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年間500本以上観る会社員のありのままのレビュー

「Fukushima 50」 ★★★★ 4.2

◆事件は現場で起きているんだ、まだ過去ではなく続いているんだ、復興オリンピックの延期のようにこの物語も終わってない、慢心・想定外の言葉を繰り返さないために!

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東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故、メルトダウンによる大惨事を防ごうと現場に留まり奮闘し続けた約50名の作業員たちの知られざる姿を描いた社会派ヒューマンドラマ。あの日あの時、何が起こっていたのか、今を生きる者として忘れてはいけないと思い鑑賞、それぞれの立場の人たちがどのように立ち向かったのか臨場感たっぷりに描かれつつ、改めて自然の脅威を思い知らされた。

まだ風化していない現在進行形中の話であり、公開や内容にいろんな感情を持つ方も多いので、本来ならば事実のみを正しく深く掘り下げるドキュメンタリーの方が良かったかもしれないが、幅広く観てもらうにはエンターテインメントとするしかないのも確かだろう。正直、映画後半の出来や作り方・伝え方には賛否あるのも分かるし、ドラマチックな感動で大袈裟に盛り上げるのには疑問は残るが、それを差し引いても観て良かったし、いま観るべき映画だとは思った、苦労したであろう製作陣と役者陣に感謝したい。

 

とにかく未曾有の事故に立ち向かう現場のやり取りがリアルに描かれていた、体を張って現場の最前線で葛藤しながらも最後まで戦い抜く姿など当時のニュースだけでは知れなかったことが伝わってくる。自分たちの町や家族を守るためとは言え「決死隊」とか怖くて考えられないし、自分だったらどうしたかとも思わされた、改めて二号機が爆発していれば、東北はおろか東日本全体が壊滅していたかと思うと本当に頭が下がる。

事実と違うだとか批判を浴びていたり政治的な目論み主義主張も相まって評価は分かれるだろうが、震災・原発事故があったこと、第一線で命がけで守ってくれた人たちがいたことを風化させない、それだけでも十分に今作の価値があるはず。

当時は原発が爆発する映像や死者・行方不明者の数字などが強烈すぎて、現場のことを深く考えたり知ろうとする余裕が無かったが、今なら原子力事故の仕組みや組織の在り方など様々な面で勉強になる。「現地のことは現地にしか分からない、こっちは命がけなんだ」、国や政府も想定外の出来事が連続し混乱するのは仕方ないとしても、もう少し上手く機能できなかったのか、板挟みになる吉田所長のような現場を思ってくれるリーダーのあり方も考えさせられた(現場で誰も亡くなっていないのも凄い)。

一人一人が社会の一員として自分のできることを考えて愚直に実行すること、今のコロナウイルスの件でもそうするしかないのだろうとも思わされた。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)ラスト・コメント】

監督は若松節朗監督、門田隆将著のノンフィクション「死の淵を見た男 吉田昌郎福島第一原発」をベースにしているが、吉田昌郎所長以外は仮名にしていて、あくまでも本作はフィクションという認識を忘れてはいけない(前作の「空母いぶき」はマンガ原作でいまいちだったけど、「沈まぬ太陽」のようにフィクションをベースとした大作の方が合ってるのかもしれない)。

なので、エンタメ映画としては凄くレベルが高い、冒頭からの直下地震津波の映像化も見事であり、映画だと分かっていてもゾッとする、このような目に見える恐怖と放射能のような目に見えない恐怖を使い分けながら、現場トップ二人の友情や上司と部下の関係性、それぞれの家族の絆など感動シーンにつなげていくのは見事だった。

中央制御室や緊急対策室、プラントの屋外や避難所などセットも細かいところまで素晴らしかった(ベタなBGMや回想・心の声の挟み方、海外の報道映像のカットやアメリカ人役者の演技などは合わなかったけど)。

 

今作は「福島原発の事実」というより「福島原発を題材にしたエンターテインメント」なので、感動演出が過多になるのは仕方ないけれど、個人的にはこれほど緊迫した過酷な状況であればこそシンプルな描き方でも十分に伝わったのではないかと思う。全体的に再現ドラマを描くことだけに終始してしまった印象があり、社会派ドラマとしての批評性の弱さは残念だったかな・・あえて「新聞記者」と比較すると、今作は深刻な内容の割に甘い妥協的な結末になっている。

巷で批判されているように、今作だけで当時の政府を論ずるのは危険であろう、政府や東電幹部を分かりやすく悪者然と描いてるので全部鵜呑みにしてはいけない、「イラ菅」総理大臣のポンコツぶりや東電幹部の自己保身ぶりなど酷かったのは確かだが、脚色が強く事実を描いているわけではない。総理の突然の訪問が原因でベントが遅れたわけではなく、住民の避難完了が完全に終わってからでないとベント作業は出来なかったなど、仮に震災が当時の自民党政権の時代に起きていたならどうだったか、現安部政権だったらどうなったことか・・

高線量被曝の悲惨さはセリフだけでなく、放射能の怖さを描くためにもちゃんと映像でも見せて欲しかったし、避難を余儀なくされた住民の方の描写ももう少し欲しかった気もする(実際に避難先を転々として亡くなられた方もいるのだし)。

何よりラストでは「自然をなめていた、慢心だった」と何となく済ませている感もあり、現場の頑張りを強調して東電は悪くない感を醸し出しているが、現実問題として10m越え津波の想定が地震前にあったのに対策を後回しにした事実(その責任者は吉田所長だった)を無かったことにしてはならない。

 

それでも、二号機が爆発しなかったことが本当に奇跡だったと思うと、今こうして生きられていることも当たり前じゃなく感謝の気持ちでいっぱいになる。「決死隊」の2組目が高放射線量で断念して戻ってきた時に、ひたすら「すみませんでした」と謝っていたのが気持ちも分かるけど謝る必要はないよと苦しかった。

あと、東電で働く夫をもつ妻が避難所で東電の上着を脱ぐシーンや、便所の悲惨な状況がリアルで、特に現場の一人のおじさんが原発内作業者を募った時に周りが挙手したのを確認してから手を下ろしたり、若者を優先避難させる時に「私も帰ります」と言ったり、ちゃんと人間の”弱さ”を描いていたのも良かった。

改めて危機に直面した時の指揮官の振る舞いが、現場の対応力を高めもするし混乱に陥らせもするということも痛感させられた・・冷静な状況把握に迅速かつ的確な指示でメンバーやその家族のことも気にかけながらイザというときの覚悟を持つ、そんなリーダーになれるよう心掛けていくべきだろう。

 

豪華な役者陣は渡辺謙佐藤浩市の二人はもちろん、火野正平佐野史郎その他全員、現場の社員の矜持がひしひしと伝わってくるほど血の通った迫真の演技が素晴らしかった。この男だらけの現場はいかにも旧態依然だが、安田成美の似合いすぎな総務のおばさん具合がいい緩衝材となっていた。

実際にプロフェッショナルとして常に人命を背負った即断を求められる中、家族を持つ一人の人間としての在り方を問いただしたり、自分の弱さから出る本音や後ろめたさをセリフではなくちょっとした表情や態度で表現しているのも見事だった。

 

【(ネタバレ)ラスト・コメント】

ラストカットは2014年、吉田所長の葬式帰り桜並木での佐藤浩市の振り返りで終わる・・希望で終わりたかったのも分かるが、2020年になった現在でも全然復興できているとは言えない状況では、桜の空撮でのあまり変わっていない風景が皮肉で残酷な美しさにも感じられた。

そしてエンドロールでは実際の原発が造られる時から稼働中、震災後のアーカイブ映像が挿入される・・当初は反対運動もあったはずだし、今なお双葉町に掲げられている標語「原子力 明るい未来のエネルギー」に何を思えばいいのだろうか。

最後に出てくる「復興オリンピックは福島から聖火ランナーが始まる・・」の一文も、個人的にはすごく違和感があり不要だと感じた。結果的に、東京オリンピックは2020年度は延期となったので、まだ震災も原発も終わってないぜ!、まだまだ復興に向けてやることがたくさんあるのだ!という皮肉的なメッセージのラストとして捉えられるのが何とも・・

 

事故から9年経った今、日本政府はこの悲劇の教訓を生かすことが出来ているのか?、いまだ「原発推進」の方針に戻っているのが現状なのだ。原発を何故作ったのか?、町としてその恩恵を受けていて希望があったことも確かだが、ラストで語られた二人の言葉を改めて噛み締めるべきだし、この言葉だけで終わらせてもいけない。

「俺たちは自然の力を舐めていた、10メートル以上の津波が来ないと思い込んでいた。福島第一原発が出来てから40年以上経つのに自然を支配したつもりでいた、慢心だった」、「ここで起きたことを後の世に語り継がねばならない、それが俺たちの使命だ」

津波原発事故による避難者は、今なお4万8千人近くであり、汚染水や汚染土、除染廃棄物が限界に来ているのに処分方法がまだ検討中である、そして今日も発電所廃炉を目指して尽力してくれてる作業員がいることを忘れてはいけない。 

 

人間が自然を支配することはできないし、いくらでも人知を超えた事態はこれからも発生するだろう、何度も「想定外」として同じ過ちを繰り返すことにならないように「想像力」と「正しい知識」を身に付けていかねばならない。いざという時に自分の命や大切な人の命を守るために、どのような行動をとるのが適正なのか、自分なりの結論が出せるように準備が必要だろう。

奇しくもコロナウイルスという未知の恐怖に人間は翻弄されている今、医療の現場で頑張っている人たちを信じて応援し、自分たちが今できること「感染しない、感染させない」を徹底させていくことが大事なはず、一人でも多くの人にこの映画を観て思って欲しい。