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「1917 命をかけた伝令」 ★★★★☆ 4.7

◆カメラを止めるな、足を止めるな、前に進むしかない、第3の主人公になって共に戦場を駆ける命を懸ける究極の臨場感と没入感、IMAXで見ないと意味がない戦争体験映画

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アカデミー賞で「パラサイト」と最後まで争った「1917」、最高の体験映画にしようとシネマサンシャイン池袋の最大IMAXスクリーンでフルサイズで余すところなく観てきた。最大の売りの衝撃的な“全編ワンカット”も期待通り鳥肌が立つほどの圧倒的な臨場感と没入感、究極的なまでのリアリティ、「兵士が走る」だけのシンプルなストーリーなのに戦争映画としての深みもあり、圧巻の体験映画だった(「ゼロ・グラビティ」を初めて大画面で観た時に近い感覚)。

最初から最後まで主人公だけをカメラが追っていくことにこだわり抜いていて、まるで戦場その場にいるかのようなゲーム感覚でミッション遂行に向けて進んでいく、突然敵に撃たれるんじゃないか、突然爆撃に巻き込まれるんじゃないかという恐怖が半端ない。鑑賞後はアトラクションで遊んだ後のような感覚でドッと疲れが出てくる(VRで観たら発作が起きて倒れそう)。最終的にしっかりとエンタメの範囲に着地していて、そこまで残虐な描写もないので万人に進められる今見ておくべき作品であり、音響効果も凄いので設備の整った「これぞ映画館」(出来ればフルサイズのIMAXで、画面上下の情報量が全然違う)で観ないと意味がない作品。

 

ストーリーは極めて明快単純、イギリス軍の兵士ウイリアム・スコフィールドとトム・ブレイクが、前線で戦う先行部隊に退避伝令を届けるために、夜明けまでにドイツ軍が占領する危険な地帯を駆け抜けることが出来るか?、伝達できなければドイツ軍の罠にかかって1600人が全滅してしまうだけにハラハラドキドキが止まらない。今作はサム・メンデス監督が祖父から聞いた戦争体験を基に研究史実や当事者の証言を加えながら骨格を作ったらしいが、伝え聞いた話だけでここまでリアルに描けるのは見事としか言いようがない。

そして事実に基づいたフィクションを作り上げるために採用したのが、最も実体験に近いワンカットという手法であり、「ワンカットで撮りたいから」ではなく「事実を“再現”したいから」という意義があるので、今までとは全く違ってカメラに意思を感じられる。主人公と一緒になって走ったり水に飛び込んだり、先に行って待ち構えて次に向かうべき方向を指示したりアクティブに動き回っていながら、ピントがずれたり画面がぶれたりせず細部まで見やすさにこだわっているのが凄い。ひたすら「今のどうやって撮ったんだろう?」と撮影技術や方法に意識を取られてしまう、俳優陣のミスの許されない演技や全てのタイミングにも緊張感があり、ワンカット手法の限界値を突破した作品であることは間違いない。

YouTubeで公開されているメイキング映像は必見、制作のための血の滲むような入念な準備の様子や裏側が見れて更に今作も凄さが増す(普通に製作ドキュメンタリー映画としても観てみたい)。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)演出・コメント】

監督は「アメリカン・ビューティー」「007 スカイフォール」のサム・メンデス監督、撮影監督は「ショーシャンクの空に」「ブレードランナー 2049」のロジャー・ディーキンスなどアカデミー賞受賞者や候補者がずらりと並ぶ製作陣。よくこれだけのメンバーを揃えられたなあと感心しつつ、これだけスケールの大きな映画で、大勢のキャスト、エキストラ、戦争シーンを同時に計算し尽くしてとりまとめるのは想像を絶する、アカデミー賞では撮影賞・視覚効果賞・録音賞など技術関係を受賞するのは当然。

セリフは少なく映像で状況を伝えることがメインなので人物描写は最低限しかないが、ずっとカメラが主人公を追っているので不思議と感情移入してくる。カメラが狭いところから広いところに出る瞬間や高い塀や崖を超えた瞬間に、それまで見えなかった向こう側の景色が突如として視界に入ってくる感覚、草花が風にそよぐ春先の情景の「美しさ」から泥水と腐乱死体に埋もれた最前線の塹壕などの「絶望」が伝わってくるのも見事。

泥と鉄条網のぐっちゃぐちゃの光景やトムの語ってた桜が舞う美しさからの水死体、向こう側から来た顔の見えない兵士とか、不気味かつ戦争の理不尽さも表している(ねずみトラップのシーンは全力でビクつき声が出てしまった)。様々な対比の表現も見事で、西部戦線の絶望と帰郷への希望、1600人の将兵の命とそれを背負う2人の伝令手、美しい自然とそこに横たわる死骸、兵士と赤ん坊、見知らぬ数多の人々の死と一人の友人の死、当初は使命に腰が引けている主人公と相棒が死んでから変わった主人公など。

 

細かいところまで入念な事実考証を経て製作されたようで、広大なロケ地はイギリスやスコットランドで大半がロケ撮影、照明器具も設置できず雲の動き一つ違っても成立しないという天気頼みの撮影だったらしく、待ち時間やタイミングの調整にも恐れ入る。長回しするためにセットを普通の作品の倍以上の大きさで建築せねばならなかったとか、塹壕も自分たちで掘ったらしい。

照明弾の降り注ぐ廃墟となった夜の街を走るシーンの撮影も凄い、炎と閃光に照らされる暗闇でのコントラストの強い画面の美しさも忘れ難い。

小屋に墜落した戦闘機が突っ込んでくるシーンも衝撃的で、その後の主役だと思ったトムが先に死んでしまうのも予想外で「敵に情けをかけるな」の教訓が身に染みた。

約4ヶ月かけてリハーサルが行われ細部に至るまで段取りが詰められ、セリフの書き直しやタイミングの調整も大変だったろう(撮影期間は65日とのこと)。

「全編ワンカット」を強調し過ぎる無責任な宣伝はあまり好きではなく、実際には気を失うところや昼と夜の時間が変わるところ、防空壕で爆発した下りや主人公が銃で撃たれたシーンなど分かるところもあり、今作はあくまでも「ワンカット風」の映画であり、ワンカットで撮影されたシーンをつなげて1本の映画にしたもの。とは言え同じく劇場を戦場にした体験映画「ダンケルク」の功労者であるスミスによる職人芸の見事な編集によって、普通に観ている我々にはつなぎ目は一切判別できないはず。

 

「実写版スーパーマリオ」と言われるのも納得で、「塹壕」「敵地の跡」「廃墟」「荒地」「最前線」などの“ステージ”を一つ一つ乗り越えて、制限時間内にゴールを目指していく構造がゲームと同じ。「地図」「懐中電灯」「指令書」「信号弾」「水筒」「指輪」などのアイテムもゲームのようにその都度上手く使われていて、昔の横スクロールでなく最新のRPG様式だが、画面の端にステータや周辺MAPなどが浮かんできそうだった。

爆撃、銃撃が止まない廃墟で隠れて赤ちゃんを育てる女性は毎日どんなに怖いことだろう、水筒の水がワナの爆発で無くなった後すぐにミルクを見つけて、そのミルクによって赤ちゃんの命を救うという伏線からの流れには唸らされた。

二人の友情は言わずもがな、故郷への思い、兄弟への思い、そして敵地で出会った人々への思い・・戦場という非日常空間において、自分を奮い立たせてくれる唯一の武器はそういった人との繋がりなのかもしれない。

リアルタイムに進行する目に見えている“今この瞬間”だけを積み上げていくことで、余計な解釈や意味合いを感じることなく純粋に観客が主人公の道のり全て一歩ずつを一緒に歩み呼吸をするように感じることが出来る。極限にまで画面に没入し主人公と同化し自分が戦場にいるような状態を味わうことが今作の命題であり、実際に戦争を体験した人々と同じ恐怖を主人公を通して感じることで、改めて戦争の愚かさや虚しさが浮かび上がってくる。「戦争反対!」という声高のメッセージを押し付けるのではなく、観客を戦場に放り出すことで自発的に考えさせるのを意図しているのだろう。

 

二人の兵士スコフィールドとブレイクをそれぞれ演じたジョージ・マッケイ(「はじまりへの旅」「マローボーン家の掟」)、ディーン=チャールズ・チャップマン(「ゲーム・オブ・スローンズ」)の二人の演技も素晴らしかった。有名な俳優ではなく2人のバックグラウンドが分からないからこそ「ただの一兵士」として見れて、特別ではない誰もが彼らになりうることを表しているのだろう。要所に出てきて締める大御所コリン・ファースマーク・ストロングベネディクト・カンバーバッチの存在感もさすが。

全編完全ワンカットでの作品としては「ヴィクトリア」や「ウトヤ島,7月22日」などがあるが、今作は同じワンカット風撮影でアカデミー賞作品賞を受賞した「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」と比較せざるを得ない。「バードマン」が複数の人物をカメラが追いかけてワンカット撮影を選択する必然性が薄かったのに対し、今作は終始主人公だけを追っていて体験させる必然性がストーリーと一致しているのが違っていた。

 

【(ネタバレ)ラスト・コメント】

ウィリアムは一目散に塹壕の兵士たちをかき分けて最前線へ向かうが、すぐに攻撃開始されそうな雰囲気を感じとり、ラスト数百マイルは塹壕から平地に出てタテ一直線的に司令部へ走り出す。敵に向かってヨコに進む味方兵にはぶつかりながらも、今まで生き抜いてきた強運で友のため仲間のために信じて走り抜ける姿・・ラグビー選手のように銃弾や爆弾と仲間たちをかき分けていく大迫力とカタルシスには感動しかない(それもワンカット撮影)。

最終的にはマッケンジー大佐に無事に伝令書を渡せて、攻撃中止とすみやかな撤退が決まり(上官命令は絶対だけど紙一枚を信じて止める決断をするのも凄い)1600人の兵士たちの命を救えた。そしてトムとの約束通り、兄ジョセフにも会えて形見の指輪を渡し母親への言葉も伝えることが出来た、ラストショットで1本の木にもたれる姿は冒頭で木に寄りかかってたシーンと同じ構図なのも見事。冒頭の孤独な放心した姿と違って、ラストは家族の写真を眺めて家族と向き合うことを決めた姿に人間的な成長も感じられる。

とにかく「本当にお疲れ様、よくやった!」と全力で褒めたたえたくなったが、こういう状況は他にもあっただろうし、ただの伝令係として一つの雑務に過ぎないとも言える。失敗して死んだ例も多かったのだろうし、伝令だけでなく戦争は全てにおいて命をかけているものなのだ。

 

見終って改めて「1917」というタイトルを思う(サブタイトルは邦題「命をかけた伝令」英題「Time is the enemy(敵は時間)」両方とも悪くない)、現実はこの後も戦争は終わらないのだ。あくまでこの映画の出来事は歴史の中のほんのワンシーンであり、この後ウイリアムはまた別の伝令があったり他の戦闘で死んでしまったかもしれない、20年後の1939年には第二次世界大戦が勃発して更に多くの若者たちが戦場に駆り出されていく。

そして現代に至っても戦争は終わらず、耐えることなく世界各地で争いが起こっている・・伝令は通信になっても命をかけて走っているのは変わらない。今作を観ることで少しでも戦争というもの、戦場で生き抜くことの恐ろしさや難しさ・虚しさを体験することで抑止力になるのかもしれない。