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「ディア・ハンター 4Kデジタル修復版」 ★★★★☆ 4.8

映画史に残るロシアンルーレットのトラウマ、1ショットで撃ち抜かれる若者たちの青春、戦争で失うもの・壊されるもの・残されたもの・God Bless America の圧倒的アイロニー

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8月に早稲田松竹で「ラストワルツ」と併映された今作は、ベトナム戦争の狂気と悲劇によって青春が崩壊していく若者たちを描いた約40年前1978年公開された3時間にわたる傑作、今回は4Kデジタル修復版となって映像も音響もよりクリアになりメッセージ性も強く響いてくる。

当時のアカデミー賞を5部門受賞(作品賞/監督賞/助演男優賞/音響賞/編集賞)しているだけに、前半の全てが予兆となって後半の悲劇に繋がっていく見事な構成で、最高の説得力を持って体現する出演者たち、マイケル・チミノ監督が全てを出し切った元で見事に融合している。

これは戦争・反戦映画というより若者たちの青春ヒューマンドラマであり(戦地シーンは40分程度)、神懸かっていた時のロバート・デ・ニーロとそれに勝るとも劣らないクリストファー・ウォーケンの鬼気迫る演技合戦を観る映画でもある、特に誰もがトラウマ必至の後半2人のロシアンルーレットのシーンは凄すぎて悲しすぎて必見。

アメリカとソ連の代理戦争とも言われているベトナム戦争に、アメリカ軍としてロシア系移民の主人公たちが出征しロシアンルーレットを強要させられるという皮肉(結婚式でロシア民謡に合わせてコサックダンスを踊っていた)。

 

構成は分かりやすく1時間ごと3章に分かれていて、長丁場だけど3時間かけないと描けない心理の変化、日常が永遠と続く世界とそれを破壊した世界、前半からガラリと変わる緊張感から悲壮感・虚無感まで人物の表情・心情を繊細に捉えていく。

序盤はひたすら退屈なまでに幸せな日常、飲んでバカ騒ぎしたり狩りをしたり、特に結婚式でのパーティ・ダンスシーンの永遠に続くかのような多幸感が後の悲劇を際立たせる。

中盤はベトナム戦争で捕虜となる地獄、それまで幸せに暮らしていた3人はいきなり生きるか死ぬかの極限状態におかれ、捕虜となりベトナム人に命がけのゲームとしてロシアンルーレットをさせられる。敢えてベトナム語を翻訳しないで何を言っているのか分からない恐怖が伝わってくるが、相手を悪魔のごとく非人間的に描き過ぎな気もする。

終盤は帰国後の変わった日常と2次被害、一見序盤と変わりなくゆっくり進むが、実は全然違うことがマイケルの行動や表情の変化を見ればよく分かる。戦争によるトラウマPTSDは明らかであり、更なる悲劇に繋がっていく。

結婚式で始まり葬式で終わる、序盤で狂喜乱舞のシーンが長々と続くが、これは無駄でも無意味でもなく、最後に全てカウンターとなって跳ね返ってくる、戦争で失われる日常の幸せ、変わってしまった世界といった悲しみがズシリと響く(チミノ監督の「天国の門」も同様に長時間のセレモニーシーンがあった)。

戦争の場面は少しだけだが、戦争が「人の心を壊す」のは確実に伝わる、こんな経験をしたなら誰でも気が狂ってしまい、もう普通には戻れないはず。故郷を離れ戦地へ赴く者、残される者、待たされる者、帰還してくるもの、それぞれの「戦争で失うもの」を焦点にし、戦争後のアメリカの焦燥感がヒリヒリと感じられる。今でもアメリカでは、少なく見積もっても毎日18人は何らかのPTSDで自殺してるらしい。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)演出・考察】

冒頭の結婚式でバーカウンター片隅に佇む軍人に「何畏まって、しけた面してんだよ」とバカにしていたが、作品後半ではマイケル自身がその軍人になってしまう、今ならその苦しみや立場がよく分かるいう皮肉。

結婚パーティで生涯幸福でいられるという赤ワインが、純白のウエディングドレスに数滴垂れて赤く染まるのだが、血液を思わせて不穏な予感を漂わせていた。

結婚式帰りにニックがマイクに、戦争行く前に「何があっても見放さないでくれ」と言ったシーン、マイクは最後の瞬間までその言葉を守り続けて、本当の愛を感じた。

鹿狩りへ向かう道中、立ちションする仲間を何度も置き去りにして戻るやりとりを1」カットで見せるなど贅沢な尺の使い方だが、自分も仲間の一員になった気になって、残酷な後半に仲間と過ごしたくだらない時間こそが最高に幸せだった、と気づかされる。

 

ベトナムの街中にあるロシアンルーレット賭博場で生ける屍となったニックを探し当て、取り戻すためにマイケル自ら勝負を仕掛ける二人の対決シーンは一度見たら永遠に忘れられない・・捕虜の時の対決シーンとの対比も見事であり、また鹿狩りで語られた「ワンショット:一発」が此処に来て不条理な引き金となる。

銃口を自分のこめかみにあて、友に「愛してる」と告げ引き金を引く、命を懸けた愛の告白は友人としてではなく真の愛の言葉I Love Youであったはず。最後にニックと「一発か?」「ああ、一発だ」とようやく通じた瞬間に、一発で撃ち抜かれて終わる永遠の別れ・・あまりにも辛すぎる。

最後は本当にマイケルのことを想い出したのだろうか?、ニックは正気に戻って辛い体験を思い出したくないために、ずっと狂気のままでいたかったのか?、これまで勝ち続けてこれたのは死を恐れない狂気のままだったからで、一瞬でもマイケルを思い出し生きたいと思ってしまったから弾が出てしまったのか?、死に場所を求めていたニックが、マイケルとの再会によってようやく魂が救済されたのか? 元に戻るのは不可能で廃人のまま他の人に殺されるより友人の手でラクにしてもらえて幸せだったのか?

※他に助ける方法はあったはず、マイケル捕虜時から運ありすぎ、ニックがこれまで勝つ確率があり得ないなど突っ込むのは野暮。

※実際のベトナム戦争では、このようなロシアンルーレットは無かったとのことで少し安心した・・

 

最後の「愛してる」にもあるように、マイケルのニックに対する熱い視線は、ダンス会場での巧妙に仕掛けられた3人の視線のやり取りなどからも明確に見えていたし、メリル・ストリープよりもクリストファー・ウォーケンの方を怪しく美しくソフトフォーカスで撮っていたようにも思える。

また、序盤で何度も歌われる「Can't Take My Eyes Off You 君の瞳に恋してる」の歌詞が示唆するもの(ゲイの曲として有名)も意図的であり、男達の友情の描写としても帰還後の決定的な変化との対比としても上手い(後に「ジャージー・ボーイズ」でクリストファー・ウォーケンが歌っているのも感慨深くイーストウッドのニクい演出)。

こんなに辛い映画だけど安らかな気持ちにもなるのは、やはり超有名な今作の美しいテーマ曲「CAVATINA」の力が大きいからだろう、「もう終わりだから安らかに眠ってね」と天国のニックに語りかけるような優しいクラシックギターのメロディ・・作曲はハンス・ジマーの師スタンリー・マイヤーズ、さらにギターはジョン・ウィリアムズという豪華コラボ、この旋律にまた撃ち抜かれる!

 

【役者】

ロバート・デニーロ(マイケル):当時35歳で最もハンサムだった頃、最初からラストの胸をえぐられるような表情までの変化を見事に表現、言うことなし。役作りのため、物語の舞台となったピッツバーグに撮影数ヶ月前から偽名で暮らしていた、そして鉄工所で働こうとしたが拒否されたとのこと、さすが役作りの鬼。

クリストファー・ウォーケン(ニック):今の悪魔のようなウォーケンが爽やかなイケメンだった頃、美青年から後半の廃人へのギャップ、精神がやられて喋れないニックが「目」だけで表現する鬼気迫る演技はアカデミー助演男優賞も納得。

メリル・ストリープ(リンダ):まだ無名で美人だった頃、デニーロが舞台で発見して推薦したらしい、メリルハンターでもあった。

ジョン・カザール(スタン):撮影時かなり肺ガンが進んでいたが最後まで撮りきり、作品公開を待たずして亡くなったそう、当時はメリル・ストリープと婚約していた。

 

【(ネタバレ)ラスト・考察】

1回目の鹿狩りでは、マイケルは鹿を躊躇なく銃弾一発で仕留めるなど命を奪うことをまるでゲームのように考えていたが、ベトナム戦争後の2回目の鹿狩りでは、狙いは定めても撃つことは出来ずわざと逃がしてしまう。戦地で自分たちの命を弄ばれるゲームにされてしまい、命を奪うことの恐ろしさを実感したことが認識を変えてしまったのか?

銃で撃たれる、命を弄ばれる、狩る側から狩られる側を体験した者だけが分かる “恐怖” や “愚かさ” を伴った戦争後の鹿狩りは、「ディア・ハンター Deer(Dear) Hunter」の意味合いが異なってくる。なぜマイケルが鹿を撃たなかったのか?そこに今作で監督が伝えようとした全てが集約されているのかもしれない。

 

ニックの葬式の後、ニックを偲んでグラスを掲げながら誰彼ともなく歌い出すのは「God Bless America」、戦争前と戦争後に歌うこの歌はまさに痛烈な皮肉となって響いてくる。祖国であるアメリカへの愛を誰のために歌うのか?、国を愛する意思というより、もう前と同じような気持ちには戻れないけれど、みんなで乗り越えて生きていくしかないのか・・

彼らの戦争はまだ終わってはいない、多くの傷跡を抱えながらこれからも永遠に続いていくのだ、それが戦争なのだ。