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「アルキメデスの大戦」 ★★★★ 4.0

◆数値は嘘を付かないが政治家は兵器で嘘をつく、池井戸作品的な社内対立コンペ争いで倍返しでなく裏返しだ、現代の大和=美しい国を正しく見積もって沈ませないために

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同時期に公開された「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」は稀に見る駄作だった苦手な山崎貴監督だが、今作はまさかまさかの良い作品だった。個人的には大嫌いな「永遠のゼロ」みたいな戦争映画かと思いきや、大鑑巨砲主義という昔からのやり方を疑いもせず盲信する海軍将校たちに数学の力で挑むという地味な展開で山崎貴監督らしからぬ真っ当で映画的な作品になっていた。

戦艦の歴史を知ってるとより楽しめるが、学校で習う日本史程度の知識でも大丈夫、また難しい数学や物理の式などがバンバン出てくるけど、これも誰も分からないので問題なし、田中少尉(柄本佑)と一緒にポカンとしていて大丈夫。

 

いわゆる戦争ものだが戦闘シーンはほぼ冒頭のみで得意のVFXCG特撮での迫力はさすが、10本の魚雷と空からの爆撃で横転し真っ二つに折れ3,000名の乗組員とともに海底に消えてゆく5分ほどのシーンは圧巻。その後は遡って戦艦大和を作るかどうか戦艦の見積もりをやり直して決めていく机上の戦いがメインとなる。天才的な数学の力は手段としてあるだけで、地道な調査や大胆な行動力、国の行く末を憂う情熱が状況を打開していく描き方のバランスが良かった。

数学の魅力もさることながら、自由マイペースな菅田将暉と軍規遵守の堅物な柄本佑コンビのバディもの、決戦の軍事会議のシーンでのやりとりなど基本的には会話劇に面白さがあり、役者がみんな素晴らしかった。

シリアスながら変人としてのコメディ要素も絶妙に盛り込まれつつ、目的に向かって真っすぐ突き進むドラマにも引き込まれる、どんな困難な局面でも諦めないで最善を探す主人公に周囲も協力していく展開もアツい。そして、サクセスストーリーの爽快なハッピーエンドではなく観客に幾ばくかの哀しみと重みの余韻を残して終わる感じも良かった。

 

戦艦大和は造られて結末は分かっているだけに、そこに至るまでの話がフィクション作品ながら日本人の気質をよく捉えていて、予測できないラストまで良く出来たストーリーだった。時代や日本的組織の不合理性が描かれ、ダメダメ軍人たちの縛られた理不尽な体制論理に、希望ある若者が取り込まれ揉まれていくもどかしさは今の時代や世界にも通じるメッセージがあり、反戦映画だけではないエンターテインメントとしてのバランスも兼ね備えていた。

今作で山崎監督は「宇宙戦艦ヤマト」の方で大敗した借りを返し、「ドラクエ」とは逆のラストが素晴らしい内容で評価を持ち直したのでは。ただ次回作はこれまた大嫌いな「STAND BY ME ドラえもん2」なのか・・先ずはオリンピック成功を最優先の上、3年に1作ぐらいでいいので今作のような作品を期待したい。

エンドロールに「この映画は忠実に着想を得たフィクションです」と出てくるが、フィクションなのに本当の話なのではと思わされる面白さで史実の裏話のよう。原作者(あの「ドラゴン桜」の三田紀房)の想像力の凄さもあり続刊中の漫画は未見だが、読みたくなった、櫂も昇進しているようだし。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)演出・コメント】

前半は菅田将暉柄本佑がどんどん良いコンビになっていく感じが楽しく、中盤は様々な妨害に対抗しながら助けられて少し中弛みもあるが、終盤での二転三転するような展開につながっていくのは見事。

軍人嫌いだった櫂が、計算能力を評価されて軍の争いに巻き込まれ、気付けば最終的に戦艦を生み出し普通に軍人になっていくプロセスが、全くの作り話なのに実際にも有望な若者が取り込まれていったことを思うと怖く感じる。歴史的事実も山本五十六を始めとした実在の人物も描き方に違和感がなく細かい点にも抜かりがない。

日露戦争に勝利して怖いもの知らずの異常な状態、民衆ですら無敵の日本を信じ込んでいて、みんなが同じ思想の狭い視野で何の疑いもしないで破滅へ突き進んでいくのが分かっているだけに観ていて辛い。自滅を望んで作られた船だとしても、もし空母を作っていたとしても結局血が流れていたことに変わりはない、この救いようのなさ。

最後まで観て、また冒頭の大和沈没のシーンに戻される、孤立無援で集中砲火を浴び隣で仲間が次々と死んで行っても闘う手を止めない日本軍、一方で墜落した飛行機から脱出して海に落ちた仲間をすぐに救出するアメリカ軍・・その圧倒的な戦力と「戦や命」に対する考え方の違いに数値以上の差が感じられて、これでは勝てるわけがないと改めて思わされた。

いつもなら過剰なセリフと大袈裟な音楽の説明口調で描くところを、今作ではさりげなく目立たぬように見せて、海に落ちた兵士が助けられる始終を見た日本兵の唖然と驚いた顔で全てを表現しているのが素晴らしい演出だった。

物語的には「イミテーション・ゲーム」と似ていて、天才数学者が数学を元にドイツ軍の暗号「エニグマ」を困難を乗り越えながら解読していく様子が重なる。今作の方がエンタメだけど、少しナレーションとモノローグ、心の声が煩わしいのと(いつも通りだけど)、「数学の天才が瞬時に計算しているシーン」で画面に数式が出てくるのが古い演出すぎて、ドラマの「ガリレオ」を観ているようだった。

 

【役者】

菅田将暉は、セリフ回しや動きが演劇のように少しオーバーで浮いている感じがするが、今作の中では作り物の変人具合が際立っていてマッチしている。難しい数式やセリフを早口で繰り出し、黒板に書きなぐっていくのは大変だったはず(間違っていても分からないけど)。天才の変人役がハマっている既視感は「帝一の国」のキャラと同じだったからか。

柄本佑は、最初批判的だったのがだんだんと感化されながら、積極的に熱意を持って取り組み出し最高の相棒になっていく変化を見事に絶妙な表情で表していた。少し中だるみしてきた中盤をうまく二人の掛け合いで支えていた。

そして陰の主役だった平山中将を演じた田中泯が素晴らしかった、あれだけ渋い演技派が揃った中での圧倒的な存在感、丸メガネの奥に潜む目の動きだけでの演技、絶対的な正義ではなく相対的な正義を説く、その酸いも甘いもを知り尽くした男だからこその深みと落ち着いたトーンで説得力のあるラストの会話劇が見事。57歳で役者を始めて、世界的ダンサーでもあり74歳にして現役でまだ劇場公演もしているという凄さにも驚かされる。

その他、舘ひろし國村隼橋爪功鶴瓶なども適役でそれぞれの役割を演じていた(ポスターのメイン二人の一人が舘ひろしはおかしい、あえて忖度を皮肉ったのか)、小林克也の会議での話ぶりが「ベストヒットUSA」を観ているようで少し笑ってしまった。あと浜辺美波の顔が本当に白銀比なのかいろいろと計ってみたくなったが、二人の恋愛ドラマ的には薄すぎて単なる見積もり算出のための要員設定としか思えなかった。

 

【(ネタバレ)ラスト・コメント】

見積もり対決の会議シーンは、セリフの応酬とロジカルな数式による論破が見応え満載で、ギリギリまで必死になって不正を暴いていく姿は痛快であった。しかし、この不正の理由は日本が世界一の戦艦を作ろうとしていることが敵国に悟られるとまずいので予算をわざと低く見積もった「敵を欺くには先ずは味方から」という平山中将の戦略だった。

その後の櫂と平山中将との会話シーンが今までの一連の物語を全て持って行った感があり、「凄絶な最期を遂げることがこの船に与えられた使命」としての造られるべき理由には妙に納得されられた。大和が造られようと造られまいと戦争は近いうち必ず起こりうるのは想像がついて、日本国民は日清・日露戦争に勝って負け方を知らなくなってしまった。このままだと日本人は最後の一人まで戦い国は滅びるが、日本を象徴するような立派な戦艦ができ、それが沈めば日本人は諦めるであろう。

櫂はこの巨大戦艦を戦力の象徴と捉え日本国民を戦争への道へ後押しする存在になると危惧していたが、平山は日本国民の憑代(よりしろ) として熱狂・期待させて不沈戦艦を派手に大破させることで日本が完全に滅ぶ前に救おうとしていた(実際に大和が追撃したとされる敵機の数はわずか3機ほどだったらしく(もともと命中率0.1%以下)、わずか2時間足らずで沈んだ)。

対立側の敵だと思っていた平山が、実は日本の末路を悲観する自分と同じ考えで先を見据えていた、逆に自分の味方だと思っていた山本五十六が実は戦争肯定派であったという現実。それでも設計者として美しい巨大戦艦を作り上げたいという神の視点での葛藤と割り切りは天才ならでは。数字は嘘を付かない最終的な判断材料だったのに、最後には想いを優先してしまうところは予想外であり面白かった。

 

ラストシーン、大和の船出を見送る櫂の目から流れる涙にはグッと来た、戦争により自分の設計した「美しいもの」への感動と、そのために犠牲にしたものと予想される残骸への後悔と、その先につながる1歩への決意と覚悟が入り混じった深い余韻が感じられた(「風立ちぬ」を思い出した)。改めて冒頭で沈没シーン・負け戦を印象付けた数式のように美しい構成・脚本が素晴らしい。

真実を知りながらどうしようもないもどかしさ、悔しさと悲しさ、日本の敗北を予期しながら「この船は日本を見ているようだ」と一介の軍人となって(違和感なく敬礼している)送り出す何とも言えない表情。そのヨコでは海軍兵が「美しいです、この船はまさに大日本帝国そのものです」と目を輝かせている、全国民が希望に満ち溢れた眼差しで大和に熱狂している歪んだ世界が確かに当時の日本にあったのだと実感させられる。更にその希望の大和が沈んだ後も諦めきれずスルズルと精神論で戦い続け、最終的には原爆を2発も落とされてしまった現実が重くのしかかる。。

 

日本の将来を左右する大事なことが政府や官僚の思うがまま密室で決められて、政府にとって都合のいい情報だけをマスメディアを操って流し、国民は正しい数字や情報を知ることができず自分で考える材料を与えられなかった。そして絶対的な強さや美しさを持つ象徴的なものを民衆の希望として分かりやすく祭り上げ、期待を煽って妄信的にハマらせる空気感を醸成していく・・

なんと現代社会になっても変わっていないという恐ろしさ、もしや我々の知らないところで第二の大和が作られているのかもしれないし、一度ぶっ壊して再生する国家戦略を立てているのかもしれない(自民党という巨大戦艦を沈めただけで変わる世界でもないだろうが)。

それでも二度と大和を作らせたり沈めないように、天才や希望に満ちた若者たちが間違った方向に流されていかないように、自分が感じる大切なものを見失わないように、常に自分で考え先を見据えていかねばならないのだろう。

あと何気に新国立競技場を第二の大和と見ると(改修費の見積もりから設計者の変更)、山崎監督自身がオリンピックの演出を手掛けるだけに面白い、果たして日本経済が沈むのを見越して作られたレガシーとなるのか、再生の象徴となるのか・・