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「町田くんの世界」 ★★★★ 4.4

「人類みな兄弟、青春ヤベエー」日本版フォレストガンプーさんと僕「空はいつでも最高町田の青色だ」「プールの底からこんにちは」、あっちゃんサイコーカックイイー

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舟を編む」の石井裕也監督が安藤ゆき原作の人気少女漫画を、演技経験ゼロの無名の新人2人を主役に主役級のベテラン演技派勢を脇役(下手すりゃ無駄遣いの域)として起用した異例の挑戦で映画化。前作「夜空はいつでも最高密度の青色だ」では詩集を映画化していたけど、今作もこの規模でこんなに攻めた冒険が許されるのは、才能・実績・評価ともに申し分のない石井監督だからこそ。

当然よくある少女漫画の実写化キラキラスイート映画になるわけがなく、大人向けの青春映画として青春をメタ視点で捉えるシーンが多く、原作より思いっきりファンタジー要素が強い。勉強も運動もできずピュアで真面目なだけが取り柄の全力優しさ男子高校生・町田くんと、人嫌いで家庭に不満を持つクールでやさぐれた寂しがり屋の女子高生・猪原さんの、初めて感じた恋心に戸惑う姿を描いた恋愛ドラマがメインになっている。

キャストやラストシーンは賛否両論あると思うが(原作では町田くんは誰からも一切疎まれないひたすら良い人)、現代社会の風潮への解釈として原作のマインドを石井監督アレンジで表現していて良かった。主演2人の瑞々しさがうまくマッチしていて、より青春さも増して、デフォルメされた登場人物たちの葛藤や衝動のぶつかり合いが堪らない。ただの学園ものにとどまらない奥深さもあり「桐島、部活止めるってよ」を思い出す。素直に映画という奇跡の魔法にかかってみるのも良いのでは。

 

主役二人の行き過ぎな感じや原作にはない後半のファンタジー色は受け付けない人も多いだろうが、今作はもともと最初の設定からリアリティとは別の場所にいるし、町田くんの世界を描くにはこの行き過ぎは必要不可欠であると思う(今でも町田くんの走り方が頭から離れない、ヒザ神もビックリ)。この世の中は悪意に満ちている、人は人の善意より悪意に興味があるし、善意より悪意が評価される・・

こんな世の中では町田くんの世界はファンタジーとしか捉えられない、「偽善だ」とか「あーゆう人が犯罪犯したりする」とか言われてしまうし、普通の善意ですら難しい現実(電車で席を譲る時ですら考えてしまう)。世の中のいらない気遣いや忖度などを気にせず自分が思う正義を貫くことの難しさ、町田くんの世界は理想ではなく本来誰もが持っているはずなのに。純粋なものへの嫌悪感や攻撃は、自分自身の中の醜さや汚さを認めたくない・隠したいからだろう。先ずは自分の世界に町田くんの世界を重ねられるかどうか考えてみよう。

 

【演出】

少女漫画らしい漫画的なノリやテンポを挟みつつ、映画的な演出をバランス良く描いているのは見事。町田くんと猪原さんの追いかけっこなど長回しにしてアドリブを引き出したり、過剰な叫び声やビンボーゆすり、終盤の超展開などあえてリアリティラインを崩す過剰な演出が世界観にハマっている。新人役者の初々しさとベテラン役者の絶妙なアンサンブルも含めて、さすがの完成度で一般のコメディ映画の演出とはレベルが違う。

廃プールサイドという原作漫画にはないロケーションも素晴らしく、相変わらず夜景の美しさ・青の美しさの表現にも見とれるし、そして定番の川辺のシーンも安定した面白さ。

恋愛ものストーリーとしては王道なのだが、キラキラ要素は可能な限り省いて、新人二人によるむき出しのぶつかり合いのみずみずしさは、今まさにこの瞬間にしか出せない輝きを切り取っている。「人間が好き」から「あの人のことが好き」に変わる瞬間、世界の見え方が大きく変わってくる分かりやすさも見事でキュンキュンさせられる。

人間の真っ直ぐで純粋な優しさや善意を描いた作品としては「横道世之介」「幸福なラザロ」「フォレストガンプ」など、演出面では「プーさんと大人になった僕」「メリーポピンズ」「石井監督の初期の作品群」などが思い出された(初期の頃から演出を含め完成されていたのはやはり凄い才能)。

 

【役者】

主演の2人はオーディションで選ばれた新人ということで、観る前は期待と不安があったが、2人の真っ直ぐでフレッシュな演技とハマり具合に感心しきり。豪華すぎる脇役陣も制服高校生はさすがに無理かと思っていたけど、今作のファンタジー展開では意外と違和感なくそれぞれの持ち味を発揮していた。20代の役者たちが高校生に扮するデフォルメ演技は、大人になって見失っているものに気付かされた我々の目線と重なるような感じがして納得のキャスティングだった。

細田佳央太(町田くん)は、ものすごいエキセントリックなキャラになっていて、これをきっちり演じ切ったのは高評価。

関水渚(猪原さん)は、歯がゆくもじれったい感情表現は実に初々しくて本当にまぶしいくらい、少し芳根京子を思わせる可愛さ。クールだったはずなのにどんどん崩壊していき、最後のほうはもうめちゃくちゃ。泣き顔がなんともチャーミングだし、教室で目があって、照れるように笑ったところなんて、もう完全にやられた。

脇役陣も、松嶋菜々子に短い出演時間の戸田恵梨香佐藤浩市、いつもの空回りの太賀、振り回される高畑充希と無理があり過ぎるがんちゃんの「植物図鑑」コンビも良かった。前作に続き石井監督お気に入り池松壮亮は壊れっぷりと役回りの上手さが際立つ、ぜひ「宮本から君へ」の宮本役で町田くんと会わせて見たくなった(真っ直ぐ対決だが絡み合うのか?すごい映画が一本できそうだが)。

そして誰もが認める今作のMVPの前田敦子、クールで直球の毒舌姐さんキャラに完璧にハマりきって、演技、雰囲気、存在感、全てにおいて素晴らしかった。改めて「もらとりあむタマ子」などオフビートな開き直った脱力系の演技が一番いいと実感(素のキャラに近いのか)。「あたしらこんなとこで唐揚げ棒食ってる場合じゃねーな。青春がものすごい早さで過ぎ去っていってる。普通の恋愛ドラマならもう孫できてる」など要所要所で恋愛ドラマの爆笑ツッコミを入れて展開の速さを上手く補足していたのも見事。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)ラスト・考察】

賛否両論のラストの展開は原作ファンや合わない人には吹っ飛んでいてアウトなのだろうが、個人的には序盤の風船で浮くシーンや彼女の夢、プールや川など水の重要性、「もう一度、井戸に落ちろ」の伏線からも違和感なく、若さや純粋さをファンタジックに描くのは観ていて気持ち良かったくらい。そもそも町田くんはもはや現実世界の人ではない存在だし、監督は町田くんをキリストとして描いていたので空中浮遊と水中落下(胎内)からの生まれ変わり・復活は必要なプロセスとも言える(この優しさはファンタジーの世界だけで現実の世界には町田くんは存在しないという逆証明?と言えなくもないが)。

空を飛ぶシーンもあえて荒めのCGで非現実感を出していて、くまのプーさんやメリーポピンズもビックリ 。あの高さから落ちてプールの深さは大丈夫なのかは置いといて、地上に落ちた人間として復活した町田くんが新たに見た世界はどんな風に映っていたのか?(鴨のカップルがグッジョブ!)。

町田くんを後押しする自転車置場のシーンは分かっていてもグッときた、見返りのない一方的な善意を撒き散らしてきた町田くんが、最後は周りの善意に押されていく・・町田くんが分からない感情から好きという感情を理解して、初めて周りよりも自分を優先して走り出した時、今まで彼に救われた周りのみんなが町田くんのために一生懸命になっている姿はベタだけど羨ましいくらい青春だった(「桐島」っぽくて良かった)。

人の真っ直ぐな優しさは周りの人を動かし「奇跡」を起こすのだ!人に優しくすると優しくされた人も優しくなる「優しさの連鎖」当たり前だけど忘れてたものを思い出させてくれた。みんな自分のこと・誰かのこと・この世界のことを分かりたいと思っているけど、多分すべて分かることはない、分からなくてもいいんだよ、「分かりたい」という気持ちと「想像する」ということが大切なんだ。町田くんの世界の住人になれますように!