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「ファースト・マン」 ★★★☆ 3.8

◆「僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもう、アポロ11号は月に行ったっていうのに♩」デンジャラスでバッドなスリラー、ムーンウォークでWhat a Wondefull World♩

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「人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」人類初の月面着陸を成功させたアポロ11号の船長、ニール・アームストロングの月面に降り立つまでの物語。アームストロングが寡黙で職人気質な真面目な人とは聞いていたが、どこまでも淡々と現実を受け入れ物事を忠実にこなしていく姿が描かれていてドキュメンタリーのよう。

一躍有名になった「ラ・ラ・ランド」に続きライアン・ゴズリング主演×デイミアン・チャゼル監督のタッグで、前二作とは違ってリアリズムを追求していて、初めて監督自ら脚本書かず硬派モノで定評のあるジョシュ・シンガーを起用(エリート至上主義は変わらないが)。

今作は彼の偉業をヒロイックには描かず、彼の人間性に寄り添うように家族や同僚との関係もじっくり描いているのが特徴的。シリアスな当時の宇宙飛行士たちの心境とその家族の心境がよく伝わってきて、月に着くまでの緊張感と達成感がライアン・ゴズリングの静かに抑えた演技を含めて見事に表現されていた。

リアリティは抜群だし完成度も高いけど、家族や仲間の死、孤独や葛藤と重く暗い感じで進んでいき結末含め特に新鮮味は無いので、人によっては眠くてつまらないと感じるかもしれない。宇宙飛行士のエンタメ映画なら「アポロ13」「ライトスタッフ」「カプリコン・1」などがおススメ。

 

偉業を成すために命を落とし犠牲になった飛行士たちが多かったことに改めて驚かされた。ジェミニ8号の事故のシーンは辛すぎる、まるでブリキのおもちゃのようなカプセル、こんな狭いところに入れられたら少しのハプニングでも発狂も気絶もするはず・・

手動の操作も多くアナログな事故も多発して本当に宇宙空間に飛ばされるとか考えられない、未知の事故・金属音・爆速回転、未知の世界に未知の乗り物で行く恐怖、もはやホラー。ハードがファミコン以下の性能しかなかった当時に月面着陸など不可能としか思えない、正直「どうしても月に行きたい!」という気概はアームストロングからは全く感じられず、他のメンバも指示・ミッションとして従わざるを得なかったのか。地獄のような訓練を乗り切って常識からかけ離れた任務や重大な責任を負うこと、本当にどこかイカれて何かを超越している人でないと耐え切れないだろう。

政府の本当の目的は、人類初の月面着陸という夢より、ソ連に勝つため、先行されていた宇宙開発分野で先に月面着陸をしたかっただけではないか。未熟な技術でソ連と競い続けるのはどこか無謀で死に向かっているようなもの、戦争に駆り出された兵士と同じように開発戦争で犠牲になっていたとも言える。死が常に隣り合わせにある中、財政的にも厳しい市況でマスコミや市民からも「これは莫大なカネを使って今やることなのか?」と批判を浴びる精神的な辛さも含めて、犠牲を払った偉人たちを忘れてはいけないだろう。

  

【演出】

激しく揺れる機内、大気圏突入からの静寂、冒頭のシーンから前のめりになり息が詰まる・・リアルな映像技術とグラグラしたカメラワークで緊張感がハンパなく、クローズアップの多用による内省的な作りとのバランスも良い。

ロケット搭乗シーンにおける主観ショットも特徴の1つで、俯瞰的なショットは少なくコックピット内のショットだけで進行するなど、物語的にも映像的にもアームストロングに寄り添って作られている、アカデミー賞の視覚効果賞を受賞したのも納得の素晴らしさ。

あと、宇宙船が軋む音や扉ロックする音、アラームや火花、そして宇宙空間に出た時の無音に近い音、それらの音により観客も宇宙飛行士たちと同じ目線で体験できるようになっているのも見事。チャゼル監督なので音楽にも注目していたが、今作は効果音と最低限の音使いが中心と控えめ、宇宙シーンでのワルツやアポロ打ち上げでのドラマティックな盛り上げなどはさすが。

キャスティングも助演陣の渋い好演とアンサンブルは良かったが、やはりライアン・ゴズリングのドライヴ並みの無口な演技は見応えあり、相変わらず無表情の中で物語るのが上手い、何か言いたげで多くは語らないけど感情が伝わってくるのが凄い。

劇中では月面に星条旗を立てるシーンは無いが、実は物議を醸したらしい、ライアン・ゴズリング(カナダ人)の「アームストロングが成し遂げた偉業はアメリカの偉業ではなく人類の偉業だと思っています」という発言に対して、アメリカの保守層から反感を買ったりしたらしいが、今作はアメリカ万歳映画は意図していないはず。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)ラスト・考察】

娘や同僚を失くした深い悲しみ、死への恐怖、世間からの様々な批判、家庭内でのすれ違いなど様々な障害を抱えながらも、その想いを糧にして月面着陸という偉業を達成したのは意義深い。「そこまでして人は月を目指すべきなのか?」の問いに関して特に答えは無いが、月に降り立った時のあの別世界としか思えない映像と感動が何よりも月を目指す価値を訴えていたのではないか。

「何かを犠牲にしてでも大願を成す」のはチャゼル作品に共通するテーマだが、今作のラストでは犠牲にしたはずの奥さんとアームストロングが隔離室とのガラスの壁を隔てて、手を合わせ心を通わせるシーンで終わる。

改めて奥さんの方も、娘の死、旦那の同僚の死、旦那が死ぬ恐怖、子供たちの世話、マスコミ対応などストレスはハンパなかっただろう・・家族の立場での本音は何も成し遂げなくていいから無事に帰ってきて欲しい、それだけ、に出発前に子どもたちに話すシーンは泣ける。

愛娘を亡くした絶望から一歩前に踏み出して大切な家族と共に生きていく、宇宙と言う母なる神秘に触れて再度生まれ変わったのだ。「地上から見上げると実に広大なのに、普段は気にもしない 別の地点に立つと見方が変わる」、見方を変えれば人はいつだって新しいファーストマンになれるのだ。

 

※「僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもう、アポロ11号は月に行ったっていうのに♩ 僕らはこの街がまだジャングルだった頃から、変わらない愛のカタチ探してる♩」

 「僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもう、アポロ計画はスタートしていたんだろ?♩ 本気で月に行こうって考えたんだろうね、なんだか愛の理想みたいだね♩」

「このままのスピードで世界が回ったら、アポロ100号はどこまで行けるんだろ?♩」