英雄を抹殺にいく過程は「地獄の黙示録」、と多くの名作との共通点が見られるのも面白い。

 

役者はブラッド・ピットを観るための映画と言ってもよいほど繊細な演技が圧巻だった、ほとんどがモノローグなので、シーンごとに顔の表情だけでいろんなことを物語っていて素晴らしかった。

トミー・リー・ジョーンズは、どうしても日本人としてはBOSSCMで有名な「宇宙人ジョーンズ」に見えてしまい、お前自身が地球外生命体だろ!と突っ込みたくなるのが難点(コーヒー飲んでなくて良かった)。。

あとは、リブ・タイラーは「アルマゲドン」と同じくまた地球で待つ役だし、ドナルド・サザーランドは「スペースカウボーイ」(冒頭の写真の引用元)を意識したのだろうが、二人とも出演時間が短すぎてビックリ。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)ラスト・考察】

ようやく白内障になりながら神の存在であろうとする父親と対峙するが、自分や母を捨てたことを全く後悔していないという残酷な回答・・自分も父親同様になりつつあった彼は改めて直接言われたことで、ようやく狂気の世界から抜け出し人間らしい感情を取り戻すことになる。そして、いったんは一緒に地球に帰ることになるも、最後に父親は自ら宇宙空間に消えていく・・

同じダークサイドに陥った父親殺しの代表「スターウォーズ」とは違い、息子が意志を持って殺したのではなく、結果的に父が息子のために自ら選択して自分を殺させたということになる、息子が自分のようにならないように食い止めたかった、最後の最期で見せた「父親の愛」だったのではないだろうか。。

ただ冷静に考えると、この自己中な親子のせいで2回とも乗組員が全員死んでいるのだが、普通に地球に帰還して良かったのか?、人類にとって英雄なのか、反逆者なのか・・いずれにせよロイは父親と同じく外向けには海王星で電磁波を止めて探査データを持ち帰った英雄となるのだろう。

 

宇宙に取り憑かれた父親と会って話してようやく気づく想い・・結局父親は遠くの存在しないものだけを見つめ続け、最後まで一番近くに存在するものに気づけずに傷つけていただけだった。が、ロイは遠い宇宙を見るより今は近くの本当に大事なものに気づく、きちんと向き合って来れなかった家族、妻ともう一度やり直そうとするラストが染み入る。

「この孤独が終わる日が待ち遠しい」「先の事は分からないが心配はしない、身近な人に心を委ね苦労を分かち合う、我々は生きて、慈しみあい、愛し合う、以上だ」、この最後の言葉が言えるようになるまでの長い長い旅、父親に会って見つけた答えは何とも当たり前のことで今まで気付かないフリをしていたことだった。こじらせた大人が変化し前進するには、宇宙空間に行くくらいの圧倒的な孤独と考える時間が必要ということなのか・・

改めて宇宙から見る地球という美しい星、自分の変える場所があるということが何よりも心の支えとなる。人間独りでは生きていけない、地球外知的生命体が居ないと分かった今、最も大切にすべきは、地球という自分が住む場所であり、身近にいる家族や友人であるという根本的なことなのだ。われわれ自身が身近にいてもなかなか分かり合えない宇宙人みたいなものなのだから。。