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「ひとよ」 ★★★★ 4.3

◆「デラべっぴん」と共に復刻する壊れた家族の「ひ・と・よ」一つの夜、一人の夜、人の夜、人の世、人よ、不器用な親子4人のぶつかり愛と想いをタクシた演技は必見

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当たり外れを交互に撮っている感のある白石和彌監督の今年3作目、「麻雀放浪記2020」駄作⇒「凪待ち」傑作の次は駄作の番だが、テーマとキャストから傑作の方だと確信して鑑賞。劇作家・桑原裕子の劇団KAKUTAの戯曲を映像化、子供たち3人を暴力から守るために夫を殺した母親が刑期を終え、各地を転々とし約束通り15年ぶりに子供たちの元へ帰ってきたことで再び動き出す家族再生の物語。

思ったよりも重たさは控えめで、時折ユーモアを交えながらセリフひとつひとつが心に響いてきて、ある家族と周りの人たちの生活を見守っている感覚になる。とにかく、田中裕子(母親・こはる)、鈴木亮平(長男・大樹)、佐藤健(次男・雄二)、松岡茉優(長女・園子)の稲村家のキャスティングとそれぞれの確かな演技が素晴らしく、普遍的な家族というテーマを突きつけてくる。

 

白石監督らしく誰もが目を背けたくなるもの、暴力や悪意、人間のずるさや弱さ、家族の面倒臭さを容赦なく見せられ感情を揺さぶられる。いろいろな問題が絡み合う中の家族愛、本当はみんな優しくていい人なのに表現が下手でストレートに気持ちを出せないもどかしさ・・表面に現れる態度や言葉はその人の本心とは限らず、それぞれの考え方から多様な視点を生み出して物語に深みを持たせている。。

15年前と現在の映像しか出て来ないので、兄弟や周りの人がどんな思いで生きてきたのかは完全に分からない(あえての演出だがもう少し描いてくれたらもっと感情移入できたはず)。それでも止まっていた時と感情が動き出し、ずっと母親にぶつけたかった複雑な想いが溢れ出ていてせつなくなる・・暴力からの開放と引き換えにした孤独としがらみと呪縛、みんな必死で生きてきたということがひしひしと伝わる。

 

あの状況で母親は何をすることが正しかったのだろうか?、正しい行動が必ずしも最善の行動になるとは限らないが、葛藤を繰り返した上の覚悟であったことは確か。15年どこにいても犯した罪に苦しみ、その選択は正しかったのか迷い、子供たちを心配しながら会うべきかどうか悩む毎日だったはず。

親がどんなに子供のために頑張っても、子どもにとっては勝手な親の自己満足で、うまくいかなくなると親のせいにされてしまう・・それでも親は頑張り愛し続けるだけ、子供に甘えられるうちが親として幸せなことであり、それでいいのだろう。

どんな家族も面倒くさいことばかりの毎日であり、たくさん巻き込まれて向き合っていくことでしか、本当の家族にはなれないのかもしれない。。

そう思うと、今作の家族は今まで口に出せなかっただけで、実際にはケンカし合って自分のダメな所をさらけ出して、みんながお互いのこと・母親のことを大切に想っている・・羨ましいくらい強くつながっている本物の家族だった。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)演出・考察】

原作は舞台なだけに、緻密な計算と大胆な展開で細かい伏線が後でどんどん繋がって、とてもよく練られていた。

途中途中で子供時代のエピソードが挿入されるが、この回想シーンは非常に凝った形で劇中に組み込まれている。単純にシーンが切り替わるのではなく、襖や窓などの枠やモノを使ってシームレスに現代と過去を移行させている(白石監督お得意の手法)、いまだ過去の記憶に捕らわれていること、いくら忘れようとしても現在が過去の延長でしかないことを表しているのだろう。

好きなシーンは、母親が父親を殺したことについて、「正しいことをした、自分は間違ってない」、「謝ったら、あの子たちが迷子になってしまう」と強く言い切ったところ。自分がブレてしまっては子供たちの気持ちの矛先・行き場が無くなるので恨まれても変えるわけにはいかない。

あとは、一連の「デラべっぴん」のくだり(イントネーションのこだわりも)、家で3人がタバコを吸いながら誰からともなく笑い合うシーンは最高、「復刻号作ってんじゃねーよ」には笑いながら、自分の昔を思い出し無性に本屋に行って見つけたくなった。

 

気になったところは、子供へのDVに耐えかねて子供を守るために夫を殺した事件なのに、いくら週刊誌のネタだろうが、あそこまで残された子供たちに嫌がらせをするとは思えなくて(どんな閉塞的な村なのか、あんな父親でも慕われていたのか)・・ましてや15年も経ってわざわざ危険を冒してまですることか無理がある。結局、伏線でも何でもなく(雄二ではないが身内が何かしら絡んでいるのかと思いつつ)、回収もなく犯人も分からずじまいだし。そもそも防犯カメラ付けるだろうし、タイヤまで全部パンクさせられるとか相当な犯罪なので警察沙汰なのだが。。子供たちもそこまで縛られるなら苗字変えたり住むところを変えたり、いろいろと対処はできただろうとも思ってしまった。。

あと、身近なところの話も多くて若干本筋から逸れていたような・・筒井真理子が出てくれたのは嬉しいが、その事務員の介護疲れと葬式のところや、筒井真理子浅利陽介のカーセ〇クスのところは省いても良かったのでは(社会問題と意外性の笑いをただ入れたかった感あり)。

全体的に「凪待ち」と比較すると、役者は今作の方だが、脚本や演出では「凪待ち」の方が良かったかな、映画賞ノミネートはキャストや配給会社的に今作の方だろうけど。

 

【役者】

佐藤健:普段はもっと細い体型を少しだらしない体に仕上げてきて、無精ひげの捻くれたアウトロー感が良かった。寡黙さの中にある寂しさと怒り、ラストに向けて本当の想いの吐露も見事。感情任せ吐き出しのセ〇クスが似合っていて「ハードコア」の時の無表情投げやりセ〇クスを思い出したが、たまには愛情あるセ〇クスをさせてあげたい(笑)。。

鈴木亮平:難しい吃音の演技もかなり研究した成果が見られ、穏やかな面持ちでありながら暴力や夫婦の不仲に見られる過去の父親像に囚われていた後半の感情の爆発、離婚届を書くまでの一連のカットは圧巻。

松岡茉優:やはり凄いわ、この世代では飛び抜けている、「蜜蜂と遠雷」の繊細な天才だった栄伝亜夜役とまるで違う、今作ではガサツで人情味のある田舎のお水ヤンキーにしか見えない。怒ったり笑ったり生き生きとしながらどこか諦めた脱力感を感じさせ、酔っぱらっているのに凄く優しい歌声で「あなたの夢をあきらめないて」の選曲を含め見事。夜眠れずに田中裕子に甘えて添い寝をするシーンは、確実に意識してるであろう「万引き家族」の樹木希林との絡みを彷彿させられた。この大女優二人と添い寝ができるのはまさに後継者たる所以か。。

※田中裕子:何も言わない無言の表情の演技だけで心動かされる、普通のよくある涙頂戴の母親像とも違って、どこか飄々としながら確かな母性と優しさがそこにはあって、うまく肩の力を抜いて演じていた。「自分は立派ではない」ことを伝えるためにコンビニで万引きするシーンなど、演出のせいだろうが少し表面的に演じてるように見えるところもあり、正直レベルでは「共喰い」の方が圧倒的に感じた。

※その他:佐々木蔵之介はいかにもいい人のウラに隠し持った感を最初から出していたが、ラストのバトルシーンは慣れてないのもあるか?セリフも含めてあまり熱量を感じられなかった。音尾琢磨は過去作とは打って変わっていい人すぎて見事な緩衝材となってたが(あの真珠の人とは思えない笑)、白石監督好き過ぎ使い過ぎ。監督が使いたかったであろう筒井真理子も安定の存在感で、絶妙な感情の揺れや表情が見事、ラスト「よこがお」では運転手としてサイドミラーを覗いていたのが、今作では逆でサイドミラー越しに見送る側になっていたのが面白かった。

そして、韓英恵は気負いなく普通に演じられる安定感はさすがだし、浅利陽介は出オチ感満載で笑えたし、MEGUMIは「台風家族」に続きすごく頑張っていたし(小池栄子と比べてしまうとまだ厳しいけど)、脇役ながら見事に主張していた。ただ、千鳥の大悟は出てきた瞬間笑ってしまったのは仕方ない、標準語で真面目だったしあんなん誰でも笑うわ。あと、久しぶりの斎藤洋一があまりにもフガフガと老いていて衝撃だった。三兄妹の子役と大人の本人がかなりクリソツでよく見つけたなと感心した。

 

 

【(ネタバレ)ラスト・考察】

こはるのセリフが響く「ただの夜ですよ、自分にとっては特別な夜でも、誰かにとってはただの夜ですよ」、同じ時を過ごしても同じように感じているとは限らない、誰かには普通の一日に過ぎなく、自分にとって特別ならそれでいいのだ。

最後のカーチェイスからのバトルはかなり強引で唐突すぎる感は否めないが、15年前のあの夜、母親に追いつけなかった子どもたちの恐怖と不安のトラウマを乗り越えていく大事なシーンではある。ここでは稲村家が囚われ続けてきた「一夜」と、サイドストーリーだった堂下が心の拠り所としてきた「一夜」が不意にクロスオーバーし、時空を超えた「父と子の対話」が成立することになる。雄二と堂下の感情のぶつかり合いは若干聞き取りづらかったが見応えはあったし、佐藤健のライダーキックばりの飛び蹴りには熱くなった。。

タクシーに囚われた父、タクシーを引き継がされる子ども、タクシーで殺した母、タクシーで母に追いつけなかったトラウマ、タクシーの無線で本音を言い合えず(どうぞ~が大事)、タクシーをパンクさせた怒り、そのタクシー同士を最後にぶつけて破壊し再生に向かう・・すべてを見てきたタクシーはその一夜に衝突させる必要があったのだ。

 

ようやく最後に出た雄二の本心「母親が父親を殺してまで作ってくれた自由」だからこそ、どんなことをしても成功して夢を叶えたかった・・誰よりも母親のために報いたかった・無駄じゃなかったと証明したかったのだ。そのことに囚われ過ぎていた雄二、完全に諦めていた園子、方向を間違えた大樹・・その自由は兄妹にとって本当に必要だったのか正解は分からない。

それでも必ず夜は明けて光が射す、一夜を越した翌日、園子の夢だった美容師のハサミを探し出し母親の髪を切りに家族で庭に集まるシーンで、ようやく多幸感に包まれる。その庭には一点を見つめて立ちすくむ母親の姿があり、感じ方は人それぞれだろうが、自分にはこれまでとこれからと全てを受け入れて生き続けていく女の覚悟が感じられた(この田中裕子の表情はさすがに絶品)。

そして、4人並んで撮った写真の顔もそれぞれを表していて良い、隠してあった昔の5人家族の写真に替わって、新しく4人家族の写真が再スタートとして飾られることになるのだろう。ラストカット、東京へ戻る雄二を家族含めみんなで見送る・・そのタクシーを運転しているのは誰だろうか?(堂下かもしれないし)、この後、彼らがどんな会話を交わすのだろうか?

 

今までもこれからも起こること全ては家族の歴史の中の「ひとよ」に過ぎない、人の世が続く限り、稲村家も堂下親子の物語も新しく始まる「ひとよ」に向けてまだまだ続いていく・・一夜で変わってしまったあの日も一夜で新しい日に変えることができる、過去も未来も一夜で変わるのだ。この映画を観た一夜が人によっては特別なひとよになるのかもしれない。