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「グリーンブック」 ★★★★ 4.1

◆「最強のふたり・相棒もの」良くも悪くも白人視点からの上品で優等生みたいな作品で万人受け間違いなし、もれなくフライドチキンとピザが食べたくなるクリスマス映画

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人種差別が色濃く残る1960年代のアメリカ南部を舞台に、上品で真面目な黒人ジャズピアニスト・シャーリーと口が悪く粗野なイタリア系白人運転手・トニー、この対照的な2人が旅を続ける中で友情を深めていく実話を元にしたヒューマンドラマ。

91回アカデミー作品賞を受賞しただけあって、鮮やかな伏線とあざとくない回収、練り込まれた脚本と隙のない心情変化を、たくさんのユーモアを交えながら綺麗にバランス良くまとめた誰にでもおススメ出来る映画となっている。

 

黒人差別がテーマになっているが暗くて重いわけでもなく描写は全体的にライト、黒人だけでなく生まれや貧富の差、セクシャリティや教養の有無などの社会問題もさりげなく盛り込み、非常に分かりやすく見やすい作り(「ドリーム」などに近い)。

物語自体は多くは語らず行間を読みながらテンポ良く進んでいく、道徳的な価値観と失ってはならない品性や信念を持つことの大切さなど訴えてくるものが大きく、号泣させるというよりホロリとするシーンが多く、観終わった後に心が穏やかで優しい気持ちになること間違いなし。

 

これらの素晴らしさは一切無駄のない計算しつくされた脚本・演出と、深みと説得力のある絶品の演技によるものだろう。監督はあの下ネタ全開の「メリーに首ったけ」や「愛しのローズマリー」などコメディ映画で知られるピーター・ファレリー監督(今作は兄弟ではなく片方だけ)。出演作は全て名作となっていて今作でも助演男優賞を総なめのマハーシャラ・アリと、役作りのために14kgも増量したアラゴルンとは別人のヴィゴ・モーテンセンのコンビなしでは成り立たなかった。

トニーとシャーリー、お互いの生き方や背景の描き方が上手く、お互いの足りないところを補っているような2人の関係性が良かった。

トニーは最初は黒人に対して差別的な意識があったが、シャーリーのピアノを聴き感銘を受け、シャーリーへの差別的な出来事を身近で体験しながら、シャーリーと激しい気持ちのぶつかり合いを通して考え方が変化していく。シャーリーも、トニーの滅茶苦茶な行動に振り回されながらも、トニーの真っ直ぐな言葉や家族や友人としての在り方に心揺さぶられ行動に変化が表れていく。

 

「自分とは異なるものを受け入れられない」のは「知らない」ことから起こるのか・・

無意識で悪意のない差別や偏見は誰しもが持っていて、トニーの黒人観に対して「差別」ではなく「視野が狭い」と指摘したシャーリーの言葉が印象的。育った環境や子供時代からの刷り込みで当たり前とされてきたことには疑問すら抱かない、抱いたとしても思考することを止めて受け入れる方がラクなのだ、特に理由も無く自分の経験・画一的なイメージだけで勝手に判断してしまう。

そもそも、個人的な趣向や感情だけでなく、社会構造自体に組み込まれているのが大問題であり、どんなにシャーリーが天才ピアニストで人格者であっても「黒人」というだけで試着も出来ない、夜間の外出も出来ない、招待されている身なのに同じレストランもトイレも使えないという現実。

それでも、シャーリーは差別への対峙の仕方を模範的に示してくれる、世の中のおかしいルールに屈することなく自分の基準で常に正しい行動をとり続ける・・演奏ツアーを無事に終えるため傷つきながらも決して抗わない「品位を保つことで勝利はもたらされる」という信念が強く響いてくる。

 

笑いがありながらも心に残るセリフやシーンも多い。

シャーリーがトニーに感化され車の窓から食べ終えたフライドチキンの骨を投げ捨てて距離が縮まったと思いきや、トニーのドリンクのポイ捨ては許さないで拾わせるシーン(黒人はフライドチキンが好きなのを逆手に食べ方を知らない黒人として皮肉っている)。ツアーでのかしこまった演奏ではなく、心の底から楽しんでセッションしている「オレンジ・バード」での演奏シーン。トニーが奥さんへの手紙を書いてる時にシャーリーがアドバイスしてあげるシーン。

シャーリーが「才能があるだけでは十分じゃない、人々のハートを変えるのは勇気がいるんだ」と吐露するシーン。トニーがシャーリーに「寂しいときは自分から先に手を打たなきゃ」と言うシーン。警官が車のパンクを教えてくれた時、土地や肌の色で差別や思い込みをしてるのは、トニーもシャーリーも観ている自分もだと気付かされるシーン。

そして数ある中でも特に、雨のシーンで車から降り「完全な黒人じゃなくて、完全な白人でもなくて、完全な男でもなかったら一体私は何者なんだ?」と叫ぶシーンが白眉。お坊ちゃま育ちで黒人からも浮いていて白人でもなく同性愛者のため男としても認めてもらえない絶対的な孤独・・そのありのままの自分を初めて心から受け入れてくれたトニー。

 

黒人差別や熱い友情で壁を乗り越えるロードムービーは他にも多くあるが、正反対のバックグラウンドの二人が徐々に仲良くなる過程は「最強の二人」、黒人と同性愛者の二重の社会的弱者というキャラクターはマハーシャラ・アリも含め「ムーンライト」が思い浮かぶ。最も酷似しているのが「ドライビングMissデイジー」でアカデミー作品賞も受賞していて正直今作はその二番煎じ感が強い。

更に実際にはトニーは俳優としても活動して、その息子のニックが今作の企画・製作に関わっているので、内容もトニー側中心で監督も白人であり、白人視点による黒人描写のステレオタイプ的な要素も強い。厳しく言えば、強い側の白人が歩み寄って弱い側の黒人を助けて気持ちよくなっている時流に乗った賞狙いの作品とも捉えられ、実際に黒人たちからも批判も多い。

なので、全体的に普通に良い話だし万人受けする非常に完成された作品だとは思うが、やはり個人的にはスパイク・リー監督の「ブラック・クランズマン」の圧倒的な怒りや激しい演出の方が好みだった。アカデミー賞的には上品な今作なのは仕方ないが、本当の黒人差別というものの実態、コメディ場面とのバランス、白人側から見た黒人や白人の描き方など、改めて見るとスパイク・リーの会場での怒りも非常に良く分かる。まあ狙っているところや比較する対象でもないので、万人受けするように描くことで差別という問題に関心を持つ人を取り込む、入口となる映画として見るのがベストなのだろうと思う。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)ラスト・考察】

無事にツアーを終えて固い絆と握手で別れた二人、帰宅したシャーリーは孤独に着飾った豪華な部屋と自分自身を虚しく見つめるが、ツアーで手に入れた勇気で一歩を踏み出し、トニーの家でのクリスマスパーティーを訪れる(クリスマス映画としても名作となるだろう)。

トニーの家で始まりトニーの家で終わる、孤独なシャーリーが温かい家族の一員となる、黒人差別をしていたトニーが黒人をハグして出迎えるようになる。そして、すべてを理解しているトニーの奥さんの素晴らしさ、緩やかに伏線回収していき最後のセリフまで含めて完璧な心温まるラスト。

エンドロールの後、最後に本人たちの写真が出てくるが、トニーは思ったより優しそうな風貌で、2人は亡くなるまでずっと友達だったということで更にグッとくる。。

人種や国籍、性別関係なく重要なのは「その人自身」として向き合い理解し合うこと・・自分自身を認める、他者を認める、自他ともに認める、先ずは目の前にいる人に真摯に向き合うことから始めてみよう・・「行こうぜ、相棒、あんたにしかできないことがある」