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「さよならくちびる」 ★★★★ 4.4

◆「誰にだって訳があって今を生きて、私にだって訳があってこんな歌を歌う」「私は今はじめて、ここにある痛みが愛だと知ったよ」背景や感情を音楽だけで表現した傑作

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インディーズで人気の女性ギター・デュオ「ハルレオ」が付き人シマを含めた三角関係をこじらせながら、解散に向けて全国ツアーを巡っていく、秦基博あいみょんが今作のために書き下ろした歌も素晴らしい青春音楽ロードムービー

ストーリーは淡々と進み余白も多い中、シンプルに気持ちいい「雰囲気や空気感」を感じさせてくれる、描かれない部分も多いが、ちゃんと音楽や表情で語っているのが良い。門脇麦小松菜奈の歌声も予想以上に上手くて聴かせてくれる、メインの3曲を何回かに分けて歌うけど、過去シーンと交互に出てきて曲の意味や心象の変化を表している。

顔を合わせれば仲が悪そうに見えても、ステージに上がれば息ぴったり、ライブシーンを追っていくと結局は音楽も二人とも大好きで上手く調和しているのが伝わってくる・・街と街の間を繋いでいく3人の過去と現在、歌と音楽、何も解決して無さそうで絶妙な移り変わりを楽しめる。

解散する理由や不仲な理由、過去の出来事、心情については敢えて分かりやすく描かれず、観る側に想像させる作りではあるが、それぞれの役者や音楽のファンを含め、バンドを組んだ経験のある人には響くであろうおススメの作品。

 

ハルとレオが互いに惹かれているけど、素直になれない・・お互いがお互いのことを羨ましいと思っていて、劣等感を抱いたり、やけくそになったり、突き離したり、更に男のシマが入ることでより複雑になっていく関係性。単なる不仲の一言では表しきれない三者三様の複雑な感情が絡まり合い、決して嫌いなわけではない「相手を想うからこそ」の感情の交差。それぞれの好意を理解しながらも決して成就できないと分かっている対象にどうしようもなく惹かれていく三角関係の一方通行。

やはり三人一緒だと長続きはしないのか、それでも、だからこそ心の内のやりきれない感情を歌に昇華して、同じような境遇の人達に届けることができるのか、改めて音楽の奥深さを実感できた。

ルールも肩書きも性別も才能も超えて、自分たちを枠にはめようとしないで、「バカで何が悪い、バカでいいじゃん!」と素直に叫ぶことができたなら、音楽は応えてくれるのかもしれない。

 

【演出】

監督は塩田明彦監督、一般的には「黄泉がえり」「どろろ」が有名だが、個人的には「月光の囁き」(青春とは究極の変態)「害虫」(少女・宮崎あおいの最高傑作、ナンバーガールの音楽の使い方)「カナリア」(新興宗教が子供に与える影響)が大好きで、近年ご無沙汰だったので今作のオリジナル脚本からの作品は嬉しいところ。今作は監督らしい社会的な毒が無いのは残念だが、後味の良い爽やかな作品もありかなとも思わされた。

演出では特に細やかな二人の対比、ライブハウスでの3人の動線・視線劇の見事さと、ハルが道中で考えた歌詞を車窓風景と合わせて徐々に見せていくのが良かった。

最近では珍しいくらい(特にガールズ系では)タバコのシーンが多い(一日何箱吸うのか事あるたびに一服していた)のもリアルなバンドの現場だし、最後まで二人とも同じ銘柄を吸い続けていた重要アイテムでもあった。

また、敢えて互いを向き合わせないのか、食事をする時はわざわざ隣に座るし、土手で練習する時もベンチで並び合う、鏡合わせの二人が正対して向き合い認めるのではなく、先ずは同じ方向やモノを見ることから始めるということか。

最初はレオがハルの才能に嫉妬していたと思わせて、実はハルの方がレオに強く憧れていた描写、「ホームレスの靴磨き」の話ででハルが出来なかった水商売の女性がレオに変わっていたとことは見事だった。

 

楽曲はさすが期待以上の完成度で、秦基博の「さよならくちびる」、あいみょんの「たちまち嵐」「誰にだって訳がある」の3曲のみだが、この3曲の歌詞とメロディにハルレオの思いが全て詰まっている。願わくばこの二人提供でなくてもいいので、もう少し新曲が欲しかった(やはり3曲で全国ツアーを見せるのは厳しい)。

門脇麦の伸びやかで凛とした歌声と、小松菜奈の優しく穏やかな歌声のハーモニーは心地よく、「さよなら、くちびる」も聞くたびに染みてくる。二人とも実際にちゃんと演奏して歌っているので、ギターも含めすごく練習したのだろうと思いつつ、秦基博あいみょんが歌ったバージョンでも聞きたいのは贅沢か(いずれ公開されるはず)。

 

【役者】

門脇麦の誰にも言えない悩み(女性が好き)や孤独を全て歌に乗せて伝えるエモさも良かったが(歌も断然上手い)、とにかく小松菜奈の可愛さには誰もがやられるはず。。歌ってる横顔と瞳の美しさに見とれてしまうし、つなぎにボブとか、マッシュなショートに花柄のTシャツとかファッションも堪らない(さすが伊賀大介のスタイリング)。レオの髪型が時間を追うごとにハルに近づいていく切なさ、ロング、ボブ、ショートどれも似合い過ぎなのも堪らない。

成田凌は相変わらずカッコよくて、今作は比較的まともな役(いちおう他バンドの女を寝取るが)、絶妙なポジショニングでハルレオの屋台骨をさり気なくガッシリと支えてる感が良かった。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)ラスト・考察】

函館でのラストライブが終わって東京に帰ってきた3人、これからは赤の他人同士だからと荷物を抱えて分かれていく2人だったが・・いつの間にか車に戻ってきて荷物を積んで、歌を口ずさみ出す・・

これから3人はどうなるのだろうか?、早くも再結成となるのか、名前を変えるのか、3人組トリオで再デビューとなるのか・・いずれにせよ音楽がつなぎ止める絆は固く、戻って来たいと思える場所があることの幸せを噛み締めながら、恋をするよりも歌を歌い続ける方を選んでいくのだろう。

「ミュージシャンは永遠には続けることはできないけど、音楽は聴く人がいれば永遠に残ることができる」、さよならくちびる=さよなら恋愛=さよなら音楽・・離れたくないけど別れを告げ、他の誰かの元へと去っていく・・「私は今はじめて、ここにある痛みが愛だと知ったよ」、失う痛みを知って、音楽を忘れることがない限り、きっと二人もお互いを永遠に忘れることはないだろう。