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「女王陛下のお気に入り」 ★★★★☆ 4.5

◆おばさん(3)ずラブ!? ドロドロ愛なき大奥の世界で やられたらやり返す下克上エクスタシー、うさぎは寂しいと孤独死するのよ「強く儚い者たちごっこ 人は弱いものよ♪」 

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18世紀初頭イギリスを舞台に最強の女官長サラとそのいとこで新人侍女のアビゲイルが、アン女王の寵愛を受けるべく女性同士の泥沼対決を描いたブラックコメディ作品。アン女王役のオリヴィア・コールマン、サラ役のレイチェル・ワイズアビゲイル役のエマ・ストーン三者三様なキャラクターを演じきった演技合戦も見物。アカデミー賞では作品・監督・脚本・女優(3人とも)・美術・撮影など最多10部門ノミネートされ、オリヴィア・コールマンが主演女優賞を受賞している。

監督は個人的にも大好きな「ロブスター」「聖なる鹿殺し」の変態鬼才ヨルゴス・ランティモス監督、今作は今までより変態性は抑えられている分、エンタテイメント性が解放されていて、相変わらず不条理でイヤーな感じはあるが比較的見やすい・分かりやすい作品になっていた。

 

フランスの宮廷ものは馴染みがあるもイギリスのは珍しく、いちおう史実をベースにしているが一筋縄ではいかない愛憎劇でランティモス監督らしさは全開・・とにかく華やかな衣装と宮廷・家具の豪華絢爛さに見とれ、広角の画角、カメラワークも美しい。それとは裏腹に繰り広げられる女たちの醜い争い、地位と名誉と財産と嫉妬と全く愛が感じられないドス黒さ、人間の嫌なところ・弱いところを3人の女を通じて見せつけられる(男は完全に蚊帳の外)。

テンポも良く、パワーバランスが何度も“勝者”が入れ替わり、最後までどうなるのか分からない面白さもあり、絶妙な恐怖感も終わり方も想像を掻き立てられる。庶民としてはアビゲイルの成り上がりを応援したくなるけど最初だけ、女王に気に入られるためのありとあらゆる手段がえげつない、倫理や道徳の壁を一度破ると歯止めがきかず、羨望、嫉妬、エゴが強い方が生き残るだけ、人間の欲望の計り知れなさが恐ろしい。彼女たちは一体どこが引き際なのか、何を持って終わらせることができるのか、そこに幸せはあるのか?を考えながら見入ってしまう。

 

また、時代によらず地位や名誉がある人は誰も信じる事が出来なくて本当は凄く孤独なのだろう、自分たちの欲のためだけにいろんな人から利用される女王アンを見ていると、孤独にならざるを得ないし心が壊れてしまうのも同情できる。そんな弱った心の隙間にスッと入っていけるのは才能だし、確かにすぐに出世するのも分かる(会社でも仕事は出来ないけどその能力だけで気に入れられるヤツはいる)。いずれにせよ、そこに生きる意味を見出し、熱くなったり迷ったり戦っている時が結局一番輝いていられるのかもしれない。。2人がタッグを組めば最強なのだが、出来ないからこそ今の地位まで登り詰めたのだし・・

まあ、個人的には想像していたほどのドロ沼・不快感では無かった、普通なら十分すぎるレベルだけど、ランティモス監督にしては・前作の鹿に比べれば優しいうさぎテイストだったので、もっと謀略を巡らせた権力争いだったり血生臭さや絶対的な嫌悪感があっても良かったかな。。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)演出・考察】

構図やカメラワークは完全にランティモス節だったけど、ストーリーや展開が今までと違うなと思ったら脚本が別の人だった、チャプター毎に入るお題の言葉の独特のセンスも見事。 

光は自然光にこだわって入ってくる明るい部屋の美しさと、昼なのか夜なのか分からないほど真っ暗な廊下、ロウソクの明かりで作られる夜の宮殿内も幻想的で、全編フィルムで撮影されたらしく画としての質感も美しい。女性陣はほぼノーメイクなのに、男性陣は奇抜な髪型に赤い頬と白い肌の厚化粧も時代的に面白い。

画としては広角レンズがとても特徴的・効果的で、極端に強調されたパースと歪んだ奥行きが時代や3人を表している、また、魚眼レンズでローアングルから天井までを切り取った画も含めのぞき見的な感覚で客観的にも見られた。何気に使われるスローモーションが意味不明なシーン(小汚い全裸デブ男の戯れ?)で使われるのもさすが。

サンディ・パウエルがデザインした優雅な衣裳も素晴らしく、背景となる宮殿や装飾品、絵画などと合わせて、当時の宮廷貴族たちの贅沢三昧と政治の腐敗っぷりがよく出ていて、貧しい国民たちの生活は直接描かれずとも想像できた。

 

「ロブスター」の時と同じくなぜか普段はかわいい動物たちが無機質で不気味に見える、たくさんのウサギのうごめきとアヒルの小走りは、国内の不満分子や3人の女性の不安定な心境にも似ている(アビゲイルがウサギ踏んじゃったのを女王に見られたのはウサギ好きとしても辛かった)。

個人的にはアビゲイルが新婚初夜に、考えごとに夢中で手コキでさっさとコトを終わらせようとするシーンが、男性目線としては堪らなかった(男の扱いが酷いが実際に仕様が無いので仕方がない)。

あとは、3人が精神的に一番弱ったタイミングでもれなくゲロ・嘔吐する表現と、痛風の傷口は生肉貼ると和らぐという唖然さと、当時の宮廷なのに今の話言葉やダンス「FCK!」とか言いまくるところなど笑ってしまった。あえて現代の権力者たちも皮肉っているのだろう。

 

【役者】

オリヴィア・コールマンの女王の演技はとにかく圧巻、不健康な生活で醜く太り破綻した性格を憎たらしいだけでなく、女王としての威厳のウラにある寂しさの影、そして時には可愛らしさまで表現していて見事(実物はかわいくてレイチェル・ワイズより年下という驚きもあり)。

レイチェル・ワイズの女王と昔から一緒にいたような安定感のある演技は説得力があり、誰に対しても引けを取らぬ威厳と裁量、男勝りな姿がかっこよくイケメンすぎ、アビゲイルへの姑感も凄いけど。

エマ・ストーンは最初はただの優しい世間知らずな少女ぐらいの感覚が、次第に本性をむき出しにしてくる(育ち方なのか気質なのか)変わり身が面白く、男を手玉に取る様子も自然で上手い(一瞬出るエマ・ストーンのおっぱいは見逃し厳禁!)。

 

【(ネタバレ)ラスト・考察】

最後2人の戦いに決着は付いたが、結果的にどちらが幸せだったのだろうか?(サラの手紙も何が書いてあったのか?)

ラスト、女王とアビゲイルとウサギが佇む長回しシーンはセリフも少なく不快な後味で観客を突き放す・・最初とはまるで変ってしまった2人の何とも言えない死んだような表情と距離感、その前でじゃれ合う無垢なウサギとの対比が救いようのない終止符を打つ。

亡くなった子供の数だけ飼っている17匹?(すべて流産?陰謀に巻き込まれた?)のウサギを含め、モノも体も心もむしり取られきった女王、どんなに這い上がっても結局は女王陛下のお気に入りに過ぎない、ウサギと同じ愛玩動物でしかないアビゲイル(願いが叶って登り詰めた状態を維持していく地獄)。結局はみんな一生檻に閉じ込められたウサギにしかなれないのだ、サラは18匹目、アビゲイルは19匹目のウサギで、アン女王も母親ウサギでしかない・・ウサギは多産なので、これからも生み続けていくのだろうが、宮廷で囚われて生きていくだけ。

 

闘いの勝者は誰もいないのだろうが、引かざるを得なかったサラだけが檻から逃げ出して本当の自由を、田舎での普通の夫婦生活と心の平和を手に入れる事ができたのだろう(実際史実でも宮廷に復帰して直系の子孫にはウインストン・チャーチル首相がいる)。

「愛しているからこそ嘘はつかない」「親切さは愚かさを招く」相手が嫌だと感じたとしても相手のためを思って本当のことを伝える、サラは本当に女王への愛があったはず。サラからアンへの手紙のシーンとそれを涙を流しながら燃やすアビゲイルも印象的だった(サラへの同情なのか、自分にはたどり着けない関係性と自分への哀れみからなのか)。

3人とも求めているものが違っていて、それゆえのすれ違いから辿り着く虚無感漂うラストシーン。アンもサラも本質的にはお互いを想い合っていたのに自分の想いにこだわり過ぎたのか、アビゲイルは全て自分の望みのため合理的に目的を達したが最初から空虚でしかなく何者にもなれなかったのか・・感情と欲望と現実の折り合いをつける難しさと虚しさが最後まで響いてきた。。

 

国が逼迫し増税して庶民は苦しんでいる中、貴族(上級国民)たちは国王(首相)に気に入られるために平気でウソをつき、サクラばかりのパーティを税金で楽しんでいる・・あれ、どこかの国と全く同じじゃないか! 

「AB首相のお気に入り」のためにウサギ(庶民)を競争させたり踏んづけたりしないで、さらに国民を「愛しているからこそ嘘はつかない」で下さい! 今作と同じように誰一人幸せにならないラストにならぬよう早めにゲロった方が良いのでは、ごめんあそばせ・・