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「散り椿」 ★★★☆ 3.7

◆これぞ日本の美しい時代劇、黒澤組らしいこだわりの「画」から漂う映像美と岡田准一の剣さばきにため息交じりに見惚れてしまう・・

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黒澤明をはじめ絶大なる信頼を得ているベテランカメラマン80歳の木村大作監督らしさ溢れる「美しい時代劇」。こだわりの映像美はもちろん、熱き友情、夫婦の愛情、生き方の美、伝統美、人物の所作、武士道など様々なシーンで日本独特の「美」に満ち溢れていて惚れ惚れする。

特に、シーンの切り替わりで、絵画のような一枚の画として成り立つ美しさのバランスが素晴らしい。一つのフレームとして見た時に、部屋の中だと更に障子や襖・畳、外だと空と山・竹林でフレームを作って、その中に風景や人物が映えるように全てを計算し細部にまで神経を注いでいる。

脚本は「蜩の記」で監督・脚本を務めた74歳の小泉堯史(黒澤組コンビ)、正直ストーリー自体はかなり地味で単調であり、淡々と「静」なる演出が多いため、眠くなる人もいるかもしれない・・が、新兵衛の篠の全てを受け止める想い、篠の新兵衛への本当の想い、新兵衛と采女の友情と嫉妬が渦巻く想い、里美の新兵衛への隠しきれない想い、藤吾の兄・男の理想としての新兵衛への想いなど、各人物の言葉にできない想いの交差はもどかしくも奥ゆかしく、「画」から漂ってくるのが味わい深い。

そして「榊原平蔵を殺したのは誰か?」「篠が本当に愛していたのは誰なのか?」というミステリー的な面白さや、「静」から流れるような「動」へ殺陣のアクション的な盛り上がりは見どころあり。最後に向かって一人一人が散り椿のように散っていく殺陣活劇は圧巻で、特に岡田准一の剣さばきは見事。新兵衛と采女が己の様々な想いをかけて、真っ赤な散り椿が舞う中、まさに真剣勝負で決闘するシーンは本当にため息が出るくらい美しい。

 

【演出】

時代劇としては異例のオールロケーション撮影で、唯一のセットは 実際に建てた坂下家とのこと、黒澤明監督の下で撮影助手として活躍してきただけに1シーン1カットで撮るなどこだわりが感じられる。

BGMは最低限しか使われてないので、「画」の情緒や無音での緊張感を引き立たてせている。ただ、加古隆のテーマ音楽は、完全に「ゴッドファーザー」にしか聞こえなく(オマージュなのか明らかに意識してるはず)、ポイントの場面で何度も流れるのは少し興ざめしてしまった。。

あと、最初や最後は雪の量が多過ぎる感があり、個人的には「画」として暗く、せっかくの殺陣のアクションが見にくかったかな。血しぶきの演出は、いかにも黒澤明監督っぽくて好きだったけど。

エンドロールのスタッフロールで、関わったキャスト・スタッフそれぞれが手書きで書いたサインを使っているのが面白かった。

 

【役者】

岡田准一は、和服の着こなしや佇まい、アクションの所作がとても美しい。殺陣のスマートなしなやかさと速さは、日ごろ鍛えている成果として軸がぶれない体幹の良さから来ているものか。格闘技や武術の師範資格を所有しているので、いろいろと現場で指導もしているらしく、キャストとしてだけでなく「殺陣」のスタッフとしてエンドロールにクレジットされている。

麻生久美子は、冒頭のシーンですぐに亡くなってしまうのだが、短い登場シーンにも関わらず印象深い。最初の新兵衛との寄り添い見つめるシーンだけで愛し愛されているのが十分に伝わってくるし、着物の着方や髪の毛を洗うシーンなど美しかった。

黒木華も和服が似合い、新兵衛に秘かに思いを寄せつつ影で支える慎ましい姿は、相変わらず時代劇向きで魅力的だった。

あとは、石橋蓮司奥田瑛二などベテランたちの時代劇らしい重々しさのある演技もさすが。

 

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【(ネタばれ)ラスト・考察】

最終的に、篠は新兵衛と結婚した際に采女からの縁談を正式に断り、自分の思いは新兵衛にあると告げていた。篠が死に際に託した2つの願いの真意は、新兵衛が自分の後を追って死ぬことがないようにということだった。新兵衛が求めた「散り際の美」という武士の美学ではなく、美しくなくとも「生きていて欲しい」という篠の本心、死ぬ覚悟ではなく生きる覚悟の方が大事だという想いに本当の愛の美しさを感じられた。

世の中も武士道から新たな時代へ、民が穏やかに暮らせる平和な世にはもう剣は必要ない、里美の想いを振り切って、一人立ち去る背中がカッコよすぎ。どこにいくのだろうか、果たして、また散り椿を見ることはあるのだろうか?