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「Us アス」 ★★★★ 4.1

USAGIに導かれし不思議の国のア()ス、「U.S.A.カモンベイビーアメリカ、どっちかの夜は昼間♩」「明日があるさ♩」冗談のようなドッペルゲンガーは私たち(Us)?

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前作の「ゲットアウト」で世界に衝撃を与えたジョーダン・ピール監督の最新作、家族が自分たちにそっくりな家族に襲われるというシンプルながら一筋縄ではいかない不気味さが際立つ社会派ホラー映画。前作同様にホラー的展開の中に格差社会、人種差別などアメリカ社会(US)への風刺がたくさん盛り込まれていて、様々な恐怖を感じさせながら私たち(Us)に深く考えさせる作りとなっている。

トランプ政権下だからこそ生まれた映画であり、元はコメディアンである監督ならではのブラックジョークが炸裂していて、小ネタも多く見終わった後に気付かされることも多いが、単純にドッペルゲンガーとの殺すか殺されるかのサバイバルスリラーとしてだけでも十分に面白い(シャマラン監督っぽいが)。ただ個人的にはオチが予想通りすぎたのと脚本の完成度で「ゲットアウト」の方が好きかな・・

 

ホラーとサスペンスとコメディの全体的なバランスも良いが、ハンズ・アクロス・アメリカの知識やキリスト教の知識が無いと理解しにくい演出も多く、アメリカという国の問題が重要なテーマなので日本人には分かり辛いかもしれない。それでも「格差や差別を無くそう」というストレートなメッセージではなく、ユーモアでさりげなく現実を皮肉りながら問いかけてくるセンスはさすがだし、何よりもまず映画としてきちんと怖い。

夜中に突然なぜか自分とそっくりなヤツが家の中に侵入してきて、意味不明なことを言いながら襲い掛かってくる・・ハサミを振りかざして逃げ場もない中で、状況もその理由もさっぱり理解できないことによる「怖さ」が際立ってくる。笑っている人や幸せな人がいれば、必ず泣いている人絶望している人がいるわけで、我々もいつどちらの立場になるかも分からない「怖さ」もある。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)演出・考察】

序盤の理不尽ホラーから中盤のサバイバルホラー、終盤の謎解きホラーと展開しながら、小ネタやメタファ、伏線やオマージュを上手く散りばめて終盤まで”私たち”の正体が分からないままラストにつなげていく構成が見事。

鏡とマスク(お面)のセンス、サル動作の子供、迷路に書かれたFind Yourselfの文字、双子の女子学生、鳥の群れ、真っ赤なりんご飴、両世界でのバレエの踊り、不穏な音楽、武器のハサミ(2枚刃)、最後まで銃を使わないところ、往年のホラー映画へのオマージュなど、細かい点まで見逃せない。前作と同様に今作も「シャイニング」ネタあり。音楽の使い方・タイミングも上手く、とにかくBGMが不気味で不快な音に合わせた”私たち”の不自然な言動とカメラワークが悪趣味でいやらしい。

 

オープニング、白黒のウサギがそれぞれ別のケージの中に入れられた(囚われた)シーン、ハンズ・アクロス・アメリカのCMが流れてくるシーンからメッセージ性にあふれていて驚かされる・・名曲「We are the world」から広がった大西洋から太平洋までアメリカを横断して一列に手を繋ぐという運動、飢餓や貧困などから救うため皆が手を取り合う世の中を作ろうという運動なのだが、冒頭からラストにつながっている。

また、冒頭の少女時代に景品でマイケル・ジャクソンの「スリラー」のTシャツをもらうが、改めて見ると今作は「スリラー」のMVを連想させられる展開の話だったとも言えるのでは。

地下空間の設定も見事、長く続く綺麗な廊下、あふれるウサギ、檻のある部屋・・彼らクローンは地下で地上の人間の真似をしながら、いつか地上の世界を乗っ取ろうと企んでいるが、この上と下という構図がまさに格差社会への風刺となっている。地下につながるエスカレーターは下に降りるものしかなく、いったん地下(貧困)に落ちたら最後、もう地上には上がれないという描写なのだろう。

 

クローンたちに「あなたたちは誰?」と尋ねると「アメリカ人だ」と答えるが、これは「彼らもアメリカの地下(貧困層)に住んでいるだけで、地上の人間となんら変わりのないアメリカ人だ」と言うことなのだろう。現実でも元々普通の生活をしていた(地上で暮らしていた)のに、底辺な生活(地下)に落ちてしまった・社会から見捨てられた人たちの叫びとも言えるだろう。

クローンたちが言葉を話せないのは貧困層は十分な教育が受けられていないということで、着ている服が全員同じ赤いつなぎ?なのは囚人をイメージさせるし、夫ゲイブのクローンが眼鏡を掛けていないのは(掛けているフリはしている)、お金がなく眼鏡すら変えない貧困への風刺なのだろう。

地下にたくさんいるウサギは、元はクローンの実験や食料になっていたのだが、人間に飼われる弱々しく寂しい存在ということか、不思議の国のアリスでのウサギの穴の先につながる世界への案内役ということか。

 

ラスト、クローンの乗っ取りは世界規模で一気に行われていて、クローンたちが手をつなぐ列が海にまで連なっているシーンはハンズ・アクロス・アメリカであり、メキシコとの国境の壁を彷彿とさせる。一家が「海沿いにメキシコに逃げよう」と言うのも、メキシコからアメリカに入ろうとする不法移民の逆をとって皮肉っているのだろう。

個人的に好きなのは、裕福な白人がクローンに殺される時、AIスピーカーに警察を呼んで「Call The Police!」とお願いしたら誤認識してN.W.A.の「Fuck The Police♪」が流れたのには笑った。白人警官による黒人への不当な暴力を批判する曲を白人が殺される時に流すという皮肉に一本取られた。

あと、誰が運転するかで揉めた時、家族で誰が一番殺したかで競い合うのも笑ってしまった「俺は2人殺したから2点」とか・・その前にこの家族の状況適応能力が凄すぎ(黒人の身体能力なのか)。夫ゲイブが少しウザい感じで不穏な空気が漂う中でも緊張感に欠けているのも良かった。

ただ、もう少しオチにつながるところ、地下空間での”私たち”クローンの背景やストーリーをもっと入れておけば、奥深さやカタルシスを感じられたのかなとも思った(地下施設や生活を誰がどうやって維持していたのかは置いといて)。

 

【(ネタバレ)ラスト・考察】

最後のオチは「ドッペルゲンガーもの」としては王道なので、最初の時点で予想できてしまい驚きは無かったが、その意味合いの深さには感心した。地下からやってきたと思われていた母アデレードのクローンこそが実は本物であり(最初の子供の時点で入れ替わっていた、だから最初言葉を話せなかった)、その本物をクローンが殺して完全なる乗っ取りを果たすというオチ・・これまでの彼女の言動とは矛盾するような気もするが。

これは、まさに移民国家アメリカにおけるアメリカ人を表しているのだろう・・白人はヨーロッパからの移民であり、黒人は無理矢理アフリカから連行されてきたものだし、ラテン系もアジア系も含め、そもそも全員よそから来た人たちであるということ。

最後に本物がクローンに殺されるのは、侵略者の白人が本物のアメリカ人である原住民(ネイティブアメリカン)を虐殺したということもできる。

地上のクローンが徐々に言葉を話せるようになり人間らしくなると、地下の本物は言葉を失っていき野蛮になっていくのは、育つ環境や教育の大切さ、生まれついた場所での絶対的ハンデを表しているのか。。ラストでクローンが勝利したのは地上の環境で平等に育てられれば誰しもが普通の人間になれるという希望だったのかもしれない。そのためにも現代にも通じるように、地下に落ちないためのセーフティネット、地上に上がるためのエスカレータを考えていかねばならないのだろう。

 

「ジョーカー」でも貧困層(地下)からの革命が描かれていたが、今作も含めアメリカ政府が貧困層(クローン)たちを見捨てずに最低限の生活保証をしていれば革命までは起こらなかったかもしれない。日本も年々格差が広がり確実に貧困層が増え続けている中、他人事とは思えず今作アスの恐怖が現実になるかもしれない「明日アスは来るのか?」

今の自分は本当の自分なのだろうか?、今日の夜、玄関前に怪しい人たちが立っていませんように・・もう一人の自分が幸せな人生を歩めていますように・・