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「37 セカンズ」 ★★★★☆ 4.7

◆障害者本人が演じるリアルな生と性と愛と自由をフラットに描く NEOカッコいい一人の少女の冒険青春物語「自分が自分で良かった」HIKARIあふれる人生を肯定すること

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2019年ベルリン映画祭パノラマ部門で観客賞と国際アートシネマ連盟賞をダブル受賞し、その後も世界各国の映画祭で上映され高い評価を受けていたので期待はしていたが、なるほど今までの日本映画とは違ったセンスの素晴らしい作品だった。

実は正月明けにNHKEテレで国際共同制作バリバラドラマとしての特別編を見ていたのだが、こちらは劇場版とは違う視点で主人公ユマの物語を描いた前半中心の90分再編短縮版となっていた。昨年の「バーニング」と同じパターン、他の民放と違ってクオリティが高いのはさすが(資金力?)。

生まれた時に37秒間呼吸が出来なかったことで身体に発達障害を抱えてしまった夢馬(ユマ)、漫画家のゴーストライターをしながら母親の介護を受けて暮らしているが、ある出来事をきっかけに様々な人と出会い成長していく話。

障害者を描いた重いテーマかと思いきや、母親からの束縛の息苦しさから逃げて新しい世界を体験したい、恋もしたいしセックスもしたいという誰もが思う悩みをポップな演出でコミカルに描いた冒険談となっていた。決してお涙頂戴ものではなく、フラットでニュートラルな立ち位置で障害者と介護する者の関係、障害者の仕事や性の問題などをリアルにバランスよくエンタメ作品としての完成度も高い。

 

主人公を演じる佳山明さんが実際に脳性麻痺を抱える障害者なので本物の説得力はもちろん、リアルな視点で正直ここまで描くのかという攻めの姿勢とその覚悟に驚かされる・・前半はドキュメンタリーチックなリアルな現実が苦しくて、生々しい性表現も多く(PG-12)どこに連れていかれるのか不安にさせられるが、後半からはドラマチックな展開で雰囲気も変わり、自分の成長と親との和解までヒューマンドラマとして昇華することで共感させられた。

主人公がキュートなので起きている事態の割に陰惨な感じもなくて、出会う人たちが良い人ばかりで都合の良すぎる展開もあるけど、全体的に主人公をフラットに見ていて「ありのままの自分を受け入れ自分なりの幸せを追求すること」全ての人間にとって普遍的な人生のテーマを描いている。自分自身と向き合いながら勇気を出して踏み出した一歩が新しい道となっていく、誰もがホロッとしながら彼女と一緒に自分の人生を丸ごと抱きしめたくなるだろう。

 

今作が第一回監督作品となるHIKARI監督は、映画の巨匠を輩出してきた南カリフォルニア大学院で映画を学び、タランティーノイーストウッドが所属するエージェントで活躍するだけに実力は一級品。複合文化の視点で海外から語るべき日本の物語をしっかりと見据えていて、クールジャパンとガラパゴスにならず海外で学んで世界基準の作品を作らなければと思わされる。

「パラサイト」のアカデミー賞受賞をはじめ「邦画は外国映画に劣る」と言われているが、今作を観れば全然そんなことは無いはず、障害をテーマにこれだけ攻めた完成度の高い作品は間違いなく世界で戦えるレベルだし実際に賞も獲っている。NHK含め宣伝が弱いのか?もっと注目されるべきだし、こういう作品を映画関係者も観る我々も全力をあげてヒット・評価させていくことで、邦画全体の底上げが図られるはず。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)演出・コメント】

脚本・演出ともにウエットになりそうなところを一歩引いて、ヒロインチックに大袈裟に盛り上げず脇役も奉仕的になり過ぎず、観客に自分の話として共感させるようなバランスの良さが素晴らしい。障害者への同情を煽ったり差別を声高に訴える描写を一切排除して、壁のない世界にしているのもさすが多様性のアメリカでの感覚ならでは。

映像も恐ろしく美しく光と影の使い方も見事。カメラワークやアングルも車椅子に乗っている目線の低さで見上げるような視点なので、観ていて怖さを感じる部分もあり、健常者と障害者の世界の見え方の違いを実感させられる。とにかく徹底的にリサーチインタビューしたらしく、NHKのバリバラ的な感じでリアルが描き込まれている。また、東京の雑踏や夜景を上空から俯瞰的に映すカットも多いが、宇宙や神の視点から見れば誰もが同じちっぽけな存在ということなのだろう。

若干オタクの描き方がテンプレっぽくもあるが(海外の感覚に合わせたのだろう)、エロ雑誌に載せるために描いたSF漫画も面白そうだし、父親との写真の想い出など現実からアニメ描写への移り変わりも上手かった。

 

とにかく冒頭の母娘での入浴シーンから度肝を抜かれて今作の覚悟を感じる、普通の邦画では絶対に見せないであろう親子二人の全裸シーンでの触れ合いはドキュメンタリーを観てるかの様なさらけっぷり。リアルな障害者のお風呂はこうしないと入れないのを見せつけられ、母親が子供みたいに世話する感覚も分かるし、二人の距離感も伝わってくる。

そんな過保護な母親から独り立ちするきっかけが、雑誌の編集長の一言「ヤったことある?、何事も経験しないで良いものは書けない」から始まっていく展開も面白い(障害者だからでなく断るためでもなく本音でズバッと言い切るのがフラットに見ているということ)。

そこから実際に経験を積むためにマッチングアプリを始めたり歌舞伎町へ向かう行動力が凄くて感心してしまう、これまで縛られていた反動も大きいのだろうが、行動がまったく予想が出来ずハラハラさせられた。当然はじめてのことばかりで失敗や挫折も多く、特に極めつけは初体験のためにお金で買った男との性行為の途中でおもらししてしまうシーン、何も出来ずに屈辱で最悪な現実ををしっかりと描き切るところも見事。

それでも彼女にいろいろな経験をさせ成長を促すのは、距離が近い母や友人ではなく初めて出会うアングラな世界に身を置く優しい大人たちで、彼女らに導かれ素直に前向きに進んでいく主人公の表情が、どんどんと輝きを帯びて美しくなっていくのがグッとくる。

 

今作は同時に母親の子離れ物語でもある、1人では何も出来ないと決め付けて、外出するときはスカートを禁じたり、娘の部屋を隅々まで漁ってエロ本などを見つけて注意したり、過保護ぶりが見ていて辛いが、確かな愛があるだけに憎むことも出来ず誰も助けることも出来ない。そんな娘が家出してしまうと、取り乱しながらも娘を待つしかない母親の大きな試練、「自分から子供が離れていってしまう」今まで全てを注ぎ込んできた自分の生きがい・アイデンティティの崩壊への恐れが伝わってきて、特に家出中の電話での二人のやりとりが素晴らしい。

登場人物のバックグラウンドが映画版ではなぜかばっさりカットされているので、正直その時の態度や行動の理由が読み取れず理解に苦しむ部分はある。特にヘルパーの俊哉があそこまで優しくしてくれるのは不思議だが、それだけの過去を乗り越えてきたからこその優しさが自然に伝わってくるのは上手い。さすがにいきなりタイまで一緒に行くのは面食らったが(パスポートどうした問題)、最後まで恋愛関係にならなかったのはこの映画としては個人的には正解だったと思う、全てが上手くいきすぎて入り込む範囲を超えてしまうので(元は考えていたようだが編集で削ったらしい)。

※ドラマ版では俊哉が道路脇にクマのぬいぐるみと花を置いていたので大切な存在をなくしたのかも、妹だとしてユマを重ねているのかもしれない。そしてタイ旅行前には舞から「少し休みを取りなよ」と言われていたので唐突でもない。

※ちなみになぜタイなのか調べたら、ユマ役の佳山明のお姉さんが実際にタイで先生をやっているとのことで、そこまで反映しているからリアリティも増しているのかな。

親友の漫画家サヤカはゴーストライターのユマに「パラサイト」していて、最後まで利用・搾取し続ける一番イヤな役のまま終わった感があるが、もう少し終盤で彼女の変化も描いて欲しかったかも。彼女なりにユマを気にかけていたり幸せを願っている部分はあっただろうし、ただ彼女自身も結局は出版社やSNS読者から搾取されている存在でもあり、自分も含め実際にはそう簡単には変われない近い存在でもあるような気もした。

担当者のセリフ「障害者のアシスタントなんて好感度上がりますよ」は、まさに24時間テレビの感動ポルノで視聴者が求める搾取構造と同じだし。NHK共同制作でドラマ版も放映したので、今作も24時間テレビ対抗ウラ枠のバリバラで放映されることを期待したい(PG-12だけどカットしたら意味なしなので絶対にノーカットにすべき)。

 

音楽も全体的に明るくセンスも良い、エンディングは重いテーマのはずなのにCHAIの「NEO♪」で締めるとは攻めていて、いかにも感はあるけど海外向けに日本のネオ可愛い感じでポップな雰囲気を演出していた。ただ、人によって明るく前向きに見終えた人と感動で泣いてしんみりした人とで、合ってる・合ってないは分かれるだろう。

 

【役者】

主演の佳山明さん自身が脳性麻痺を抱えている障害者であり、社会福祉士として働いていて一部の話が本人の実話とのこと。「健常者の俳優が障害者役を演じる作品を作っても意味がない」という監督の思いで一般公募から主演に抜擢、演技初挑戦とは思えない全身全霊をかけた見事な演技で、時にはヌードも含め大胆に時には繊細に役になり切っていた。

実際に監督も共に生活していたらしく、あてがきの様なキャラクター描写のリアリティもさすがだし、か細く高い声で朴訥な感じの話し方も演技なのか自然なのか分からないが役にマッチしていた。当たり前だけど実際の苦しい動きや表情は本物だし、新しい世界を知るときの目の輝きなど、どんなに上手いベテラン俳優でも敵わない領域があった。昨年の「岬の兄妹」で障害者を演じた和田光沙さん(健常者)に続き、主演女優賞ノミネート候補になっても良い。

母親役の神野三鈴はさすがの安定度、娘を支配してしまいそうな圧力を感じさせて、演劇畑らしく少し大仰な芝居ぐらいが今作には合っていた。娘にハンデを負わせてしまった贖罪の気持ち、束縛と心配の裏にある深い愛情、行き過ぎだけど生涯かけて娘を愛し守ろうとする姿が痛いくらい伝わってきた。ラスト2つの赤ちゃん靴を撫でるシーンは泣けた。

娼婦の舞役の渡辺真起子は姉御肌で頼れる大人の女性という感じがにじみ出ていた、歌舞伎町などで生き抜いている人たちは、世間の価値観には流されず自分の価値観で動いている分、経験上の強さと優しさがあるのだろう。一緒に夜の遊びを教わりたくなった。

ヘルパーの俊哉役の大東俊介も良かった、背負った過去を匂わせながらユマにあそこまで支援するのも違和感のないいい人ぶり、ユマと会話する時に前向きな言葉をかけるわけでなく相手の目をじっと見て最後まで相手の言葉に耳を傾ける態度からも伝わってくる、ただそっと寄り添うことの大切さ(ラーメンにレモン汁はアリ)。

編集長役の板谷由夏も、サバサバとした歯に衣着せぬ物言いでユマを一人の女性としてフラットに見ていて好感が持てた。あとは、自身の体験を元にした映画「パーフェクト・レボリューション」も素晴らしかったクマさんこと熊篠慶彦さんの自分を受け入れ前向きに人生を楽しむ姿にはグッときたし、宇野祥平、渋川清彦、奥野瑛太などの芸達者なベテランも良かった。

 

【(ネタバレ)ラスト・コメント】

意を決して想い出の父を訪ねて行くと父はすでに亡くなっていて、そこで双子の姉がいることを知らされたユマは俊哉と一緒にタイに向かい姉と出会い、最後は母親に元に戻って成長した自分に少し自信をもって漫画家として独り立ちしていきそうな感じで終わる。

双子の姉がいるのは全く予想外だったが、母親が別れてユマの世話に専念した背景やもう一つのあったかもしれない自分の世界を見ることで、改めて本当の自分自身と向き合えて受け入れられた展開はドラマチックだけど説得力はあった。特にタイで妹と抱き合って分かち合えたシーンと、ラスト泣き崩れる母親をユマの方からギュッと抱きしめるシーンには胸を打たれる。

タイで姉と会ったことを母親に報告するシーンが言葉ではなくイラストだった流れから、最終的に様々な経験を通じて成長したことによりエロ漫画ではなく自分の作品として編集者に認められるというハッピーエンドは出来すぎだけど、そうあって欲しい願いで満たされた。

 

「自分が自分で良かった」、最後にたどり着くこの言葉の重さと深さ、口に出して言えるまでの苦労と葛藤は彼女にしか分からない・・障害を持つ自分そのものを好きになって受け入れること、そこからしか見えない世界があって感じ取ることのできない感性があって、結果的に彼女にしか描けないものができる。それは程度の違いはあれ誰にとっても同じであり、自分を受け入れて踏み出す一歩が道となり、自分にしかない個性となって自分の人生を創っていくのだ。

人生なんて宇宙人からみたら夏休みの課題みたいなもので、自分にとっての当たり前は、誰かにとっては価値になるかもしれない。先ずは新たな一歩を踏み出してみれば、自らの世界は驚くほど変わっていくはず、今作はそんな一歩を踏み出す勇気を与えてくれる。誰にでも起こりうる何秒間かの運命の時間、それを受け入れて人生を肯定し自分を肯定できる人はどんな人であれ美しく力強く輝いている。

 

障害=不自由、これは世間一般の勝手なイメージで、それが彼らの望む自由を奪っているのかもしれない、「障害を持つ者がそうでない者より、不自由だって誰が決めるの?」、劇中何度も出てきた「健常者と障害者は何が違うの?」というユマの問いかけに見終えた今あなたなら何と答えるだろうか?

ドラマ版では最後にインタビューがあり、母親役の神野三鈴の言葉が素晴らしかった。「他人を知ること、自分を知ること、世界を知ること、違いを知ること、変わらないことを知ること、そこに命と気持ちがあること。それを生きている限り全ての生き物を愛したい。私は残りの時間をかけてしたい」。。