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「旅のおわり 世界のはじまり」 ★★★★ 4.1

◆異国情緒での愛の参加、郷に入って郷に従わず海外旅行あるある「世界ふしぎ発見」「イッテQ」の撮影舞台裏、ミステリーハンターあっちゃんが辿り着いた世界とは?

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テレビ番組の撮影で異国の地ウズベキスタンを迷いながら自分と向き合っていくロードムービー、自分の夢と今の仕事の葛藤や他者を理解しようとしない姿勢など社会的なテーマを含みながら1人の女性の成長物語として描いている。

何と言っても主演の前田敦子の不安定で頼りなさげな雰囲気やいい意味での素人っぽさが、完璧に役柄とマッチしていて本当に演技なのか素なのか分からないくらい。。前田敦子本人が普通に旅番組リポートしているドキュメンタリー映画のようにも見える不思議な感じ。

監督はもう一人の世界のクロサワ、黒沢清監督、いつもながら自分の知らない世界との接触による微妙な変化を見事に表現しているが、今作は不穏さや絶望感はかなり控えめで分かりやすくなっている(カーテンは揺れたので良し)。日本とウズベキスタンの国交樹立25周年、ナヴォイ劇場完成70周年記念の国際共同製作作品ということで今までの黒沢映画を期待すると肩透かしかもしれないが、監督がとにかくお気に入りのあっちゃんをメインに撮りたかったのは十分に伝わってきた(「Seventh Code」も主演で海外ロケだった)。

 

主人公・葉子のロケ自体が人生の抽象化になっていて、幻の怪魚(青い鳥みたいなものか)「ここでないどこか」を追い求めながら、すぐに自分勝手な行動で迷子になったり自分の気持ちを押し殺して他者には心を開かない姿には共感もできずイライラさせられる(未成年に見えるしイスラムで肌を露出した格好で独りでウロウロするのは常識外れもいいところ)。カメラの画面の中では楽しげにしているが実際にはリポーターも撮影クルーもまったく海外文化には興味がないので、現地の人と本気で触れ合おうともしない。

「あなたはどうして私たちの話を聞こうとしないのですか?あなたは私たちのことをどれだけ知っているのですか?話し合わなければ、知り合うことも出来ないのではないですか?」通訳兼ガイドの言葉が刺さる・・自分が成長するには先ず世界を学ぶこと、目の前の相手を知ることから始めることが大事なのだ、これは国と国に置き換えても同じこと。葉子と同じような立場、心境の人にはかなり刺さる内容であろう。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)演出・コメント】

ウズベキスタンを撮って欲しいという持ち込み企画作品なので、当然ながら雄大なる大自然や街角の美しさには目を見張る、特にオペラが聞こえてきて大ホールに迷いこむシーンには息を飲んだ。また、乾いた大地を走ったり坂を上ったり下ったりと全体的にアッバス・キアロスタミの映画が思い出された。

3種類のカメラでのメタ構造、レポートをする葉子が持つ手持ちカメラ、その葉子を撮影するクルーの持つカメラ、そしてそれらを映すこの映画を撮っている実際のカメラ・・そのどれもが自分を映し出しているような不思議な感覚も心地よい。客観的な視点ではなく徹底して葉子の一人称視点で描いているので、一緒に迷いながら旅をしている体験が出来る。

カメラに向ける満面の笑みとカット後すぐに壁を作ってスマホにしか見せない本当の笑顔、異国の地で緊張しながらも思うように進まない仕事で神経をすり減らし心はどんどん内側に向いていく。

それと反発するかのような単独行動、救いを求めるように路頭に迷いながら孤独感を深めるばかり、常に何か危険な事態が起きないかハラハラさせられるサスペンス感は流石。路地に入って画面が暗くなると黒沢監督らしい凄みも出てきて、あえて向こうの言葉に字幕を付けない演出もいっそう何も分からない不安感が強調される、何を言われてもNOと答える彼女は自分のいる世界そのものを拒絶しているようにも見えた。

地方のある農家で飼われていたヤギを買い取って逃がすシーンも印象的、本来の自分のやりたいことを閉じ込めてカメラのフレーム内では明るく振舞っている葉子は、まさに柵の中に囚われた山羊なのか。勝手に自分を重ね合わせた思い込みで家畜として慣らされたヤギを野に放ち、さあ自由にお逃げなさい!と言われても、果たして本当に幸せなのだろうか?(人に育てられて野生の獣に怯えながら生きていけるのか)。

 

黒沢映画なのに最後まで飲み込まれないのが前田敦子であり、だからこそ監督に気に入られて信じられているように思える。淡々として感情を表に出さないけど好奇心と根性はあり、危なっかしい不安定さと芯の強さのバランスが見事、また責任感と器用さで何でも任されてしまいながらどこに居ても居場所がない感じ、これはAKB48でのアイドル時代があったから出せる強みなのだろう。「もらとりあむタマ子」や「町田くんの世界」など、とにかく仏頂面をさせたらピカ一で間違いない!不思議な魅力はこれからも楽しみだし、作家性の強い監督に起用されて伸びていくだろう。

その他、ロケハンメンバーも安定の演技、久々のいかにも加瀬亮っぽい役、自己中でイラっとさせられる染谷将太も上手いし、絶妙な存在感の薄さの柄本時生も良かった。出来ればもう少し心理描写も多くして、メンバーの関係性を丁寧に最後まで描いて欲しかったかな。

一番印象に残ったのは、あの村の中にある回転アトラクション、「ノウノケッカンガハレツシマス、ソシタラカノジョハシニマス」また大袈裟なと思いきや冗談になっていない激しさはただの拷問器具にしか見えなかった。連続で4、5回乗ってフラフラ吐いたのは演技ではなくリアルだったと思う。

 

【(ネタバレ)ラスト・コメント】

葉子がアリスのように町に迷い込み、様々な人と出会い体験していくことは、葉子自身の人生を暗示するようでもあり更にその先の現実へとつながっていく・・

結局そんなに大きな成長がないのもリアル、いい歳した人間がそう簡単に変わるなんて無理なのだ。ラスト、山頂に一人でたどり着いたときに得たものは何だったのか?

クライマックス、葉子が歌う場面でカメラが上昇してフレームという柵から解き放たれる彼女の心、成長というより本当の自分の解放なのだろう。

オクーに感化され歌った「愛の讃歌」は、決して上手いプロになるレベルではないが、確かに誰かの心に届くものだった。おそらく夢を叶える情熱も才能もそこまで無いことは自覚しているはず、現実的には彼との結婚を選ぶのかもしれない。

「あなたの燃える手で あたしを抱きしめて ただ二人だけで 生きていたいの ただ命の限りあたしは愛したい 命の限りにあなたを愛するの♩」心の底から湧き上がる感情!素の自分を解放できたカタルシス、何かが自分の中で始まろうとする時の奇跡のように思える感覚が伝わってきた。

山中にいた一匹のヤギが自分が野に放ったヤギだったのかどうか?、まぼろしだったのか?は分からないが、これも奇跡を信じればこそ。

異国の地でむき出しの自分の心に触れて自分を乗り越えていく、大自然の中ゆっくりと深呼吸すれば見える世界もあるということ、クライマックスとラストショットの表情は、まさに葉子の「旅のおわり」であり「世界のはじまり」だったのだろう。