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「ゴッズ・オウン・カントリー」 ★★★★ 4.2

◆「ブロークバック・マウンテン」から14年、性の高い山を乗り越え自由な平地へ、生と性、自然と愛、出会い惹かれ合い触れ合い、羊たちも祝福する純愛映画のめえーさく 

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イギリスのヨークシャー州の田舎町で牧場を営む青年ジョニーはゲイであり生きづらく無気力な毎日だったが、季節労働者の移民ゲオルゲと出会ったことで変化・成長していく。主人公ジョシュ・オコナーの演技を始め人物の表情の細かい描写が見事で、ゲイ映画というより多幸感あふれる普遍的な純愛ラブストーリーとして素晴らしい作品だった。鬱屈とした田舎の閉塞感や、年老いた親の問題など色々と重い要素もあり、男二人の絡みのシーンはかなり濃密で生々しいので、苦手な人もいるだろうから万人にすすめるのは難しいかもしれない。

 

タイトルどおり「神の恵みの地」と呼ばれる広大な大自然が美しく、主役の二人の他には家族と数人しか出てこない、音楽もほぼなくセリフも少なく牧場の仕事を黙々とこなす彼らの日常生活がリアルに生々しく描かれている。そして自然界での生という営みを否応なしに見せられることで二人の恋愛もその中の営みの一つなのだと思い知らされる・・農場での羊の死や出産シーン、羊の皮剥シーンなどもリアルで効果的(彼らがスタントなしで演じているらしい)。

今作は更に田舎の家業の後継者問題、介護問題や移民問題という厳しい現実的な面にもスポットを当てていて、実際に多くいるであろう田舎で選択肢のない人生を強いられる若者のリアルとそれでも田舎で生きていくことに希望を込めた内容となっている。

傍から見れば美しい大自然も、若者にとっては牢獄であり閉塞感の象徴であり、そこでは「人生を謳歌する」ことはない、ジョニーが荒れながら惨めに朽ちていくしかないと諦めている時に出会うゲオルゲに愛と希望を感じるのも無理はない。

 

初めて会った二人が山の上で数日を過ごす間、最初は反発しながらも少しずつ惹かれ合っていく感情の流れが静かに、時に激しく描かれていて引き込まれる。単調な田舎暮らしでやさぐれているジョニーが包容力のあるゲオルゲと少しずつ関係が変わり、心が溶かされていくにつれて変わる表情が素晴らしい。簡単に上手くいかない・想いを伝えられないもどかしさなど男女の恋愛より不器用で切なく響いてくる(ジョニーが「ごめん」も「ありがとう」も言わなさすぎてイライラするが、ゲオルゲが優しすぎる)。

今作は同性愛に対する偏見などはあまり描かれてなく、主人公だけでなく家族も含め純粋に人と人が出会って変わっていく過程が丁寧に描かれていく。大人になってから変わることの難しさ、これまでの自分のダメさを受け入れてまで変わりたいと思える出会い、決して生易しいものではないからこそ、その中での美しい瞬間が生きることの素晴らしさを教えてくれる。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)演出・考察】

監督・脚本のフランシス・リーの長編デビュー作だが、ここまで芸術性の高い完成度はデビュー作とは思えない、演出全てが繊細でセリフが少ない反面、人物の表情やちょっとした仕草で心情の変化を描いている。目に見えなくても空気感や温度や音や匂いが伝わってきて確かにそこにあるもの。2017年のサンダンス映画祭のプレミア上映で監督賞を受賞し、最初は数館でしか上映されなかったが、口コミで一気に広まって話題になった映画というのも納得。

ジョニー役のジョシュ・オコナー、半開きの口で茫洋とした感じからはにかんだ時の方頬を上げる感じが特徴的で、とにかく表情、目線の演技が圧巻。後半は特に諦念が希望に覆われて繊細に変わっていく演技が光り、途中から本当に女の子になったのかと思うほど、そして最後の泣きながら笑うシーンまで見事だった。

ゲオルゲ役のアレック・セカレアヌ、オーディションで勝ち抜いたらしく、最初の薄汚れた怪しい感じから実は紳士で優しくて包容力があり、特に手を舐めるシーンとか服を脱いでいくシーンとか男から見ても官能的なツンデレぶりがたまらなかった。

 

野外で二人で寝そべっていながら突然始まるセックスシーンは、レスリングのように荒々しくかなり衝撃的で生々しい(クリアに見るのも戸惑うがボカシが酷すぎて気が散る)、まだ愛があるわけでもなくお互いの性欲をぶつけ合ったような感じがまたリアル。この後、それまでほとんど話さなかった二人に少しずつ会話が生まれていく、黙々と仕事をこなし、夜は並んで焚き火の前でカップラーメンをすする、何でもないような一連のシーンがとにかく美しい。

慣れてきた後のセックスシーンでは優しく前戯をしたり、甘えるような表情をしたり、お互いの愛が高まっていくのが分かる。二人でバイクに乗るシーンではそっと腰に手を添えていて、高台から広大な大地を見下ろすシーンはまさに「神の恵みの地」に祝福された二人だけの国にいるかのような美しさだった。

あと、出てくる羊たちがとにかく可愛くて堪らないのだが、蘇生させた子羊に死んだ子羊の毛皮をまとわせ、母羊に(自分の子どもだと思わせて)お乳を与えさせるやり方は初めて見たので驚いた。

 

特に好きなのはジョニーが父親のお風呂の世話をするシーン、それまで憎まれ口ばかりだった父親が「Thank you」「頑張ったな…石垣の修理」と小さな声で言うところは泣いた・・ゲイであること行き詰まり悩んでいることも分かっていて息子の幸せを心から大事に思っているのだ。不器用な父親と息子はきっと今まで本音で話すような機会はなかっただろうが、これをきっかけにお互いの目を見て本音でぶつかっていけるはず。

何気にジョニーのおばあちゃんが間に入ったりアドバイスしたりするかと思いきや、最後まで特に何も言わなかったのも良かった。

君の名前で僕を呼んで」の原風景と静寂感、「トム・アット・ザ・ファーム」の農場の閉塞・緊張感、そしてやはり「ブロークバック・マウンテン」との共通項を感じられるところが多く、あらゆる場面でオーバーラップしてしまうが・・あの結末の悲しみを拭い去ってくれるかのような今作の結末には、LGBTに対する時代の進化を感じられた。

 

【(ネタバレ)ラスト・考察】

ジョニーは自分自身を変えるためにケンカ別れしたゲオルゲの元へ逢いに行く、ゲオルゲはジョニーにとって恋人であり、兄であり、母親のような存在だったのだろう。再会した二人に言葉はいらないのか、愛する人への強い想いが自分を変えていく、ゲオルゲがいたからジョニーは本気で牧場の経営を考えるようになり、自分の人生も見つめ直すことが出来た。

愛さえあれば場所なんて関係ないということ、君と一緒ならこんな場所にいても俺は変われるのだ、ここが二人の恵みの地「ゴッズ・オウン・カントリー」なのだ。二人の未来は必ずしも穏やかな道のりではないかもしれないが、ずっと幸せであって欲しいと願わずにはいられない。

ブロークバック・マウンテン」(2005年)から14年、マウンテンからカントリーへ=(性の壁が)高い山から平坦な地へ、確実に時代は変わってきている、「人と人が惹かれ合い触れ合うこと」は、性別、国籍、人種、様々なボーダーを超えて何よりも尊いのだ。