◆2024年もたくさんの映画を観てきました、映画館での新作はもちろん旧作・B級含めレンタルやネット配信(AmazonPrimeやNetflix含む)、テレビ放映など合わせてざっくり420本ほど、昨年よりは多いけど、やはり配信が中心で映画館での鑑賞が年々少なくなってきているのは寂しい。
そのうち2024年1月~12月公開の作品の中から、新作を中心に洋画・邦画に分けて独断と偏見で【ベスト20】を選んだので発表していきます(順位はその時の気分で変わるし、残念ながら見逃した作品もあるので見たら更新するかも?)。
ちなみに昨年2023年の邦画ベストはこんな感じでした、昨年は「ゴジラ-1.0」「君たちはどう生きるか」のアカデミー受賞、「怪物」「PERFECT DAYS」のカンヌ受賞など世界基準での評価作が多かったですが・・・さて、今年はいかに?
【第20位】「SUPER HAPPY FOREVER」
「泳ぎすぎた夜」で世界にも注目された五十嵐耕平監督作、妻を亡くした男が失意の中、出会った思い出の地で妻の面影を探す物語。5年前と現在、二つの時間の中で「青春期の終わり」を迎えた人々の、奇跡のようなひとときをさりげなくも鮮やかに描き出す。
無くしてしまったけど確かに存在した永遠の瞬間、ゆったりとした時の流れと多くは語らない余白、空白の5年間に想像をかきたてられる。出会いも別れも運命とは偶然の積み重なりであり、突如として不条理にも訪れるもの。サブカル向けのセンスの良さは何となく昨年の「アフターサン」を思い出す人も多いだろうか。
前半は不穏で暗くて地味な感じだが後半の過去パートから伏線回収も含め一気に面白くなる、恋の始まる瞬間のすばらしさにときめく。どのシーンも写真として切り取れるショットが美しい、熱海の時が止まったような空気感、海と空の水色と水面のキラキラと差し色の赤、雲の美しさ、透明感と清涼感。
結局は永遠などは無く、寄せては返す波のように刹那的でもあり海に流れ続ける永遠でもあり、喪失感とともにたゆたう繰り返しなのか。信じられるものがあることは幸せなこと、過ごした輝かしい時間だけでなく辛い出来事も永遠になることもあり捉え方しだいか・・ハトヤホテルに行きたくカップラーメンが食べたくなること必至。
【第19位】「HAPPYEND」
都市直下型地震やAI監視社会など差し迫った近未来日本での卒業間近の仲良し5人組の高校生たち、マクロな社会批判のスケールをミクロな学校内の話に落とし込んだ青春映画、フィクションよりリアルに感じられる。独特の雰囲気・空気感、アングルの近未来感、映像・音楽も素晴らしくサントラはリピート、高校生たちの演技も細かい描写で人物像も分かりやすい。
空音央監督のデビュー作とは思えない完成度、荒々しくも訴えかけるメッセージの力強さの割には過度にエモーショナルにしないでさらりと中立性をもって描いているのが良い。見る人の過ごした青春によって変わってくる感想。何となく日本っぽくないと思ったらアメリカとの合作だった。
監視社会と横暴な権力、差別・格差社会、保身だけの大人たち、ルールに縛られ考えない人たち、見ないようにしていた現実が可視化され自分事として突きつけられる。終盤の体育館シーンでの多種多様な考え方、大きな権力に守られて生きる諦めと自由や反骨精神とのせめぎ合い。
「社会」「個人」の人生に踏み入れていく決別と決断、青春の終わりと新たな始まり、自分なりのアイデンティティを模索し、自分と友とのハッピーエンドを目指す。ラストはキッズ・リターンのカウンター、「世界は変わっていくんだよ」希望と切なさ、夕方の歩道橋、彼らのその後を想像してみたくなる・・
「Ryuichi Sakamoto opus」
同じく空音央監督のドキュメンタリー、父である坂本龍一のピアノ演奏がモノクロで綴られる、闘病生活の中、最後の体力気力を振り絞りながら一音一音を祈るように生を確かめるように丁寧に弾く姿には感動しかない。自身で選曲してアレンジし直した20曲、さまざまなアングルから映し出される、無くなる半年前なので体力に合わせて一日数曲の撮影が精一杯だったよう。
映画館での最高の音響で体感すべき、録音技術もすごいが何よりも気迫と覚悟、誰かに聴いてもらうとか遺すとかではなく自分として最後まで生きるために弾いている。「もう一回やろう」良い音や生への執着、あと半年の命、最後と分かった上での魂心の演奏、間合いの静けさ、呼吸、鍵盤の指先とペダルの足先の筋肉の動き、ペダルを離すときの息をするような音、普遍的な生命の尊さ、こんなにも気高く美しい一音一音に涙が出てくる。
後半からはこのまま終わらないで欲しいと思いながらも必ず終わりは来てしまう、ラストのopusからのラストカットは圧巻、現代美術館での展示会も楽しみ。「芸術は長く、人生は短い」彼の遺したものが受け継がれていくことを期待して。
【第18位】「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」
若松プロを描いた「止められるか、俺たちを」の続編で80-90年代を描いた映画愛あふれる作品、映画監督である故・若松孝二監督が名古屋に建てたインディーズ映画の聖地シネマスコーレを舞台にそのアルバイトの若い男女の青春物語(前作1より分かりやすく明るい青春かな)。映画が好きで監督になりたいと思いつつ自分の才能の限界を感じている葛藤、井上淳一監督自身の青春と師である若松監督から受けた教えや熱い情熱を反映しただけにがっつり引き込まれた。
いろんな名監督の名前や名作のポスターや映像が流れてくるので映画好きとしても堪らないはず。。ビデオ普及により衰退しつつある映画館を盛り上げようとする姿はコロナ禍のミニシアターのピンチを思い出させられた。大好きな映画を大好きな映画館で見られる幸せよ。
若松監督の破天荒な人生は面白いだけでなく、厳しいながら人情味あふれる優しさがあるので多くの人がついていくのだろう(今だったら〇ハラ全開で撮らせてもらえないのかな、こういうカリスマ監督も残ってほしいのだけど)。ザ・昭和を背景に各キャラクター描写も見事で絶妙に違う考え方やスタンスだけど映画を通して自分と向き合っている姿が魅力的。ラストの映像は微妙かな。
前作に続き若松作品に多く出演してきた井浦新の若松監督らしい説得力は健在、東出昌大の怪演も良いが芋生悠もすごく良かった。先ずは何かを書いてみよう、出し惜しみせず全力でやってみよう、何かを作ることに前向きになりたい時に是非「やったるぜ!」
【第17位】「雨の中の慾情」
「岬の兄弟」「さがす」からNetflix「ガンニバル」で名が知れ渡った鬼才・片山慎三監督がつげ義春の短編漫画をミックスして映画化。原作のつげワールド全開なので明らかに一般受けは無く、作家性が強いシュールな作品だけに好き嫌いははっきりと分かれる。かなりエロシーンも多く(AVみたいなモザイクが興ざめだが)、奇譚ものながら壮大なスケールでCGの出来も悪くない、カオスな現実と虚構の曖昧さと純愛物語は何となく今敏監督的であり「千年女優」(兵士の描写は「ジェイコブスラダー」)を思い出す。
ほぼ台湾ロケということで美しい絵になる映像、いつどこの異国の世界観なのか迷い込み、独特のカラーや空気感もあり現実なのか夢なのか分からなくなる。現在と過去、夢と現実を行き来しつつ戦争のイメージを織り込みながら後半の展開の巧妙さは見事。どちらの世界も悪夢であり現実逃避、相変わらずの居心地と意地の悪さ、創作との入れ子構造もあるが奇譚ながら意外と分かりやすい設定(でも背景や展開を知った上で2回見るとより楽しめる)。
オープニングやタイトルのカッコよさ、ちょこちょこ挟まれるコメディやカメラワークも好みで、戦争シーンの長回しも完璧なワンカットで流石。俳優陣もだらしない男を演じたらハマり役の成田凌や森田剛、ファムファタール中村映里子の色気も素晴らしい。絶望の淵で見る虚像の中で想像する慾情の儚さと美しさ、「大体手に入らないんだよ、欲しいものは。。」
【第16位】「お母さんが一緒」
大傑作「ぐるりのこと」「恋人たち」の橋口亮輔監督の9年ぶり(寡作すぎるよ)の新作はペヤンヌマキ原作の戯曲を映画化(ドラマシリーズの再編集版)した家族コメディ。母の誕生日に旅行をプレゼントした三姉妹がひたすら口喧嘩して罵り合う地獄絵図、登場人物実質4人のほぼワンシチュエーション会話劇なのにどんどん変わっていく状況と戦いぶりが最後まで飽きずに楽しめた。
元が舞台劇だけにあえて演劇的な間を重視した、王道の三姉妹ホームドラマはやはり普遍性あり、諸悪の根源である母親は予想通り一切出てこないが人となりが透けて見えてくるのが巧い、文句ばかりで嫌味な母親のせいで3人とも結婚できないという言い訳、繰り広げられる言葉や口論に共感できる人も多いのでは。橋口監督らしいユーモアとペーソスでコメディとしての質も高く誰もが笑えるし、単なる素敵な理想の家族愛で締めるわけでもないのが良い。
このご時世ルッキズム、結婚、出産など価値観は自由になったとは言え現実にはそうもいかない人も多いのだろう、拗らせ三姉妹それぞれ違いは明確にしつつ同じ血が流れている感じに見せるのが上手い。今回は三姉妹の外側にいる三女の婚約者(お笑いの青山フォール勝ちが演じる)のキャスティング含めた絶妙さ、彼の能天気な無自覚で嫌味のないマッチョ性と軽さが良い(一般の男視点ではないが)。
江口のり子、内田慈、古川琴音の絶妙な配役と芸達者な演技合戦も見どころ。家族だからこそ汚いところは全部見せて容赦なく傷つけ合うもの、疲れるけど最後には帰りたくなるもの、分かり合えるものでないことを理解した上で永遠に逃れられない血の呪いよ。
【第15位】「碁盤斬り」
「孤狼の血」の白石監督の本年度1作目の時代劇、元は古典落語の話をベースにした冤罪を着せられた武士の復讐物語。次作「賊軍」よりアクションは当然少なめで地味な印象だが、主人公柳田の静かなる怒りや不器用に正義を貫く姿が現代に失われている武士の生き様として見事に描かれている。
囲碁を知っているとより楽しめるのだろうが知らなくても問題なく十分見ごたえあり、現代にも通じる見事な脚本、ザ・人情のベタものなので伏線というかストーリーや落ちは読めてしまうのだが、囲碁の黒と白のように善と悪が入れ替わる描写は良かった。
彼にとっての正義とは何か・・敢えてしんどい生き方を選ぶのが見ていて辛く、そこまで強くない自分には共感はできなかった(娘を持つ身としてあの優先順位は全く理解できない)。俳優陣は自分の信念を頑なに曲げず口数や表情も少なく苦渋が滲み出ている草彅剛はハマり役、父親思いの娘役の清原果耶や少し抜けてて可愛い國村隼や貫禄の女将キョンキョンの迫力も良かった。。
「十一人の賊軍」
続けて白石監督の本年度2作目の時代劇、幕末の戊辰戦争の中、藩の存続をかけた作戦のため集められた侍や死刑囚11人が砦を死守する物語(実話ベース)。「七人の侍+仁義なき戦い」ばりの手に汗握る迫力のアクション(爆発多め)、分かりやすいエンタメで楽しませてもらった。
時代に翻弄される虚しさに男の意地と生き様、俳優陣の豪華さ、いつ誰が死んでもおかしくない緊迫感で150分飽きさせずテンポも良い、殺陣や映像の迫力は見事でラストの決戦は激アツ。罪人たちと藩士たちの極限状態でのいびつな信頼関係、官軍と同盟軍の間で板挟みになる新発田藩の踏ん張り、ヒリヒリした展開と監督らしいグロさと血ふぶき(直接ゴア描写なしで想像してたよりは控えめ)、恐怖の報酬など過去映画のオマージュなどサービス満点。
仲野太賀や山田孝之のカッコよさと安定の阿部サダヲ、11人それぞれキャラに合った個性の光るキャスティング、鞘師里保はありだが個人的にはナダルとゆりあんは厳しかったかな。勝てば官軍負ければ賊軍の中だれが見ても負け試合に最後まで抗う、利用するだけして切り捨てられる理不尽からの憤り、何のために戦うのか? 自分だったら生き残るのは確実に無理だろうな・・
【第14位】「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」
まさかのシリーズ3作目も最高に面白い(後日談ドラマのエブリディも見るべし)、これまで以上に全てのレベルが上がっていてスケールも緩急もアクションもピカ一。今回はおふざけは控えめでアクション全振りな感じ、ちひろとまひろのシスターフッドと少しの成長ぶり?も微笑ましく大満足。
1から二人のゆるゆるな会話の掛け合いが苦手な人は合わないのだろうが、相変わらずの監督のユーモアのセンスにやられた。しかし高石あかりが早くも朝ドラ主人公にまで登りつめるとは映画以上の展開だわ・・
今作は最強殺し屋かえでの存在が大きく完全に裏の主人公、孤独を拗らせすぎて人間を離れ狂気の世界に入り込んでいた、期待以上の悪役を演じた池松壮亮がアクションや役づくり(ベビーフェイスに鍛えたあげられた肉体)含めて素晴らしい。伊沢沙織ちひろはプロなのでもちろん凄いのだが2回の対マン勝負での見ごたえぶり。
二人がお互いに出会えなかったらかえでになっていたかもしれない世界。前田敦子のキャラも可愛くてDGSのぶっ込みも笑えた。キレキレの格闘シーンはいま日本では最高峰レベル、肉弾戦にナイフに銃、県庁内の廊下でレースのように戦うところなど、空間の活かし方、カメラアングルの引きと寄せ、分かってる人が撮ってる感じ。さてこれ以上の次作を生み出せるか期待しながら待とう。
【第13位】「きみの色」
待望の京アニ・山田尚子監督、吉田玲子脚本の新作、「けいおん」とは違った思春期の感受性溢れる少年少女のバンドもの。プロデューサーが川村元気なので大衆売れ線エンタメ路線かと思いきや山田ワールド全開の繊細で美しい色彩アート作だった。背景や原因など説明がなく自分で汲み取る作りで徹底的に何も起こらないので人によっては起伏の無い退屈な展開と思うかもしれない。
山田監督らしい一切ムダの無い本当に細かい演出、一つのセリフ、色彩と心象風景、ちょっとした表情や仕草、鉄板の脚やつま先での表現など全てに意味があり、過去一の映像色彩感覚のすばらしさ。自分の色を見つけられないトツ子、憧れの色を持つが優等生でいる抵抗感を抱えたきみ、親に本音を言えないルイの3人が出会いセッションで混ざり合い、感化されながら克服から成長へ。すべてを開放するライブからラストの虹色のテープまでの流れも見事、周りも含めてそれぞれの素直な色(アイデンティティ)につなげていく。
変えられないものを受け入れる落ち着きを、変えられるものを変える勇気を、そして二つのものを見分ける賢さを、自分の信じるものについて考えさせられる。自分とは違う世界のそれぞれ抱える問題に同じように悩んだり諦めたり、居場所や仲間を見つけて好きものを好きと自分を表現することの素晴らしさ。
声優陣では高石あかりがこちらでも活躍、ガッキーのシスターも良かった。牛尾憲輔の音楽は相変わらず完璧にマッチしていて、バンドの曲たちもそれぞれの個性や歌詞への反映が素晴らしい(じっくり歌詞を読み返すとシンクロ)。「あるく」のミニマム、「反省文」の耽美フィードバック、「水金地火木」の相対性理論ばりのリフ(気づいたら口ずさんでいる)、サントラも最高。できればエンディング曲もバンド曲が良かった(ミスチルは悪くないけど・・)
【第12位】「正体」
定番の藤井道人監督×横浜流星コンビの最新作、タイミング的にも袴田事件と同じく冤罪をテーマにした一級のエンタメ作品。「逃亡者」をベースに逃亡先で出会った人々との関わり合いから青春や社会を知り心動かされていく、サスペンスというよりヒューマンドラマに近い。
まあ都合の良過ぎる展開や浅いところもあり先は読めるが、各キャラクターに合った存在感、説得力のあるディテールもしっかりした脚本と手堅い演出、原作のいいところを崩さずポイントのエピソードも短めだけどその分テンポよく2時間で上手く収めていた。終わり方も気持ち良くエンディング曲のヨルシカで更に上がる。
真実は一つでも見え方が違う、バイアスやメディアの怖さも良く描かれていた。揺れ衣着せられた人の絶望だけでなく、真犯人が野放しなり次の犯罪が起こることも大問題。18歳で冤罪、脱獄しなければ死刑だった恐ろしさ、国の圧力や証拠の捏造、強引で浅はかな捜査で一生戻ってこない時間と傷、改めて冤罪の罪深さ、推定無罪のあり方を考えさせられる。このSNS時代の最近の様々な事例を見ても、いつ誰が陥れられるかも分からず明日は我が身かもと思わられた(さすがに今の警察はここまでカスで酷くはないと信じたいが)。
俳優陣は横浜流星七変化を満喫(どれもイケメンだったのが助けになったような・・)、正義感の強い吉岡里帆や山田杏奈も素晴らしかった。おかしいことをおかしいと言っているだけ、安易に他人を批判せず、怪しい情報や憶測に惑わされずに真実を見抜く力、信じてくれる人が周りにいることの幸せ、相手を信じるだけでなく信じた自分を信じる心の強さを持っていきたい。
「青春18×2 君へと続く道」
こちらは藤井道人監督が「デイアンドナイト」以来の清原果耶を主役にした台湾との合作、台湾の年下青年と日本のバックパッカーお姉さんの関係を描くロードムービー。台湾の懐かしい絵になる風景や雪に包まれた東北の舞台(只見線やトンネルシーンも良き)もマッチして、18年前の台湾での想い出と大人になった現代を交互に描写しながら後半の回収で誰もが涙腺が緩むはず。
ベタな王道すぎる展開なので正直先を含め読めてしまうのだが、台湾ならではの青春感(原付二人乗りシーンなど)と映画「Love Letter」やミスチルなども相まって旅と恋する気持ちの素晴らしさに温かくなる。大好きな清原果耶ちゃんの可愛さといつもの何か背負った感も最高で、ジミー役のシュー・グァンハンのイケメン純情ぶりも良かった(18歳時にあんなお姉さんと出会ったらそりゃ惚れてまうやろ)。ああ叫びたい「お元気ですかー」
【第11位】「ラストマイル」
注目の野木亜希子脚本、塚原あゆ子監督コンビ、さすが安定の面白さ、大手物流会社の商品に爆弾が仕掛けられ特定できるか出荷を止めるか?犯人とその目的は?。
物流という地味なテーマだが華やかな演出もあり見やすく分かりやすい話で、現代の社会問題に切り込みながら最初から最後までハラハラドキドキのスピード感のあるエンタメサスペンス。
根本の設定含め細かいところまでリアルな演出で、最後にしっかり伏線回収するところも見事で見終わっていろいろ考えさせられる。アンナチュラル&MIUの世界線がシンクロしているのもドラマ好きには胸アツで堪らないはず(がっつり出演ではないが出方は良い)。豪華キャストの中、満島ひかり、岡田将生の演技も素晴らしく、米津玄師のエンディング曲もさすが。(R.I.P.火野正平)
物流の量や重要性は増す一方で、1クリックで迅速な便利さが当たり前になり僅かなミスも許されない今、過重労働と過剰期待の生み出す物流業界の闇。「For Customer」と言いながら顧客も従業員も守れない幹部たちの資本主義、「みんな同じレールの上にいる」と思うと労働の意味を考えてしまう。当たり前に過ごしている生活を支えてくれている人たち、普段は気づかないギリギリで生きている人がいること、優しい人であり続けたいと強く思う。否が応でもAmazon倉庫が連想されるが、今後は使うのを控えるのも違うし配達員には感謝しつつも難しいところ、とにかく働きすぎる無理しすぎるのだけは止めよう。
【第10位】「侍タイムスリッパー」
今年のインディーズ系枠は今作、カメ止めのように小規模から全国規模へまさに今年の顔になった大ヒットと評価も納得の作品。幕末に生きる侍が突如現代の時代劇撮影所にタイムスリップしてしまい、斬られ役として新たな人生に奮闘する姿を描く。低予算とは言え監督やスタッフの熱量、実際の撮影所の協力もあり完成度は高い。侍が徐々に現代に順応していく様子、衰退する時代劇と侍としての苦悩が重なっていく展開、誰もが笑って泣ける王道のエンタメ作として見事。無名の役者のオリジナル作品がドラマやアニメ映画に負けずヒットした意義は大きい。
前出の白石監督の2作とはまた一味違う自主映画ならではの人情喜劇と時代劇愛、ストーリーは分かりやすく正直オチまで読めてしまったが、笑いあり涙ありの少し古い演出も逆に微笑ましい。主演の苦労人・山口馬木也さんの愛らしさ、安田監督・撮影・編集と一人11役で自ら兼業農家の傍ら貯金を切り崩しながら制作した経緯と情熱、呼応してゆう子殿を演じた沙倉ゆうのさんも助監督スタッフ兼ということでみんな報われて本当に良かった。
当時の侍は命よりも大切なものである義を価値観としたままなので、会津藩の行く末を知った時の胸中は想像も付かず。ラストの殺陣シーンの迫力は圧巻、時を超えた薩長対決、現代だからこその真剣勝負の緊張感。二人だからこそ分かる悲しみと平和の尊さ、今を精いっぱい生きることの大切さを教えられる。当たり前のように炊き立ての白米やケーキを食べている現代、この未来のために命をかけて戦ってきた侍たちが実際いた歴史に改めて感謝。彼らの思いに応え今後も時代劇が無くならないように、「将軍」の世界的評価に乗じて世界中にその魅力をつなげていって欲しい。
【第9位】「Cloud クラウド」
まさかの黒沢清イヤー3作品のうち最もエンタメでメジャーな今作、利己的な転売ヤーの無自覚な悪意が拡散して見えない敵から狙われる話。中盤まではお得意の不穏なスリラーで怖さも感じたが、後半からはアクション多めで何を見せられているのか読めない展開は黒沢監督らしさ爆発だが呆然とする人も多いかも。
ストーリーは若干薄いもののお約束の廃工場のロケーション、照明、銃撃戦、車でのシーン、白いカーテンなども随所にありつつ、豪華俳優陣の癖ありキャラと集団狂気の雰囲気たっぷり黒沢ワールドに取り込まれる。黒沢テーマである現実とネットの境界の曖昧さを現代の転売問題に反映、日々のSNSの小競り合いが実体化する恐怖、小さな悪意が知らないうちに匿名での一方的な感情の爆発と共に広がって気づいたときには手遅れになる、今のネットでの悪循環と同じ構造。
転売ヤーは許せないので可哀そうとは思えず、基本的に全員何かしら悪い奴らなので誰にも感情移入は出来きないが、資本主義の行先の虚無感を含んだラストカットは見事。菅田将暉の死んだ目から覚醒するのも良いが、アルバイトの佐野くん(奥平大兼)の存在感が謎すぎて全部持って行った感じで笑えてくる(味方だと心強いが絶対に敵に回したくない)、古川琴音の絶妙な立ち位置も面白い、少しだけど闇の松重豊も贅沢。世界一恐れを知らない動物ラーテル、この先で合わないことを祈って。
「Chime」 「蛇の道」
【Chime】
こちらは45分と短めのザ・黒沢清ホラー、昔の作風に近い感じで相変わらず不気味で不穏で何か分からない怖さ全開で面白かった。料理教室の講師を中心にチャイムが聴こえた人の衝動的な行動を描くが背景や説明が一切ない敢えて見せない、人が本能的な恐怖を感じるよう心理学にも計算され尽くしている。
主人公のサイコ感あふれる演技、撮り方や編集の素晴らしさはもちろん、とにかく音(音響)が怖い・・笑い声、包丁、缶、電車、チャイム・日常の延長からの不協和音。何の前触れもなく突然起こる、理由などない、起こったことを前に呆然と立ち尽くし見守るだけ、映画の中でも現実でも同じこと。チャイムが聴こえてきませんように。。
【蛇の道】
こちらは27年前の作品のセルフリメイクでフランスとの合作、物語の大筋は大体一緒で98年のオリジナルと比べてB級カルト感が抜けてスタイリッシュに。キャストは哀川翔がダミアン・ボナールに香川照之が柴咲コウに変わっているが、いろいろ地味になって狂気をまとった異常な復讐心と不条理さが弱くなっているのが残念。個人的には拉致やアクションシーン含めて昔の陰湿な日本の方が好きかな(謎の数学授業とか)、でも変えたラストカットは良かった。柴咲コウの冷酷な演技(蛇の眼力の強さ)はハマっていてや流暢なフランス語は見事だった。
【第8位】「ミッシング」
今年も吉田啓輔監督オリジナルが見られて嬉しいが、今作も人間の嫌らしさやリアルを想像通り(以上)の重さを最後まで突きつけられる、娘が行方不明になった夫婦の苦悩と闘いの物語。母親のヒステリック、心情を押し殺して支える夫や気弱な弟、報道記者の苦悩と葛藤、誹謗中傷やマスゴミの体質も全部リアリティーがあり辛かった、二度は見たくない人も多いだろうが一度は見るべき(子供を持つ人は覚悟が必要だが)。
さすがの演出はもちろん、音楽も最小限で泣かせにこない、僅かな希望に期待し絶望の連続、喧嘩腰・慟哭・発狂・壊れ方など客観的に見たら狂気で怖いくらいだが、自分の大切な子供がいなくなったら現実には同じようになってしまうのだろうか・・。石原さとみは自分を変えるため吉田監督に出演を直訴したようで、脚本を準備しつつ5年後に母になったタイミングでの今作、今までのイメージを捨てた役作りや演技はキャリアベスト。ただ個人的には彼女の演技を脱皮させるための展開や演出が少し過剰に感じたのは否めない。
メディアやSNS、事実は一部でしかなく正義なんて自分の見たいように変わるし偏ってその正義を振りかざして誰かを傷つける、それでもその傷は別の誰かによって癒されもする。子供の失踪や親への中傷のニュースはあっても、一時の話題と同情ネタとなって消費され次々と変わっていくのが現実。それでも終わりのない世界に差し込む光を信じて前に進むしかない。
【第7位】「ルックバック」
今年のアニメ一位は今作、あらゆる意味で凄い画期的な作品だった、チェーンソーマンの藤本タツキの漫画を押山清高監督がアニメ化、漫画好きな二人の青春映画であり創作の原点と衝動を感じる作品。なんと58分の上映時間で一律1,800円均一の設定料金、口コミもあるが圧倒的な表現とストーリーでの完成度があればこのタイパ時代にこれでも高評価・大ヒットできることを証明した意義は大きい。
アニメーション技術としても、膨大な手書き原画を積み重ねて2次元を立体映像化することで、キャラクターが生きていて漫画がそのまま動いているような作画に目を見張る。映像だけで感情をここまで表現できるのか、田舎道の水溜まりをスキップするシーンの素晴らしさ、細やかな演出も何度も見たくなる。長年大好きなharuka nakamura の抒情的な音楽も心情を表現が合わせて心に響く。声優陣はここでも河合優実の自然体の声演技が素晴らしく恐るべし。
もしもあのとき・・生きていれば必ず来るそういう瞬間、二人が出会わなかった世界線も幸せだけど切ない、「ルックバック」タイトルの様々な意味を含め人によって刺さる箇所が詰まっている。クリエイティブの喜びと重みと覚悟「何のために創作をするのか?」他と比べて落ち込んだり、報われる保証のない努力に力尽きたり、突然の不幸に陥ることもあるだろう。それでも自分を認めて信じてくれる人の笑顔を見るために、創作を信じ努力し続け創作を介して社会と向き合う強さや熱量に圧倒される。
誰かに影響を受けたり与えたり・・間違いなく京本が藤野の背中を追って外の世界に飛び出したことは間違いではなかった。これからも「描き続ける」孤独な背中でのラストカット、誰もが連想せざるを得ない京アニ事件もあって余韻が半端ないが、改めて全ての創作者たちに尊敬の念を込めたい・・
【第6位】「あんのこと」
ある少女の壮絶な人生を綴った新聞記事を基に、入江悠監督が長年かけて完成させた衝撃の人間ドラマ(やはり商業エンタメよりこっち)。今作も重く辛い、まさに救いのない地獄のオンパレード、最初から希望がないのは分かりつつ、ずっと心苦しくやりきれない怒りと悔しさしかない、実話ベースということで本当に深く考えさせられる。
誰でも税金で見守ってあげるのは難しい現実、救われるべき人が見過ごされる、これだけ恵まれない人が今もどこかにいることを知るべきだし、社会の仕組みを変える気づきにはなるべき。希望の糸は細くつたなくても彼女を繋ぎとめていられたはず、コロナ禍のタイミング、積み重ねてきたものが崩れる時の糸の切れる感覚、たらればを言い出せばキリが無いが一本でも残っていれば、残すことは出来たはずなのに。考える力(教育)の重要性も改めて実感。
河合優実のあんそのものにしか見えない圧倒的な演技、希望から絶望の繰り返しの変化からラストまでの表情含めた言葉にならない表現、今年は他の出演作も全て突出していて主演女優賞は総ナメでも良い。普段とは違ったシリアスモードの佐藤二郎や、誰もが本気で憎んで殺したくなるほどの母親役・河合青葉も良かった。とにかく親が本当にどうしようもない家庭は一定数存在するわけで、虐待含め絶対に無くならない中でどうしたらよいのか?「誰が彼女を追い詰めたのか?」、暗のことから安のことへ「わたしたちのこと」として考えていきたい。
【第5位】「ぼくが生きてる、ふたつの世界」
耳の聞こえない両親の家庭で育ったコーダ・主人公の自伝的エッセイを「そこのみにて光輝く」「きみはいい子」の呉美保監督が映画化した7年ぶりの新作。アカデミー受賞作「Coda」と同じく実際のろう者に演じてもらい主人公の成長を描くが、今作は日本らしい障がい者を超えた普遍的な親子の愛の物語だった。大げさな展開も押し付けもなく自然と泣ける誰にでもお勧めできる良い映画。
幼少から親の通訳をして周りから可哀そうと見られてきて、卒業後に逃げるように東京に出て「普通」の人になりたい主人公だが・・敢えて家族シーンより独り暮らしの描写で当たり前だと思っていた母親の大切さに気付きを与えるなどリアリティーを重視する監督らしい演出も見事、電車や踏切のシーンも素晴らしい。
タイトルの「ふたつの世界」は様々なものに置き換えられているのも上手い、ひとつにならなくてもお互いを認めて共存し合えるもの、勝手に線引きしたり何でもかんでも手伝い補助するのではなく、自分で出来ることは出来る方法でやることを認めて見守ることも大切なのだと気付かされた。
主演の吉沢亮(きちんと十代に見えるし手話加減も絶妙)も思春期の拗らせから社会に出ての葛藤、ラストシーンの魂を震わせる嗚咽からの表情は圧巻(良い役者なので実問題はしっかり反省して)。母親役の忍足亜希子さんは実際のろう者であり自身も娘を持つだけに、28年間の歳月どの時代も明るく綺麗で息子を心配し続ける優しさと強さが溢れる丁寧な自然体の演技が素晴らしい、彼女無くして今作は成り立たなかった。見終わった後、親に会いたくなるのは間違いない・・素直にありがとうが言えるようになろう。
【第4位】「ぼくのお日さま」
「僕はイエス様が嫌い」で鮮烈な印象を与えた奥山大史監督の期待の商業デビュー作、撮影や編集まで自ら手掛ける特性が十分に反映されている。吃音に悩む少年がフィギュアスケートに打ち込む少女に惹かれペアを組むようになる話で、元はエンディング曲であるハンバートハンバートの名曲「ぼくのお日さま」からインスパイアを受けたもので歌詞含め深く共鳴している。
監督自身もスケートをやっていただけにその経験と感性が反映されて、静かで淡々と優しく愛おしくなる時間で懐かしい気持ちを思い出させてくれる素敵な作品。吃音や初恋の背景には多様性など現代が抱える問題や深いテーマが織り込まれ、押し付けがましくなく子供の純粋な痛みや繊細な感情の機微をセリフ説明ではなく表情や仕草で描き出している。
自然に寄り添ったカメラワークと決まりすぎの画面比率と計算され尽くした構図、何よりも光と影のコントラスト巧みな撮影での映像が美しい、スケート場は光の入り方含め幻想的で魔法がかったようで「月の光」に合わせて滑るシーン(岩井俊二好きなはず)や雪景色の凍った湖での3人のシーン(ゾンビーズの選曲センス)は視覚と聴覚の美しい融合をエモ体感できる。
全てが淡く優しい世界で終わることはない、今は理解できない大人の世界も広がっている現実、子供は時として悪気無く素直に言った残酷な言葉を投げかけてくる・・青春のきらめく瞬間の刹那と儚さ、ラストカットの切れ味も最高。新人子役の二人はスケートはもちろん繊細さと強さと脆さ、内面の葛藤と成長を見事に表現していた。二人に大きな影響を与えて見守るコーチ役の池松壮亮の自然体はわるきゅーれでの殺し屋とのGAPが凄すぎて感心しきり。
【第3位】「ナミビアの砂漠」
山中瑤子監督と河合優実の若き才能の夢のタッグによるエネルギーあふれる野心作。不安定な時代に生きる20代の女性、自由で気ままなのに満たされず自分自身でどうしようもない苛立ち孤独感を抱えている。本能的な部分と自分の身体の生々しい関係性を引き出していて、多くの若い人たちにどこかしらに私を見つけて共感できる強さがあるのだろうか。
普通はある程度感情を抑えるのに、ありのまま爆発させるのは羨ましくもあるが友達としては関わりたくはない。個人的には同情も共感も出来ないが(むしろ男二人には同情する)、確かな実在・没入感は感じられた。理由や背景を一切説明せずに日常を見せていく・・彼女にだって分からないのだから・・「私を分からない私」をゆっくりと受け入れる描き方が見事。随所に笑いも盛り込み、主人公に見ている方も振り回されながらも目が離せない。
砂漠の中の定点オアシス(人間の用意した水飲み場)に様々な動物が集まって水を飲んで去っていく映像を彼女が観ている・・孤独な焦燥感に駆られてオアシスを彷徨う彼女も動物で、それを一定の距離感で客観的に観ている我々とのメタ的な関係性。町田の脱毛サロンで働いている設定も良く、永久に脱毛など無い無味乾燥とした不毛なやり取りの溢れる乾ききった生活の中で、血(水)の通ったコミュニケーションを求めているのだ。悪いのは決して本人だけのせいではなく、彼女にマッチした愛や周りの理解を得るのもタイミングか。
高校時代に監督の「あみ子」に感銘を受けて「いつか私で撮ってください」と直談判しただけに(数年後に叶わせるのも凄い)空気感や身体性含め河合優実でないと成立しない作品。冒頭の登場シーンから吸い込まれ不機嫌さの虜になってしまう、ケンカ格闘シーンの自然で絶妙な組み合いは笑えるくらい。ふいに出てくるおっぱい含め脱ぐのもためらわないのは今後が末恐ろしい女優になりそうでますます楽しみだ。
【第2位】「悪は存在しない」
世界の濱口竜介監督のメッセージ性、斬新さと独創性あふれる問題作、元は石橋英子のライブ用の映像「GIFT」として作成していたものに話を膨らませて映画化したもので、「ドライブ・マイ・カー」の後でこうした実験作にチャレンジしてこのレベルに仕上げるのは本当に凄すぎる。当然ながら監督と作曲家の観念、感性、志向が一体化しており観客の想像をかき立てる音楽演出も高次元過ぎる。
初見ではポカーンとさせられるラストに戸惑う人も多いだろうが、何か凄いものを観たという感じか・・深みのあり練りに練られた脚本、相変わらずの言葉を大切にした会話劇(車中シーンは最高)、冗長な長回し、撮影と音楽の素晴らしさ、色彩の使い方(服の色分けなど)、劇伴の不安を煽る美しい不協和音のタイミングも完璧、素人スタッフを主人公に据えるキャスティングも見事。
基本テーマは「他者との関わりとバランス」で様々な調和と対立構造、立場と距離感、高いところから低いところへ流れる水(誰がどこにいて何を表すのか)、その自然摂理を崩した時に起こるべきこととは?。自然界に悪は(善も)存在しないが人間では?、自然と人間の領域の関係性を差し出している、脅威は突然やってくるのが自然界。どこまでも自然に溶け込む主人公、朴訥でごこちない話し方や態度が自然に近い存在であり手負いの鹿だったのかもしれない。
冒頭から意味が張り巡らされている伏線からのラストの意味は各自が自由に解釈できる作りでいろんな答えがありどれも間違いではないだろう、最初と最後で示される自然の円環(2回は見るべし)。距離感が分かり/取りづらい時代、自分の立ち位置をどこに置くのか?考えさせられた。
【第1位】「夜明けのすべて」
一昨年の一位「ケイコ」に続いて三宅唱監督、二位と迷ったが総合的な完成度と明るい希望の光をともしてくれた今作を一位に。あまり扱われてこなかった題材PMS(月経前症候群:自分も正直知らなかった)とパニック障害を持つ男女がそれぞれの症状を和らげる術を探し助け合う関係になっていく。三宅監督らしい悪い人が出てこない・大げさなことが起きない中で紡がれていくさりげない日常のやり取りにほっこりし、エンディングののどかな昼休みの風景を見終えながら誰もが優しくてあたたかい気持ちになれる、これまで出会った人とのつながりを改めて愛おしく思えるはず。
会社の人たち全員が優しすぎ温かすぎる感もあるが、心の中に闇を抱え込んだ二人の関係が恋愛関係ではなく、互いを尊重しようと適度な距離感で静かに生きていこうとする姿が前向きに希望を見出すためのあり方を示していた。今回も丁寧な脚本と人物描写、16ミリフィルムの質感、少ない劇伴と音楽(Hi-Spec)も素晴らしい。俳優陣の松村北斗と上白石萌音は朝ドラ・カムカムエヴリバディで夫婦役を演じただけに息もピッタリ、難しい心の機微の変化を繊細に表現して見事だった。
完璧さや変化を求め続ける世の中についていけない人や自分でコントロールできない身体を持つ人たちは決して悲しい存在ではない、自分に足りない部分を誰かが少し助けて見守ってくれる人が周りにいるはず。世界が分断する中で一つの価値や秩序で無理に統一するのではなく、それぞれが自分を大切にしながら自然に緩やかに連携・信頼し合える可能性を信じたくなる。
原作には無いプラネタリウムシーンの使い方も効果的、歴史や宇宙を視野に入れた物語から現代の争いのちっぽけさや無意味、主人公の心情と重ねたナレーションも成功していて心を揺さぶられた。しばらくは暗闇が明ける気がしない世の中でそれぞれの星を探そう、夜明け前が一番暗い、でも必ず夜は明けるのだ。
★【総括】
今年は現代日本が明るい時代ではないことを実感する、社会や個人の闇を描いている作品で、不安をあおるような見ていて辛く苦しくなるものが多かった、程度の差や状況は違うがみんな何か窮屈で生きづらさを背負っているのだろうか。
国内興行収入では前年比で総人員102.3%、収入103.9%とコロナ禍から回復した昨年を上回る好調さ、うち邦画67%、洋画33%といまだ邦高洋低の傾向は続いている。1位は毎年安定で昨年作より伸ばした「名探偵コナン100万ドルの五稜星」158億、2位は口コミ熱烈ファンから拡大した「ハイキューゴミ捨て場の決戦」116億、3位に久しぶりの実写での上位で第4作にしてシリーズ最高となった「キングダム 大将軍の帰還」80億、4位「SPY×FAMILY」6位「ガンダムSEED」9位「ドラえもん」10位「僕のヒロアカ」とアニメが6本、5位「ラストマイル」7位「変な家」8位「あの花が咲く丘で」と実写が4本なのは久しぶりに健闘したのでは。
特に「ラストマイル」はオリジナル脚本の実写としては異例の大ヒットで完成度はもちろんドラマからの相乗効果も大きかった。「変な家」と「あの花」は若者層をメインにSNSからの話題・拡大となり、映画の出来は別として予想外の大ヒットに関係者も驚いたはず。今後もSNSでの宣伝戦略や引き続き来場者ノベルティ戦略にも注力していくだろう。
あと今年は久々に時代劇のヒット作が生まれたのが特徴的、白石監督の武士道を描く「碁盤斬り」と王道エンタメ「十一人の賊軍」の2本が公開され、そしてインディーズながらこれまた口コミ含め拡大公開から大ヒットした「侍タイムスリッパー」、改めて時代劇ならでは良さが実感できて、若者には新鮮に捉えられたのも大きい、ぜひ復活の狼煙となることを願いたい。
一方で自分のベストだが、年明け春に見た①「夜明け」と②「悪は存在」が飛びぬけて対抗馬が現れずそのまま最後まで悩んだ結果、全体的に暗めが多い中あたたかい希望を感じさせてくれた「夜明け」を一位とした。自主映画枠⑩「侍」は個人の資金でも情熱と才能でここまで完成させられる証明と驚きに。期待の新鋭監督、山中監督③、奥山監督④、空監督⑲、五十嵐監督⑳もみんなそれぞれの個性で新しい映画の形を提供してくれて、世界でも十分に評価されていくのは間違いない。
中堅の片山監督⑰の幅広さ、白石監督⑮の時代劇2本、藤井監督⑫のテーマ性 吉田監督⑧の人間描写、入江監督⑥の社会派などのチャレンジ作も安定の強さ。寡作のベテラン二人、7年ぶり呉監督⑤と9年ぶり橋口監督⑯にはもっと資金をあげて自由に早く作らせてあげる環境を望む。その中で黒沢監督⑨が今年3本も公開されたのは嬉しい驚きだった。アニメは2作、山田監督の作家性あふれる⑬、また一つアニメ表現レベルを上げた⑦は若者には短編高単価でも本当に良い作品であれば口コミ含め評価・大ヒットにきちんとつなげることを証明してくれた。
残念ながらベスト20から漏れた作品にも素晴らしいものが多かったので、以下に【次点】の5作品をあげておきます。ドキュメンタリーの2本は本当はベストに入れたいが、どちらともあまりの内容に評価を付けることが出来ないためこちらの方で。
【次点】「正義の行方」
32年前に福岡で起きた殺人事件で容疑者は逮捕され16年前に死刑が執行されたが、最近目撃証言の一つが訂正された・・この飯塚事件の関係者自らが証言する衝撃のドキュメンタリー。かなり奥深くインタビューして裏付けや利害関係など詳細に調査してどこにも偏らない作りなのでニュートラルに入っていける。
今年は袴田事件の再審無罪判決が確定したり、福井女子中学生殺人事件でも再審が認められるなど冤罪について嫌でも考えさせられたはず。30年間の正義を根底から揺るがすので立場も主張も異なる死刑囚の遺族、警察・刑事、検察、弁護士、報道・新聞記者たち、木寺監督はその表情を克明に切り取る。関係者たちの自らの真実と正義で証言する言葉は生々しく実在感があるためどの証言も正しいように思えてくる。二律背反する証言が我々を底の見えない螺旋へ飲み込んでいく羅生門スタイル、自分が各々の立場だったらどうするか?他人事でいられない。
無実を訴え続けた死刑囚の執行がなぜ早かったのか?証拠不十分の証明する手段のない事件で事実を決定的に歪めるのは嘘、この嘘がある限り完全に解決しない。人間は時々間違える生き物であり、その不完全さを抱えた人間が人の罪を判断する。「真実は人の数だけある」真実の脆さ、それぞれの正義が交差する中、何が真実かではなく何を信じ正義とみなすか?正義の行方が問われている。その人を殺す最終判断は国家と今の司法制度、このままで良いのか?含めて出来るのなら裁判官と死刑執行を決定した人の話を聞いたみたくなった。
【次点】「どうすればよかったか?」
今年のドキュメンタリーはもう一本、ギリギリ12月公開作で口コミから拡大して話題になっている本作、統合失調症を患った姉と両親を監督自ら20年以上カメラを回し追い続けたとてつもない記録。題名どおり凄まじい映像や壮絶すぎる状況が続くので自分だったらどうするのか?を常に考えさせられながら重い気持ちになるが見るべき作品ではある。
正直、見ているだけの傍観者としてどう評価していいものなのか>医者一家として裕福で何不自由なく仲のよさそうな超エリート家庭が変わっていく様子・・両親が認めようとせず家から出さず軟禁したこと、隠し続けた理由など、いろいろ思ったり感じた気になってはいるがこの果てしない月日に対しては言葉にするのが難しい。タイトルはこの現実にいた監督だけが言っていい言葉なのかもしれない。
理想の家族像に囚われ現実を認めたくない両親、プライドや虚栄心や世間体なのか、姉を守るための愛がゆえなのか、この家族だからこその難しさ、終盤の自分の父親への鋭い質問インタビューには息が詰まった。人によっては簡潔な回答もあるだろうが、監督自身、後悔や自責の念がたくさんある中で、個人の話だけではないと今作を完成させて社会に公開したことは本当にすごい。
きっと今もどこか現在進行形の話でもあるし、いつかの自分の話にもなるのだ。目的は結果を見てもらうだけと監督が冒頭で述べるように、一つの例として自分に取り込み考えるきっかけとなること、今の自分の置かれた環境や家族に周りの人たちに感謝しつつ誠実に向き合っていこうと思わされた。心からのピースサインを。
【次点】「箱男」
あの阿部公房を石井岳龍監督が映像化したらこうなりそうイメージそのままのカルト怪作、映画化決定から中断を経て二十数年、何度も頓挫し続けてようやく完成した作品。タイトルどおり箱に入る男の話で箱男に囚われるものは箱男になる話、原作読んだ方が良いだろうがどちらにせよ理解は出来ないので大丈夫(笑)。
個の哲学とフェチズム全開で音楽やユーモアセンス含め濃厚すぎるド変態映画なので受け付けない人の方がほとんどかもしれない。クセつよ会話と映像、段ボール箱同士のバトルは意外とキレキレの動きで面白くシュールの極み(爆裂都市BURST CITYも思わせる)。作中のものはすべて偽物なのか、ノートを書いた人物、書かれた出来事どこまでが本物なのか・・「見る(覗き)ー見られる(覗かれる)」関係におけるメタ映画としても秀逸。
俳優陣は永瀬正敏、浅野忠信、佐藤浩市の怪演合戦としても面白く、カギを握る葉子役・白本彩奈の美しさとエロさの説得力も半端なかった。前時代の記号的に描かれた葉子の背景や人物像をもう少し知りたかったが、阿部公房の世界では生々しい女性は描かれず敢えて記号的に何でも受け入れては拒絶し去って世界は完成しえないことになっているのだろう。ラストのセリフだけは無くても良かったかな、観た人自ら心の中でそう言わせるだけの展開力はあったので・・現代のSNSでも自分だけの匿名世界(箱の中)で「見るー見られ」偽物と本物の区別も付かず見たいものだけを信じて一方的に攻撃し合っている・・箱男は誰だ!
【次点】「辰巳」
前作「ケンとカズ」から8年ぶりの小路紘史監督の激渋ジャパニーズ・ノワール、元恋人を殺された男とその恋人の妹の復讐劇。予算は無くてもVシネとは一線を画す自主映画としての覚悟と熱量がすごく全カットに妥協がなく緊張感が続く、この手には強い韓国ノワールにも十分に対抗できるレベル。ストーリーはシンプルだが画面構成やカット割、色調のこだわりに加え、激しいアクションや格闘に頼らずヒリヒリした雰囲気や空気感でインディーズならではの思い切りの良い表現が功を奏していた。
ひたすら顔顔顔のアップで魅せる特有の没入感、攻めた暴力描写などディテールも優れていて、半グレやヤクザの家族やつながりへの執着はやはり絵になるのを実感。バディムービーとは言え最後まで仲良くならないのも良く、ラストから今後の彼女の人生を想像するのも良い。
俳優陣は遠藤雄弥の絵力・身体表現、森田想のふてぶてしいクソガキ感あふれるキャラも新鮮で見事、竜二役の倉本さん(演出家なのに)の存在感、バックボーンが見えてくる悪党たちも含め役者の芝居をここまで引き上げる演出も素晴らしかった。小路監督が予算を付けた商業映画でどう化けるのか早く見てみたい。
【次点】「違国日記」
原作は有名な漫画(未読)を映画化した瀬田なつき監督の新作、急に引き取ることになった35歳の人気作家である叔母と姪の物語。姉のことが嫌いと公言しており自分の感じ方は誰にも覆させない意志の強い叔母は、その姉の下で厳しく育てられた姪とは反発し合いながらも、徐々にお互いを受け入れていく過程が丁寧に描かれている。
登場人物ほぼ何かしら他人と違う独特の問題を抱えていて、譲れぬところは主張しつつ適度な距離感で付き合っていく関係性が良い。一人ひとり違う国に住んでいるので、周りの空気に合わせて共感することは必ずしも善ではないのだから。
親子や友達の境目と愛について、思春期の姪の心情の揺れに呼応しながら叔母の過去の想いが甦り、お互いの母と姉の人物像が重なってくる、線引きなどする必要はない。
問題にはジェンダーや差別も入っており、多様性と言っても完全に分かり合うことは出来ないと自覚した上で(勝手に分かった気で優しく傷つけられるより良い)、「みんな違ってそれで良い」その意識でいれば充分なのでは。俳優陣はガッキーが「正欲」に続きほぼ笑わない拗らせた役でいい感じにシフトしていると思う、新人・早瀬憩は思春期のピュアなまなざしで飾らない等身大で魅力あふれていて今後も期待できそう。
※【2024年 邦画ベスト 一覧】
① 夜明けのすべて
② 悪は存在しない
③ ナミビアの砂漠
④ ぼくのお日さま
⑤ ぼくが生きてる、ふたつの世界
⑥ あんのこと
⑦ ルックバック
⑧ ミッシング
⑩ 侍タイムスリッパー
⑪ ラストマイル
⑫ 正体 ・青春18×2 君へと続く道
⑬ きみの色
⑭ ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ
⑮ 十一人の賊軍 ・碁盤斬り
⑯ お母さんが一緒
⑰ 雨の中の慾情
⑱ 青春ジャック 止められるか、俺たちを2
⑲ HAPPYEND ・Ryuichi Sakamoto opus
⑳ SUPER HAPPY FOREVER
(次点)
〇 正義の行方
〇 どうすればよかったか?
〇 箱男
〇 辰巳
〇 違国日記
※【2024年 邦画 個人賞】
【主演男優賞】
1.藤竜也「大いなる不在」
2.松村北斗「夜明けのすべて」
3.山口馬木也「侍タイムスリッパー」
横浜流星「正体」
吉沢亮「ぼくが生きてる、二つの世界」
藤竜也は失われていく認識とプライドとの葛藤、愛する人たちとの別れを予感させるタイトル通りの存在感に圧倒された。松村北斗はこういう普通ながら少し影のある役はピッタリで始めと終わりでは別の人間に見える、心を縛る糸が少しずつ解けていくさまを繊細に表現し希望を与えてくれた。山口馬木也はベテランらしい熟練の殺陣と侍魂から現代を生きる意義や時代劇への愛を観客に提示してくれた。
横浜流星はどのキャラも見事に演じ分け、隠しきれない素の人格を無意識の仕草や言葉に宿しながら揺るぎない信念と人間関係の狭間に揺れる変化を刻んでいた。吉沢亮はコーダという立場に悩みながら社会や親子との関わりにおけるアイデンティティの確立までを繊細に絶妙な手話と共に演じていた。
【主演女優賞】
1.河合優実「ナミビアの砂漠」「あんのこと」「ルックバック」
2.江口のりこ「愛に乱暴」「お父さんと一緒」「あまろっく」
3.上白石萌音「夜明けのすべて」
石原さとみ「ミッシング」
今年は誰が見ても圧倒的に河合優実の年だった(全作品トップ10に入った)、ドラマでも「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」や「不適切にもほどがある!」(これでお茶の間にもブレイクするとは・・)含め、全作品どの役においても類まれな感性で鮮明に人物像を浮かび上がらせかつ自分の個性も際立たせていた。ナミビアとあんのことの難役は彼女でなければ成立しない作品。
江口のりこは愛に乱暴での壊れゆく狂気を、お父さんでのコメディアンぶりと独特の存在感と安定の演技力は確か。上白石萌音は身体の不調と心の浮き沈みに翻弄されながらも懸命に生きる姿をユーモアを交えながら丁寧に温かい声で幸福感をもたらされた。石原さとみも自分のイメージをかなぐり捨て子を持つ母親としての希望と絶望と変化を体現していた。
【助演男優賞】
1.池松壮亮「ぼくのお日さま」「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」「本心」
2.大沢たかお「キングダム 大将軍の帰還」
3.佐藤二郎「あんのこと」
仲野大賀「十一人の賊軍」「本心」「笑いのカイブツ」「熱のあとに」「四月になれば彼女は」「アット・ザ・ベンチ」
池松壮亮はスケートコーチとしての技術体得はもちろんのこと、慈愛に満ちた笑顔で教え子(新人)2人を導き、大きな指針・存在となって作品をより豊かにしていた、ベイビーの殺し屋の肉体づくりとキャラのGAPも何のその。大沢たかおは今作では実質主役として過去一の役作りとアクションで圧倒的な存在感で大将軍の最期を演じきった。
佐藤二郎は「さがす」に続き笑いを封じて、主人公含め誰にも頼れられる優しい大人の一方で人間の奥底に隠れされた闇も体現していた。仲野大賀は今年もドラマ含め多種多様に幅広く役に染まりきっていた、特に賊軍でのアクション含めたカッコよさは新境地だった。
【助演女優賞】
1.忍足亜希子「ぼくが生きてる、二つの世界」
2.カルーセル麻紀「一月の声に歓びを刻め」
3.小泉今日子「碁盤斬り」「海の沈黙」「i ai」「とりつくしま」
森田想「辰巳」「朽ちないサクラ」「サユリ」「NN444」「愚鈍の微笑み」
芋生悠「青春ジャック 止められるか?俺たちを2」「夜明けのすべて」
忍足亜希子は実際のろう者であり、自身も中学1年生になるコーダの娘がいるので息子を思う気持ちや上手く伝えきれないリアルさはもちろん、30年に渡る変化も見事に演じ切り、いつもチャーミングな笑顔と明るさで支えるお母さんに誰もが心動かされた。
カルーセル麻紀は次女を失い性別適合手術を受けて母親として生きてきた初老のトランスジェンダー役として、自身の生き様が反映された眼光の強さや慟哭は男女を超えたむき出しの悲哀の説得力が半端なかった。
小泉今日子は主人公の娘の身売り先の女将として貫禄十分に迫力ある啖呵が流石で、海の沈黙でも人生の年輪を重ねた女性を見事に演じた。森田想は自分ならではの人物造形での存在感を特に「辰巳」での情念あふれる瞳で魅了した。芋生悠はカメレオン女優として芯の強さのある役はピカイチ、青春ジャックでは当時の映画界での在日・女性での苦悩を逃げずに立ち向かう熱量に圧倒された。
【新人賞】
1.越山敬達「ぼくのお日さま」
2.中西希亜良「ぼくのお日さま」
3.斎藤潤「カラオケ行こ!」「瞼の転校生」「からかい上手の高木さん」
早瀬憩「違国日記」「あのコはだぁれ?」
トップ2は二人とも演技初挑戦ならではの役にハマった「お日さま」ペア、越山敬達の初恋のドキドキ感とピュアさ、中西希亜良の男性二人との絶妙な距離感と変化を見事に表現していた(スケート技術も)。斎藤潤は各作品で表情や声色を使い分け10代の繊細さと葛藤からの変化を表現していた、早瀬憩はどこにでもいる普通の学生をあくまでも自然体で体現していた。
【監督賞】
1.三宅唄「夜明けのすべて」
2.呉美保「ぼくが生きてる、二つの世界」
3.山中瑤子「ナミビアの砂漠
黒沢清「Cloudクラウド」「Chime」「蛇の道」
三宅監督はささやかな日々の営みの中、心の痛み苦しみを抱えながらも互いに尊重し寄り添う人々を丁寧に描き、希望が見えづらい時代にあたたかい光をともしてくれた。呉監督はふたつの世界を生きるコーダの姿を通して愛情と葛藤を抱える普遍的な親子関係を描き出し身近な物語として観客を引き込んだ。
山中監督は言葉や行動とは裏腹の心の複雑さや日常を驚くべき解像度で溢れ出るエネルギーに心揺さぶられた。黒沢監督はまさかの3作品それぞれ自分の手法をベースにホラーとアクションの更なる高みを目指す心意気に。
【脚本賞】
1.濱口竜介「悪は、存在しない」
2.野木亜紀子「ラストマイル」「カラオケ行こ!」
3.和田清人、三宅唄「夜明けのすべて」
入江悠「あんのこと」
「悪は」は一見驚きに満ちたラストまでぶれない軸に巧妙な工夫を施している、木、水、鳥の羽根、写真、まき割り、何気ない会話など全てに意味があり何度見ても新しい発見がある奥深さに舌を巻く。「ラスト」は野木作品らしい現代の社会問題に切り込みながら細かいところまでリアルにしっかり伏線回収しつつ見終えた後に考えさせられる構成が見事。
「夜明け」は題材を含め現代的に心の中に抱え込んだ暗がりをプラネタリウムでの宇宙と星に展開してナレーションと共に解放していくのも素晴らしい。「あん」は新聞記事の実話をベースにどこまで落とし込むかに悩みながらもコロナ禍も通して現代の見えない闇(病み)を突き付られた。