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「ホットギミック ガールミーツボーイ」 ★★★★☆ 4.6

◆衝撃の山戸結希ワールドに宇宙を感じろ、映画の常識をぶち破る狂った演出と編集の映像体験に飲み込まれバカになるしかない、女の子のための全力自己肯定映画の傑作!

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21世紀の女の子」の企画・プロデュース、短編の中でもダントツで異彩を放っていた山戸結希監督の新作、前作「溺れるナイフ」に続き少女マンガ原作の映画化2作目。映画館で見逃していたのだが何とテン年代の最後にNetflixで配信されるというのもさすが時代の申し子らしい。

累計販売部数450万部を超える15年以上前の伝説的少女コミック12巻の長編を整理し、当時の攻めた内容通りほぼ忠実に描いていく・・平凡な女子高生・成田初(堀未央奈)が、兄・凌(間宮祥太朗)と幼なじみの二人・優等生の橘亮輝(清水尋也)と人気モデルの小田切梓(板垣瑞生3人の間で揺れ動きながら自分を見つけていく物語。

妹大好き優しいお兄ちゃん系、オレさまドS系、甘い王子様系という典型的なマンガキャラ、クサい喋り方と演劇的なセリフと全力で少女マンガを再現していて、良くも悪くも長編MVみたいなのに何故か強烈に心に残る不思議さ(普通の監督が普通に撮れば最高にダサいキラキラ恋愛映画になりそうだが)。脆くて壊れやすい思春期の心情をリアルに描く山戸ワールド全開の強烈なエネルギーで、映画界の伝統や文法・セオリーを軽々と飛び越えてくるスゴイ映像体験に終始圧倒されまくった。

 

とにかくクセが強すぎて完全に好き嫌いが分かれる監督だが、毎回その作家性には本当に驚かされる、一体どんな感性をしてるいるのか右脳の中を見てみたいほど。独特の過剰演出での色彩感覚やカメラワーク、細かいカット割りやトリップ感・スピード感あふれる編集、常に背景で鳴り響くセンス抜群の音楽とその入れ方など、自分の好きなものを撮りながら完全に山戸ブランドを確立している。「今を生きる女の子を応援する、可愛く撮る」その瞬間にしかない感情を焼き付けるために、映画はここまで自由になれることに感動すら覚えた。

正直、普通のキラキラ恋愛映画だと思って観ると唖然とするだろうし、原作に思い入れのある人・ストーリー重視の人には受け付けないかもしれない、むしろ否の方が多いのも分かる。自分のことをバカだと言いつつ、男三人とも手放したくないように見える主人公にはイライラするし、不信感や不快感が増してくるし(意志のないナチュラルメンヘラ隠れビッチほど厄介なものは無い)、周囲の人物描写や展開にも不自然さが感じられ、脚本含めツッコミどころは満載。

 

それでも、リアルに青春の汚い・醜いことに向き合う圧倒的な映像の力で、現実に居場所がない女の子たちの背中を押してくれるのかもしれない。若いが故の承認欲求が爆発して、つい自分の隙間を埋めてくれる人を探してしまうが、結局は他の誰かに幸せにされるのではなく、自分の力で幸せになること、痛みを抱えながらもそれに向き合って生きることが大切だと気付かされる。

残念ながら興行収入は良くなかったようだが(前作の菅田将暉小松菜奈と比べると弱いのも確か)、「地獄みたいな毎日を過ごしてる女の子たちを救いたい」と言う監督のコメントの通り、1718歳の今を生きる女の子たちに出来るだけ観て欲しいとも思う(良くも悪くも「TOKYO GIRL」のイメージが強すぎる気もするが)。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)演出・コメント】

映画文法を無視しまくった演出は映画好きほど唸らされるだろうし、自由気まま感性のまま撮っているようで細かいところまで計算され尽くしているし、舞台劇のようでどうしようもなく映画的で新しい映像感覚は次の大林宣彦を引き継ぐのだろうと思わされる。大量生産されるキラキラ映画へのアンチテーゼ &カウンターとして作り手の熱量と情熱が伝わってくる。

一つのシークエンスに膨大なカットが使われていて上から下から静止画も混ぜ込んで秒単位で切り替わる、一方で流麗なワンカット長回しやスプリットスクリーンまで入れてくるが、ただ無闇に技術をひけらかしてるのではなくシーン毎に意味を持たせて使い分けている。どこを切り取っても詩的で美しく隅々まで意識が行き渡り、髪の毛の一束一本にまでこだわる美の追求・完璧主義への凄まじい拘りと労力に気が遠くなる。

オープニングから4人のキャラの位置づけと視線のクロス、四方向にすれ違っていく距離感を自由度の高いカメラワークで魅せてきて、アバンタイトルまでのプラットフォームでの一連の長回し(キスからのドア開閉など電車のタイミングに完璧に合わせた)に度肝を抜かれる、この冒頭だけでヤバイ作品だと確信するだろう。

 

細かく早いカット割りは、繰り返される「分からない」のセリフのまま瞬間瞬間を目まぐるしく生きていることを表現しているのだろうか・・瞬きしている間に気持ちは変わり世界や自分も変わっていく、儚く散っていく瞬間でもあり、一瞬一瞬の世界の美しさを認識する瞬間でもあるのだろう。フィルムカメラのような写真の数々も、青春としての危うさや儚さ、一瞬の刹那的な感情を表していて、絶妙なインサートのタイミングも見事。インスタグラムで誰しもが現実を加工できる時代に、瞬間を切り取って加工して演出するのは当然の流れ・手法とも言えるだろう。

映画的に見やすいことよりも今自分が撮りたい「感情の動き」を優先するカメラワークやアングルに、いつの間にか自然と感情移入させられる。不機嫌な足もと、悪口を言う唇、ポテチを食べる口元、見つめる目元、見下す視線など超クローズアップショットによる微かな感情の変化、微妙に揺れてみたり近づいてみたり思春期特有の危うさや揺らぎ、迷いみたいなものを感じられる。複層的な動線、階段の高低・勾配、ベランダや手すりの遮蔽など物理的、精神的距離の演出も巧み。

色彩と配色にも拘っていて、キャラクターごとに分けつつ心象描写を深くして没入感につなげている、画面を二分割して青と赤のライトを当てるのは斬新だった。選ぶ言葉のセンスと積み重ね、セリフ回しのテンポの良さとリズム感がミュージカルのように気持ちよくもある。

そして常に背景で流れている音楽の使い方も素晴らしい、クラシックの名曲(カノン、エリーゼのために、悲愴、きらきら星など)を様々にアレンジし、シーンごとに映像と上手くリンクさせて入れるタイミングも見事(エリーゼのためには最初は梓だけだったのが後半には亮輝や凌のシーンでも流れる)、否が応でも気分を増長させられる。術の穴や泉まくらなどサブカルあふれるアーティストのセンスも監督らしい。

 

舞台ロケーションとなる東雲キャナルコートCODANや象徴的に映し出される豊洲や晴海など沿岸部の街並みも素晴らしい。断片的な都市のモンタージュが織りなす模様は美しく、豊洲という空っぽから生み出された人工的な街、CODANの無機質さと閉塞感がキラキラを抑えて空洞化された空っぽな心象を映し出す。外に出ても人間的な欲望の象徴となる渋谷や表参道の雑多な風景の中に無個性として埋もれてしまう。「溺れるナイフ」の山と海と大自然の後に、今作の湾岸高層ビル群と大都会の雑踏ネオンの中の少年少女たちを描くのが面白い。

その他にも印象に残るシーンが多く、シャボン玉の浮遊、渋谷、お台場、マンションの階段、坂口安吾の「堕落論」、赤本だらけの書架で詰め寄られるシーン、特にココアが零れるシーンは誰もがここはあ~と叫びたくなるだろう(笑)。

 

現代の女の子の等身大のリアルな感情を映像で表現する天才としては、京アニ山田尚子監督があげられるが、目指す方向性は同じような気がする。京アニというスタジオとスタッフ、そして脚本家・吉田玲子とのコンビが一体となって機能している分、ストーリーとしての完成度は山田監督作品の方が高いかもしれない。山戸監督には自分で脚本を書くのを一度やめて他の脚本家を使った作品も作って欲しいが、自分の言葉と映像が直結しているので難しいのかな。

映像面での新世代監督では、「チワワちゃん」の二宮健監督や「ウィー・アー・リトルゾンビーズ」の長久允監督などと共鳴し合うのではないかと思われる。これからも映画を志す多くの若者に影響を与えていくのだろう(安易にマネをすると大やけどを負うので注意が必要だが)。

 

【役者】

堀未央奈:今をときめく乃木坂46によくこの役をやらせて引き受けたなあと感心。映画初主演でまだ慣れていないところが、役柄的にもまだ空っぽで誰にも染まりそうで伸びしろの大きさも感じさせる。正直、滑舌が悪いのは気になったが、遠くを見る様な眼差しとその透明感溢れる佇まい、ただ可愛いだけじゃなく体の奥底にある自分の本質、魔性のようなものを感じさせてくれるのは良かった。

布団の中で梓とビデオ通話をしながら脱ぐシーンは、その画素数の低さも相まってめちゃくちゃエロかった(ファンはどう思ったのか)。絶妙な髪型や洋服のセンス、ナチュラルボーン小悪魔のような言動「男の子ってみんな初ちゃんみたいな子好きだよね」、その通りとしか言いようがない。

・間宮祥太郎:兄の成田凌(しのぐと読む)役だが、本物の?成田凌がやりそうな役だったので、苗字は成田以外の方が良かったのでは。包容力の奥に切なさを隠し持ち、内に秘めた想いや衝動を無理やり抑え込んで一線を越えるか越えないかギリギリの危うさが伝わってくる存在感。最後に着ていたセーターはココアのシーンで初に着せていたもので、美しい思い出にくるまれながら孤独に見守る愛を選んだ狂おしさに涙。。

清水尋也:背も高く目も鋭いのでドSぶりがハマる、傲慢な秀才ながら自分でも理解できない・理屈にあわない感情に振り回されて、語る言葉と相反する心情の見せ方と徐々に血が通っていく変化が上手かった。最初の「奴隷」での支配から最後は「宇宙」という無限大への解放なんて素敵すぎる。何気に「お前の意志はどこにあるんだ」「自分の頭で考えろ」など初に自立を促していて、対話することでお互いが成長していくのも見逃せない。

板垣瑞生:モデルを演じるだけにイケメンぶりや色気はバッチリ、性格的には一番クズで軽薄なのだが、どこか完全に嫌いになれない感じが合っていた。復讐を誓っているはずなのに初への気持ちは捨てきれていない、傷つけても何も満たされず、終いには復讐する相手ではなかったと知って「俺のことは一生許さないで」「最初からこの人だって決まっていればいいのにね」というセリフが余りにも切なかった。

桜田ひより:妹がお姉ちゃんに嫉妬して涙を流すシーンが脆くて切なかった、こんなに可愛いのに好きな人とは結ばれないとは、「知りすぎちゃった私のことを知って欲しい」から身体ではなく心でつながるシーンはグッときた、あのカラフルな虹色のベーグルはキツイけど、このカワイイを共有することで女の子の想いを受け入れるのか。「お姉ちゃんに会いたかった」というカラオケシーンも良かった。

・その他吉岡里帆の存在感が良かった、大人の女性ならではの狡さ、やはり、「カルテット」のありすちゃんみたいな役の方がハマる気がする。前作に続きドレスコーズの志磨遼平の色気もさすが。

 

【(ネタバレ)内容・ラスト・コメント】

意志薄弱で簡単に自分の身体を明け渡してしまうヒロインと、露悪的でご都合主義な男たち、出生の秘密や見えない大人の存在、空っぽの街やマンション群。「私、バカだから分からない」と泣く17歳の初の幼さと若さ、自分に価値を見出せない(アイディンティティーが無い)ため、相手の言うことを信じて帰属することで自分を保っている。

3人の男たちの間を戸惑いながら彷徨い揺れ動く初、誰が自分に価値を見出してくれるのだろうか?・・亮輝は頭が良く哲学的に教えてくれる存在、梓は自分を可愛いと言ってくれる甘い存在、兄・凌は何もない自分をただ優しく受け入れてくれる存在・・その彼らさえも自分の価値と葛藤しているのに。10代では自分の肉体と精神がかけ離れていて、誰かに認められて必要とされたいのに選ぶことが怖くて、間違いは許されずいつも正しくいるために、分からないことが分からない、自分と向き合うことの必要性はもっと分からないのだろう。

 

それでも、ラスト、亮輝と追いかけたり追いかけられたりしながら吐き出される本音の言葉たち「選ばれたことがないのに自分に価値があるなんて分かんない」「そもそも大前提として言うけど、お前がこの世に生まれた時点でもう選ばれてるってことなんじゃないの?お前なんのために生まれてきたの?誰かに選ばれることなんて待つなよ、あとはお前が何を選ぶかだけだろ」「そんなの分かるか分からないかも分からない!」・・

そして彼女なりに考え最終的に出した答え「私の心も身体も私のものだ!」「バカでもいい、それもひっくるめて私なんだ!」・・考える故に我あり、無知の知、誰かに認められることを待つのではなく、私が私を認めて選んで生きていく絶対的な肯定感。誰かのものになるために、まして男の子のものになるために女の子は生きているわけじゃない、「ボーイ・ミーツ・ガール」ではなく「ガール・ミーツ・ボーイ」なのだ(原作にはないガールミーツボーイというフレーズは、タイトルバックでボーイミーツガールから入れ替わるのも上手い)。

彼女が気付く瞬間に立ち会えた幸せ、溢れる生命力が伝わってきて「私は私として迷いながら生きていっていいんだよ」(10代なんて普通は空っぽ)という、山戸監督から全ての女の子への応援歌のように受け取れた。

 

ラスト、マンションから走って河川敷でキスするまでの怒涛の高速カット割と盛り上げていく音楽のクライマックス、最も感情が弾ける初と亮輝とのセリフの応酬は音楽をバックにポエトリーリーディングのラップバトルのようでエモさ爆発、一つのミュージックビデオを見ているようだった。

二人のキスの背景には、緑色にライトアップされた船が横切り、遠目に建設中のビルとスカイツリーがぼんやりとした輪郭からピント(揺らいでいだ感情と世界のピント)が合ってくる・・そして、ようやく二人の見る世界が一致したのかモノクロの世界になり、川岸を歩いていくラストカット。

エンドロールの最後にはモノクロから(建設中ではなく完成した)スカイツリーだけがオレンジ色に輝く、まずはスカイツリーのオレンジの日の出のような色でどっしりとした塔の上から俯瞰的に見渡しながら徐々に自分たちの色を付けていこうということなのか・・

 

「ずっと好きかどうかは分からない、明日のことなんて誰も分からないのだから、バカでいいんだよ、ずっとバカのままでいよう」永遠を誓うより今を愛する方がよほど誠実で、分からないままで生きてもいいんだよ。今この瞬間の私の気持ちを大切にしたい、明日は明日の私がその気持ちを大切にする、いつか終わってしまってもそれまでの気持ちは消えないし過ごした日々は美しいのだ「初恋はずっと過去形にはならないんだ」。盲目的でも受け身の甘え続ける恋愛でもなく、自分が自立して生きるための恋愛を選ぶことで成長するのだ。

「君には宇宙を感じる」というセリフも深く響いてきて、そんな分からないなりの特別な存在になりたいと思わされる。山戸監督は全ての女の子は特別な女の子だと信じているし、これからもそんな映画を作っていくのだろう。山戸ワールドを更に進化させながら、商業的にも評価的にも日本映画の新たな地平を切り開いていって欲しい。今度はマンガ原作ものではなくオリジナルのストーリー、脚本で描く作品も見てみたい、次作にもまた期待してます!

 

 

※【参考】 以前、テレビ番組「セブンルール」で言っていた山戸結希のセブンルール

1.「よーいスタート」は小声で

2.役者の髪に神経を注ぐ

3.物語の解釈は観客に任せる

4.「生きている」場所で撮影する

5.年下の女性には優しくする

6.本屋では本のタイトルを見る

7.田舎の女の子の気持ちを忘れない