映画レビューでやす

年間500本以上観る会社員のありのままのレビュー

2023年 洋画ベスト

2023年もたくさんの映画を観てきました、映画館での新作はもちろん旧作・B級含めレンタルやネット配信(AmazonPrimeやNetflix含む)、テレビ放映など合わせてざっくり350本ほど、例年は500本レベルなので今年はかなり少なくなってしまった。映画館自体も過去一少なかったのは残念・反省。
そのうち2023年1月~12月公開の作品の中から、新作を中心に洋画・邦画に分けて独断と偏見で【ベスト20】を選んだので発表していきます(順位はその時の気分で変わるし、残念ながら見逃した作品もあるので見たら更新するかも?)。

 

ちなみに昨年2022年の洋画ベストはこんな感じでした。さて、今年はいかに?

reviewand.hatenablog.com

 

 

 

 

【第20位】「ウーマン・トーキング  私たちの選択」 

サラ・ポーリー監督の作品への思いと覚悟が伝わる今作、閉鎖的な村空間で女子に教育は必要ないと読み書きを教えてもらえず男性たちの性暴力などにただ従い耐えるしかない女性たちの一歩を踏み出す物語、時代背景を改めて見ると衝撃の2010年に起こった実話というのが信じられない(背景を知ってから見た方が良い)。ほとんど女性たちの話し合いだけで進むため、画面的には静かで地味だが、会話の展開や節々、言葉の重さに引き込まれていく緻密な脚本が素晴らしい(アカデミー脚色賞受賞も納得)。

重いテーマにじっくり丁寧な話し合いの末、彼女たちの出したコンセンサス・結論とは?(赦す・戦う・出ていくかの投票・・文字でなく絵)。張り詰めた空気、相手を傷つけるつもりは無くても出てしまう言葉、ずっと何かに怯えながらも妻・女・子どもそれぞれの立場での信条、希望、復讐など未来の選択肢、僅かに見えている光を求めて最善を探っていく。男たちの暴力に対抗するには教養と愛情が必要、女性の未来のために行動するのはいつの時代も大きな勇気と犠牲を伴うが、未来で同じ思いをする人がいなくなるようにという強い思いや願いが勝っているのだろう。

ルーニー・マーラは耐えながらも自分も含めて許す冷静で強さを持つ女性を見事に演じており、プロデューサーも努めたフランシス・マクドーマンドも確固たる信念が感じられた。悲しい泣きたいとき、苦しいときでもユーモアを忘れずに笑うこと、戦わずに進むこと、意見の違うものが話し合い寄り添い支え合うこと、その大切さを改めて思わされた。

 

 

 

 

【第19位】「対峙」 

劇場ではノーマークで配信で鑑賞、高校の銃乱射事件(犯人は自殺)から6年後、被害者と加害者の両親4人が対峙するという地獄のような重い設定で、取返しのつかない出来事の後にどんな救いがありうるのかを問う壮絶で強烈な密室劇。なぜ命を奪ったのか知りたい側と息子の異変に気づけず悔やむ側、両方とも保身や建前で取り繕いながら白熱してきて、あらゆる感情が剥き出しになってくる臨場感はとてつもない。

始まる前のセッティングなどの事前準備の長い場面が不穏さを高めると同時に様々な伏線となっていて、終始張り詰めた緊張感、緻密過ぎる脚本と実際の当事者にしか見えない役者4人の演技が素晴らしい。画面のアスペクト比がシーンによって変わる演出も合っていて、それぞれの感情を表現する多彩なカメラワークや過去の回想もBGMも挟まず会話だけで想像させるのも良い。

赦すー赦されないで繋がれた関係の中、赦すと言ったときの感情と意味合いの違い・・自分がそれぞれの立場になったと思うとどう対話できるのか自信が無い、子育ての正解なども無いし最大の愛情を持って育てたと言うしかないのか。今の世界の混迷や対立を見ていると今作がなおさら響いてくる、理解しあうことは出来なくもお互いの立場に思いを寄せて自分の気持ちに向き合っていく過程が大事なこと、全員が立ち直る必要はないのでは。。壮絶な会話劇の果てはどうなるのか? 重いが見応えあり、ぜひ。

 

 

 

 

【第18位】「熊は、いない」 

イランで逮捕されて自由を奪われても映画という武器で戦い続けるジャファル・パナヒ監督の新作(イランでは公開禁止)、国外逃亡したいカップルのドキュメンタリー映画を国境近くでリモート指示を出して撮る監督が、トラブルに巻き込まれカップル2組と辿る運命を描く。因習に囚われ自由の無いイランの現状と現実の重さを改めて実感、ガザ地区の戦争の勃発とイラン人女性のノーベル平和賞のタイミング、監督の強い意思と映画の使命を受け取るべき観るべき映画。

一見劇映画のようで完全なフィクションでないことが後半から分かってくる、現実と虚構の間を彷徨うのは得意のメタ構成、ラストシーンの素晴らしさと強い思いを感じつつもエンドロールでどうしようもない怒りと涙がこみあげてくる。国外に出ることを許されない監督自身の苦悩も伝わってくるが、理不尽な現実から目を逸らさないで世界にこの現状を伝えるという信念に心打たれる。

自由の無い世界から逃れること逃れた先でのリスク、根本的な解決にはこの世界に留まりこの場所で変えていくしかないのか? 熊とは何か?(熊出没注意から一種の慣習の脅しと捉えた、実際にいるかは問題ではなく熊がいると思わせればよい)、熊はいるのか、いないのかー熊はいるし、いないのだ。

 

 

 

 

【第17位】「CLOSE  クロース 

前作「Girl/ガール」に続きベルギーのルーカス・ドン監督が描く13歳の大親友の二人の少年に起こる関係性の移ろいを丁寧に描いた青春ドラマ、親密なというタイトルが痛切な悲しみとともに迫ってくる、少年少女時代の周りの視線を気にし過ぎて失敗した苦い経験を思い出された。思春期の繊細な感情の揺らぎを、優しい日差しや花畑など背景と共に視線や表情を中心に多くを語らず画だけで語っていく、映像や表情やセリフどこを切り取っても本当に美しい映画。

もっと素直に話し合えたらと思うが思春期では周囲の目も気になるし何気なく言われたとしても余計に反動も出てくるのが普通、彼らの間や事件の詳細な関係や背景も語られることは無いが、顔のアップを多用(視線の演出も見事)することで痛いほど表情から伝わる苦悩や態度、レオの目力含め二人や周りの演技力が素晴らしい。

特に後半からの罪悪感や喪失感に苛まれながら、何事もなかったかのように夢中で生きようともがく押しつぶされそうな感情に胸が締め付けられた。主演のダンブリン君がとにかく美しく神秘的な存在感、まさに成長する時期と重なった奇跡のショットは見どころ満載。2人だけの世界のままなら永遠だったのに・・それでも人と関わり合いながら大人になって生きていくしかないのだ。

 

 

 

 

【第16位】「逆転のトライアングル」 

気まずさを描かせたら世界一のリューベン・オストルンド監督、いちおう第3部の章分けがあり、一部ではモデル同士のカップルの関係が描かれ、序盤から毒とスパイスたっぷりの痛烈な視線から不穏な火種を残しつつ進んでいく、豪華客船の2部ではあらゆる富裕層の腐敗や愚行を容赦なく暴き、難破した生き残りの孤島での3部で社会的階層の逆転から皮肉のラストへ向かっていく。

男女や人種の格差・平等、多様性、承認欲求、自己顕示欲など現代社会の問題を話の内容だけでなく映像や音も不快感たっぷり、揺れまくる船の中での汚物っぷり(酔い注意)、物体としても人間的にも汚物まみれの世界も強烈(「せかいのおきく」と違ってこちらは色付き)だった。逆転とは言えやはり立場は人を変えるのか、見下していた奴らと同じになってしまうのが人間なのか、夢が覚めたら一層辛くなる現実。

過去作では小さな世界で起こる不幸や不運を辛辣・粘着的に描いた嫌らしさが、今回は少し大衆的に分かりやすくなっていて、露骨な物質主義や文明批判が説教くさくなっていたのに驚いた。個人的にはもっと挑発的に人間嫌いさを押し出し、皮肉さや不条理さに徹底して欲しいところ。結局、平等なんて幻想で何かしらのマウントで階層が出来上がるのが現実、格差の二極化と言われる今、ほどほどの中流がベストなのかもしれない・・セレブになっても性格は良いまま保たれればいいのだが。
  

 

 

 

【第15位】「スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース 

前作はアメコミをそのままアニメにしたアートアニメ表現の一つの到達点として革新的で圧倒的な評価だったが、今作は更に更新してきたのに驚き、新しさを追い求める貪欲な精神性と実行力にリスペクト(お金も労力も桁違い)。面白さと凄さではベスト10に入るレベルだけど続編ありきのため途中でここで終わるのかが残念であり次作を見て最終評価かな。

今回はまさにスパイダーマンのテーマである運命×マルチバースの極み、近年のマルチバースには正直飽き飽きしていたが今作は全く気にならない、運命なんてぶっ飛ばせ、アニメだから出来る展開や表現。どの並行世界でも必ず大切な人を失う運命を背負っている辛さ、運命を変えると世界が崩壊する中、マイルスを止めるべく前回より多種多様なスパイダーマンが出てきてみんなデザインもキャラも良くて堪らない。

様々なタイプのアニメ、実写やレゴなどの混在MIX、音楽も今回も最高のHIPHOPとアニメの相性が完璧、アクションシーンや縦横無尽のカメラワーク、映像だけでも何回も観たくなる。本作は過ち=mistakeというキーワードを通して、自分は過ちではないと奮起するが合わせて現実的な重みも増して響く。とにかく次作ビヨンド・ザ・スパイダースでどこまで超えてくるか楽しみで仕方ない。

   

 

 

 

【第14位】「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOLUME 3」

今年のアメコミ・マーベルは今作がダントツの面白さ、銀河を救ってきたはみ出し者チームが仲間を救うため支配者に立ち向かうシリーズ最終章、ロケットの想像以上に悲しい過去と共に疑似家族を形成してきたメンバーそれぞれの成長とほろ苦くも前向きな旅立ちを描く。メッセージ性、全キャラクターが引き立つ演出、相変わらず音楽のセンスも良く、テンポ良い展開にユーモア満載でアクションも最高ながら、もうこれ以上ない綺麗な終わり・らしい大団円に感動しかない、ジェームズ・ガン監督に感謝。

愛に友情、過去と未来、一人ひとりの成長や変化の描き方のバランスも良く、ラストのグルートの演出まで言うことなし、最後の「come and get your love」のも最高、こんなに幸せな気持ちで終われるとは一作目からは思わなかった。動物好きには辛いシーンもあるけど改めて身の回りの命の大切さに気付かせてくれる。

誰にでも秘密がある中で何を大事に誰を想ってどう生きるのか?、誰が欠けても成立しえない全員が仲間・家族として輝いていた、完璧な旅の終わりと新たな旅立ちに、みんなも宇宙の向こうで踊っているはず。さあ、ありのままの不完全さを愛そう!。

 

 

 

 

【第13位】「ヨーロッパ新世紀」 

カンヌ受賞の常連ルーマニアの巨星クリスティアン・ムンジウ監督の6年ぶりの新作、出稼ぎから帰ってきた村で勃発した些細な対立が深刻な紛争へ発展していく様子を描きながら、多くの火種を抱えたヨーロッパと分断された世界の現状を映し出す戦慄の社会派サスペンス。本来の敵はグローバル資本主義だろうが、対象が大き過ぎて身近なマイノリティを攻撃してしまう、外国人労働者、低賃金労働、人種差別、動物愛護などの社会問題、多様な人種が共存する欧州では一歩違った土地に行けば差別的な扱いを受ける可能性があるのも事実。

外国人は嫌だけど自分は低賃金では働きたくない、みな自分の正義を信じていて噛み合わずその歪みが更に対立・争いを生んでいく、中立派の主人公が危機感も薄く大きな渦にただ流され飲み込まれていくが、観ている我々も同じようで自分だったらどうするのか? ルーマニア語ハンガリー語などの字幕の色分けが新鮮で分かりやすく切り替わる瞬間も面白い、最大の見どころであるクライマックスは17分間にも及ぶ圧巻の固定カメラ長回しショット、住民が一堂に会する抗議集会での怒号と大炎上、壊れゆく世界の有様が鮮烈にあぶり出されている(「福田村事件」を思い出した)。

ゼノファビア(外国人嫌悪)という単語、よそ者への恐怖心はグローバリズムが必須のなか簡単に個々の問題レベルでは解決できない、移民や外国人労働者問題は今後の日本の課題でもあり根本的な解決は難しいが共存していく道を求めるしかないのだろう。

 

 

 

 

【第12位】「ザ・ホエール」 

ダーレン・アロノフスキー監督らしい主人公が理想とする終わり方への過程を描く物語、体重272キロの中年男性が余命わずかと宣告されて1週間で疎遠の娘との絆を取り戻そうと奮闘するヒューマンドラマ、狭い画角で暗く閉塞感に満ちた部屋内が中心の緊迫の室内劇。喪失の痛みや妻や娘への罪悪感をごまかすために暴飲暴食を繰り返す死への切望、自業自得もあるが観ていて本当に苦しく切ない、不器用ながらも真正面からぶつかって解けていくわだかまりと修復されていく絆。

最後にもがきながらもやり残したのは娘に「正直さ」を伝えること、正直であることは自分も苦しく人を傷つけたり不快にさせたりもするけど心を震わせることもできる。本音で向き合うことの尊さと人生をかけて証明する心から愛しているということ、正直な最後の想いを娘はどう受け取ったのか・・ラストシーンは人により捉え方は違うだろうが、クジラのような巨体の力強さと美しさが光り輝いていた。

救われないけど救われたい、孤独だけど誰かと繋がっていたい、自分勝手にしてた割には良い最期だったのは羨ましい、自分も娘を持つ身としていろいろ考えさせられた。心身バランスを崩して表舞台から遠ざかっていたブレンダン・フレイザーの演技は完全に心身ともに成りきっていて奇跡のカムバックとして納得の主演男優賞を獲得、毎日4時間かけた違和感のない巨漢そのもの特殊メイクも見事。娘役のセイディー・シンクも父への愛情が絶妙な演技で、献身的に支える友人の看護師ホン・チャウも良かった。
   

 

 

 

【第11位】「帰れない山」 

原作はイタリアの国際的ベストセラー小説、都会に住む少年が休暇で過ごす山の別荘で地元の少年と出会いそこから四半世紀の友情を描くヒューマンドラマ。山しか知らない野性味あふれるブルーノと自分に自信が持てず方向性が定まらないピエトロという対照的な二人が、アルプスの大自然の中で言葉少なく静かに淡々と進むストーリー。

ベタな感動ものの演出もなく観る人の感性が試される余白と時間、父との葛藤や孤独、あの時こうしていれば、無駄のないセリフ回しと余白、伏線も含めラストは印象深く余韻が続く。30年に渡って描かれる言葉を介さない心からの共鳴と友情はそれぞれの孤独の魂が強めていたのだろう、お互いの相手への思いやりが心に染みる。とにかく壮大な大自然の山々や渓谷の雄大さとそれにマッチした音楽と共に心が洗われる。

劇中に出てくる選択肢、世界の中心には最も高い山があり、そして8つの山に囲まれている、どちらに登った人がより多くのことを学んだのか? いろいろな生き方や人生があり、ある人生には戻れない山もあるけど、結局自分が選択した山を正解にするのは自分自身なのだ、自然と向き合って生きる難しさ、人生も谷あり山ありで自然と同じように優しくも厳しい。離れていても考え方が違っていても心の支えとなる友達が一人でもいればどんなに人生は素晴らしいものか改めて実感できた。

 

 

 

 

【第10位】「コンパートメントNo.6」

物語の舞台は世界最北の駅ムルマンスクに向かう寝台列車、1990年代モスクワで恋人にドタキャンされた考古学を学ぶフィンランド留学女生と、相部屋となった鉱山に出稼ぎに行くロシア青年との旅の行方を描く、これぞ最高の旅ロードムービーだった。外の景色や列車内の暗くて狭い冷ややかな空気の中、心細い女性の心を対照的な男性が埋めていき次第に温かみが増していく、二人の重要そうな出来事もあえて詳細は描かず多くを語らずで恋の全容は分からない、ラブストーリーとしては曖昧だけどシンプルに普通な関係が逆に良い、ラストの終わり方・切れ味も最高で温かい余韻が残る。

列車の個室という限られた空間で自分と他者との関係性を見つめ直していく、日常から離れることで今までの生活や恋人を俯瞰で見ると気付くことも多い。孤独感と危うさを抱えながら最果ての地に見た雄大な景色と彼女の生命力に溢れた表情に確かに再生と希望を見た。ロシアとフィンランドの複雑な歴史背景も暗喩になっているのかも?(大きな歴史や世界の摩擦も小さな客室の二人の関係に収斂できれば良いのに)。ラウラを演じるセイディ・ハーラの表情だけで伝わってくる繊細な機微、異国での他者たちとの間での終始緊張しこわばった顔の中、数えるほどしか見せない彼女の笑顔の温かさが素晴らしい。

旅は行き先ではなく人次第、出会う人で世界の広さも変わってくる、二度と会わなくても忘れてもかけがえのない大切な時間だったこと、人生のほんの一瞬の愛おしさがあったということ。逃げている時はどこへではなく、何から逃げているかを知ることが大切、そして内なる自分の声を一番信じること。ああ、旅に出たくなった、ハイスタ・ヴィットゥ!

 

 

 

 

【第9位】「別れる決心」

これまで官能的な描写を極めてきたパク・チャヌク監督が、直接的に性愛や暴力を映さない世界を描いたラブサスペンス、ある転落死への疑惑を巡る刑事と被疑者の女性の心理戦と男女の駆け引きを重ねた妖しい愛憎ロマンス劇。映像的な語りの手法や技法の大胆な活用、編集や構図の独特なテンポや切り口、まさにパク・チャヌク監督にしか作れない怪作だった。

一見よくある古典的な男女のノワール的な物語なのだが(いつもの気持ち悪さや胸糞は無し)、2回見ても全容が掴めた実感がなく惑わされているのが凄い。禁断の恋や純愛など単純な言葉では言えない二人の関係、許されないけど惹かれ合ってしまう曖昧な関係、韓国語と中国語の言語の掛け違いや取り込み方、「まなざし」の交差と視点だけで魅せる理解させるカメラアングルと距離感が凄い。直接は見せない色気、指先・呼吸音・ハンドクリームなど身体に触れないのにエロい高等テクニックの演出に興奮、近くにいるのに平行線をたどっているだけ、死者からの視点など生と死の強調、様々なメタファーと対比を全てを読み解くのは難しい。

2幕構成の山と海の舞台がラストで一つにぶつかり合う、一線を越える描写は一切ないのに深くて重い愛、全てを犠牲にできる人に出会えたことは二人には幸せだったに違いない、タイミングは違うがそれぞれの別れる決心があった。少ない言葉で相手への想いを表現する、パク・ヘイルの声や色気、タン・ウェイの危うい魅力と存在感も素晴らしかった。

 

 

 

 

【第8位】「バービー」

時代を超えて愛される有名ブランドネタ・バービーを実写映画化、直球の社会風刺とフェミニズムコメディとして個の尊厳をめぐるストーリーだが、辛辣ではなく可愛く笑えるセンスでポップでオシャレなエンタメ映画に仕上げて今年最大のヒット作にしたのが素晴らしい。ピンク色に染まったキュートな映像の中、永遠の幸福が続く完璧な世界で心の晴れないバービーの悩みが現実のルッキズムなど根深い問題へとつながっていく、賛否はあるだろうが予想以上に笑えて突き抜けていて気持ちが良かった。

女社会・男社会の中心を両極端に分かりやすく振れながら変わる点と変わらない点を描き、観る人の深層心理をあぶり出す鋭さ、人間界とバービーランドを対比しながら人生観や幸福論を深堀していく切り口はさすがグレタ・ガーウィグ監督(アカデミー監督賞漏れたのが謎)。単なる女性至上主義というわけでなく、ケン側の"I'm just ken"完璧な外見なのに添え物でしかない中身のない存在であることを自身で認識する葛藤、人間の世界の家父長制に憧れを持つところなども描いているので共感できる幅も広がる。

役者陣は自身でプロデューサーも努めたマーゴット・ロビーの完璧なバービー感人工感やスタイルに圧倒されるし、ライアン・ゴスリングの変化も見事。女だから・母親だから・痩せてるから・太っているから「こうあるべき」より「ありのままの自分らしさ」を自分の可能性を信じ認めてあげることが本当の美しさなのかな。「可能性は無限大よ」

 

 

 

 

【第7位】「イニシェリン島の精霊」 

親友から突然急に絶交を言い渡されたらどうするか?、小さな島で暮らすおじさん同士の痴話げんかに見えるが、その確執の小さい範囲ながら不思議なほどの普遍性や時空的なスケール感を感じさせる神話的な物語。演劇的な脚本と展開はさすがマーティン・マクドナー監督お得意のブラックコメディ―、復讐の連鎖や争いの始まりと終われない理由、長尺なので退屈な人もいるかも、政治的背景などメタファー満載なので予備知識があると更に良かったのかな。

アイルランドの美しい自然と純粋な動物たちが広がる中、陰湿な空気感で閉ざされた人間の負の感情が澱んでいき孤独感があふれ出す。だんだん激しくなる喧嘩の内容、閉鎖的な環境だと修復に必要な距離を取ることも出来ないのか、対岸では内戦が繰り広げられているが理不尽さは同じなのかも。優しい面と愚かな面が絶妙なバランス、誰がまともで誰が悪いのか、争いの元なんてこんなものかも、次第に何で戦っているのか分からなくなり止められなくなってくるのか?それらの争いを見ている我々には対岸の火事なのか。

役者陣の演技合戦も見どころで、コリン・ファレルの困り顔で何かうざい感じ、ブレンダン・グリーソンの頑固な存在感、バリー・コーガンの繊細さなどみんなハマり役。変化を望む・望まない・自分と違う相手の考えを変えるのは難しく理解し合うのも難しい、どちらが正しいとかではなく、せめて自分の話し方や人への接し方を改めて見つめなおそうと思うはず。。

 

 

 

 

【第6位】「フェイブルマンズ」 

世界中で愛される作品を手掛けてきた巨匠スピルバーグ監督が、映画に夢中になった自身の原体験を描く自伝的作品(なのにフェイブル=作り話、映画は現実を映し虚像を作り出す創作物)。夢や希望より差別や家族問題など暗い話も多いのだが、楽しむことや身近な人を喜ばせることが原動力となる原点の思いから映画愛がどの場面にもあふれ出ていてグっとくる(自作の小ネタも多い)。

喜びも悲しみに美しさも醜さも記録してしまうフィルムは尊くもあり残酷でもあり、映画の魔力に取りつかれ没入するほど映画と現実は交錯して苦悩や葛藤も深まる。人生が映画芸術と表裏一体であること、監督ならではの胸中が滲む、自らの作家性の核心をさらけ出して晩年期として振り返るだけの迫力が伝わってくる。映画とは単なるノスタルジーではなく、見ることで生き方そのものが揺らぐ、人を内側から永遠に変える芸術であることを改めて実感させられた。

自身の映画で母親の人生すら変えながら宿命的に映画に取り組み果敢に挑戦し続ける魂、特に学校で差別主義者でもすら悪として描かず映画の力で変容させる無限の可能性に心打たれた。ラストの地平線の話から晴れ晴れとした表情と歩き方も最高だが、映画としてはその後からの伝説の活躍ぶりを見たいところ!。ミシェル・ウイリアムズの母親ながら女の顔、ポール・ダノの父親役、何気に出てきたデヴィッド・リンチも素敵だった。

 

 

 

 

【第5位】「枯れ葉」 

引退撤回で待ってましたフィンランドの巨匠アキ・カウリスマキ6年ぶりの新作、スーパーで働く女性と酒に溺れる男性のしがない中年男女が恋に落ちて結ばれて終わるシンプル過ぎるラブストーリー、なのにこんなに洗練されたかわいい映画になるのは相変わらずカウリスマキ純度100%の唯一無二の作品。

研ぎ澄まされた匠の業で単調だけど退屈でなくクールだけど温かみのある感じ、ノスタルジックな衣装や街並みで別の世界に迷い込んだような感覚、無表情で言葉も少ない二人が繊細な眼差しやしぐさから深い愛が通じ合っているのが溢れている。赤青緑の絶妙な独特の映像色彩と構図、テレビでなくラジオ(ロシア・ウクライナ戦争ニュース)、スマホが登場しない、インテリア家具や机の上の小物類、酒とタバコと音楽、それらの哀愁と愛らしさ、時代設定は今なのに懐かしい映画を見ている感覚で81分と短めの時間でたっぷりと多幸感を味わえる。

愛すべき人々の普通の物語がどうしてこんなに心を動かすのか? 貧困と戦争、不安や不幸がつきまとうけど「小さな幸せを見つける喜び」が共有させるからだろう。俳優陣の少ないセリフで表情と小さな動きだけでユーモアと思いの変化を魅せる繊細な演技も素晴らしく、カラオケ王の歌(上手いのか?)やワンちゃんの可愛さ、ラストシーンも良き。辞めないでまた次作お願いします!

 

 

 

 

【第4位】「アフターサン」 

11歳の夏休みに父とビデオカメラで撮り合ったひと夏のビデオテープ、あの頃の父親の年齢に追いついた娘の視点で振り返り、映像の中に記憶を手繰り寄せながら知らなかった父親の一面を見出していく・・家庭用ビデオ(客観実像)と映画フィルム(主観記憶)と音楽レイブ(妄想)の3つの映像を見ながら父親への追憶を観客も疑似体験する。

ずっと不穏な空気感の漂う中、父が生と死の合間を揺れ動いているような感覚、子供から見ると絶対的に強い親の年相応に脆くて弱い姿を見ると胸が締め付けられる、気が付いたらリンクして自分ごととして(自分の父親と自分の娘の視点)思い返されて心揺さぶられる体験だった。二人の心のコントラストと愛と悲しみに満ちたやりとりから絶対に覗くことができない孤独、苦しんでいる原因は誰にも分からない中で、想像を掻き立てられ強烈な印象が記憶に焼き付いていく、ラスト近くのフラッシュバックの畳みかけは感動的で終わった後の余韻が半端ない。

とにかく演出や描写に一切無駄が無く映像と音楽はセンスの塊、切なくもエモい空気感とカメラワーク、初監督作とは思えないシャーロット・ウェルズ監督の凄さ、次作含め期待しかない。ただ万人受けはしないかも、経験や環境によって刺さる人にはぶっ刺さりいろんな解釈が出来る映画。親や子ども、大好きな人と今のままずっと一緒にいれたらいいのに・・時間が止まればいいのに・・大人になった今ならもっと色んなことを話せるのに、ただ会いたくて、逢いたい時に君はいない。

 

 

 

 

【第3位】「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」 

アメリカ在住の中国系移民女性がマルチバースをジャンプしながらカンフーマスターになったり別の宇宙の自分の力で世界を救うSFアクションコメディー。前作も奇想天外だったダニエルズ監督による何でもありてんこ盛りのエンタメ作であり、設定を上手く使い、移民や家族のドラマが感動的につづられる、昨年のアカデミー賞を席巻しアジア系俳優の再評価にもつながった新しい時代の幕開けを象徴する一作。

監督自身の闇落ち経験(移民やADHDなど)から光をもたらす人を見つける物語、時空を超えた壮大なスケールの物語が母の娘への愛・家族愛に収斂していく。ごちゃごちゃ散らかっているようだが普段の頭の中を描いているだけで、目まぐるしく変化していく感情や思考を多彩な人や物(石には感動)、編集、アクションで演出している、ギャグとシリアスの絡み合いバランスも見事。

普通のおばさんの何でもアリの大冒険は人はいろんな人生を歩んでいるという普遍性でもあり、最終的には母から子への無条件の愛に心打たれる、欲しい愛情表現がないから愛されてないわけでなく反抗や怒りも愛情の裏返し、結局は目の前の大切な人たちへの優しい気持ちを素直に出すシンプルなこと。ミシェル・ヨーは真価である最高峰のアクションを披露しつつコメディエンヌぶりも素晴らしい、そして夫のキー・ホイ・クァンも昔の子役時代から見事なカムバック。闇があるから光が見つかる、絶望があるから本当に大切なものを見つけ出し希望となる、人生にどんな可能性があろうと君を選ぶよ。

 

 

 

 

【第2位】「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」 

巨匠マーティン・スコセッシ監督、御年80歳にして衰え知らず、アメリカ先住民の連続怪死事件を巡る犯罪サスペンスの集大成でありまたチャレンジ精神あふれる大作。テーマは重くアメリカの黒歴史として最悪な事件に切り込んで、登場人物の行動と心情を丁寧に積み重ねるため3時間20分と長尺だが、飽きることない面白さで伝えたい内容がしっかり伝わるエンタメとなっている、当事者の監修もきっちり入れて肩入れもせず人間的に描くのが良い。

人間の滑稽さや非情さを余すとこなく描いており嫌な緊張感がずーっと漂っていて一瞬も気が抜けない感じ、先住民への白人の搾取を暴力的・宗教面から描きながらレオ様演じる小物をメインに愚かさを強調しているのが上手い。一組の夫婦の心理戦も見事でお互いの意図を分かりながらも割り切れない人間臭い感情の機微がラストの面会シーンに収斂していく、愛と金と憎しみの間で揺れ動き続けたお互いの表情が演技も含めて本当に素晴らしい。

監督とは6度目のタッグとなるレオ様はこういう少しお間抜けな悪人で情けない感じがよく似合うが、ただのクズではなく多面的な面を見事に怪演、デ・ニーロの物腰の柔らかさと裏のドス黒い恐ろしさの使い分けもさすがの説得力、何より部族出身のリリー・グラッドストーンの内に秘めた知性や芯の強さと圧倒的な存在感にやられるはず。その瞬間の大きなモノに流され調子よくやり過ごしながら欲には忠実に安易な選択を積み重ねる・・最低なクズ男と見ていたけど、あれ?自分もやってるか・・

 

 

 

 

【第1位】「TAR  ター」 

幻の名匠トッド・フィールド監督の奇跡の復活16年ぶりの新作(22年間でたったの3本)、ベルリン・フィルの常任指揮者まで上り詰めた気高く美しい女性の今時の視点ではなく、逆に横暴なハラスメントの加害者として落ちていくホラー?に近い展開が面白い。一回見ただけでは理解できない難解で意地の悪いART作品だが、序盤から積上げられる伏線や仕掛け、常に緊張感あふれる空気感での長回し、映画館で体験すべき音響の素晴らしさ。ストイックで控えめなカメラワーク、丁寧に作りこまれた美しい映像の中、じわじわと破滅的な物語が進行していくサイコスリラー、音楽の知識があるほど深みにハマって考察しがいのある好き嫌いはハッキリ分かれる作品。

何よりも天才指揮者ターが憑依したケイト・ブランシェット様の彼女のための彼女にしかできない至宝の演技、作品の指揮者としても彼女のドキュメンタリーを見ているよう。2時間40分出っ放しの長セリフも何のその、絶対的な権力によるパワハラを見事に体現していて実在の人物ではと錯覚するほど真に迫って憑依していた(業界内の権力はジャニーズ問題など日本も)。才能と努力で頂点に登り詰めたが、名声を守り続けるため周囲のプレッシャーや創作の苦しみ、妬みや陰謀で精神的に追い込まれ観ていて苦しくなってくる、どこまでが現実で妄想なのか分からないまま沈み込んでいく恐怖を体感できた。
驚愕のラストも呆然とずっと余韻に浸っている、観る人によって多様な解釈が出来るし観るたびに新しい発見や印象が揺れていく。音楽に苦しめれても音楽を諦めない、業であり生きるすべを背負いながら生き続けるのが人生、全てを失っても原点に至れるのは救いなのか? 今まで世界中どこを見ても権力は必ず腐敗していくもの、せめて
地位や権力を手にした時の振る舞いや引き際など、年齢を重ねるほど謙虚に生きなければと改めて実感させられた。

 

 

 

★【総括】

洋画の興行収入の1位はGW公開で話題になった「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」140.2億とダントツ、2位はシリーズものの2部作前半「ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE」54.3億、3位は前作や世界に比べると伸びなかった「アバター ウエイ・オブ・ウォーター」43.1億、そしてポリコレ志向で苦しんでいるディズニー作品としては「リトル・マーメイド」「マイ・エレメント」「ホーンテッド・マンション」もそこそこヒットはしている。アメコミ系も多く公開されたが似たり寄ったりであまり印象には残らず。
今年は巨匠の存在の強さを感じる年だった、スピルバーグ、スコセッシ、カウリスマキヴェンダース、イエジーヴァーホーヴェンなど(日本では宮崎駿)80歳レベルでこれだけ独創的で自由な完成度の高い作品を作り上げるのは尊敬しかない。また、倫理・道徳上に問題ありの人や環境を映画という本質的に危険なフォーマットを利用して観客に問いかける(一定の距離感で偏らず)作品が多く心動かされた。様々な社会問題や性暴力など重いテーマも多かったが、「未来から振り返ってあの時あんたら何してたの?と問われて、堂々と答えられる振る舞いをする」という考え方は、ジャーナリズムだけでなく本当に全ての行動の原点としたいと思った。

今年も邦高洋低で日本でのハリウッド映画の興行がパッとしないのも続いており、円の弱さも相まって日本市場が軽視されていく流れも避けたいところ、アメリカでは60年ぶりのハリウッドでのストライキの影響が大きかったが日本はそこまで無かったような感じ(来年に効いてくる?)。一方で日本のコンテンツの目覚ましい活躍ぶり、ゴジラゼルダ、マリオ、大谷翔平井上尚弥、YOASOBI、数々のマンガとアニメ、まだ眠れるお宝もたくさんあり、このチャンスを更に加速して欲しいところ。(スト明けの大作映画の逆襲、アメコミ・ポリコレ疲れの回復が本格的に来る前に)

 

自分のベストを振り返ると、1位から3位まではジャンルが違って甲乙つけがたかったが、ケイトの化け物演技と音楽・演出的にも一番完成度や心に残った「TAR」を1位に、「キラーズ」もスコセッシ監督の近年ベストでテーマ共に重厚で見応えあり、「エブエブ」の破天荒なりに感動させてしまう力技にも唸らされた。

そんな中、小規模な「アフターサン」の娘を持つ父親としての共感度、「枯れ葉」の年齢を重ねたなりの響き方があり、鬼才監督の個性が際立つ「別れる決心」「ザ・ホエール」、「コンパートメント」「帰れない山」「クロース」の新しいセンス、「ヨーロッパ」「熊」の国や移民問題の描き方、「フェイブル」の映画への情熱愛、「イニシェリン」「バービー」の現代の社会問題を寓話で皮肉っぷりなどが良かった。「ガーディアンズ3」「スパイダーバース」もエンタメ映画としてはベスト10に入っていい面白さで、「対話」「ウーマントーキング」の会話劇としての完成度も見事だった。

 

 

 

残念ながらベスト20から漏れた作品にも素晴らしいものが多かったので、以下に【次点】の5作品をあげておきます。

 

【次点】「EO  イーオー」 

85歳イエジー・スコリモフスキ監督の7年ぶりとなる作品は何とEOという名のロバが主人公(ブレッソンのバルタザールが原典なのかな?)、EQの旅を見守りつつEOの目線で予期せぬ放浪の旅の中、善人にも悪人にも出会いながら荒波を越えていく物悲しいロードムービー

監督お得意の鮮烈な印象をもたらすクライマックスの一瞬に向けた構成と巧妙な演出、、主役は言葉を発しないのでサイレント映画として的確で多彩なショットとカット、臨場感あふれるカメラワークと効果的な音響が言葉を不要として各場面の意味合いを際立たせている。あちこち転々とさせられ抵抗もせず受難を受け入れるだけ、行く先々で人々がいがみ合い暴力を振るわれたり人間の都合に振り回される動物たち、人間も自らに振り回されているのだが・・ロバの目が美しく思慮深く全部分かっているようでいたたまれなくなる、ロバの視点から見ても人間世界の愚かしさや残酷さに意外性を感じないのが自分でも怖い、映画を見ている我々もEOに見られているのだ。

ロバは記憶力が良く図太く愚鈍な象徴としてウマとは違った目線があるのだろう、悲しそうに見えても人間の倫理感からの解釈でありロバ本人には社会性も倫理観もなく実際は何を想っているのか? ラストは優しいパートナーとの再会を求めている物言えぬロバが過酷な現実を乗り越え悲劇を反転させる円環として成り立つのかもしれない。動物を傷つけていません・・今作にもこの一文が入るがこれも人間のエゴに感じてしまった。

 

 

 

【次点】「ベネデッタ

これまた御大ポール・ヴァーホーヴェン監督の新作、実在した修道女ベネデッタ、聖女と崇められた一方で同性愛で裁判にかけられた、身体に現れた聖痕は本物なのか?自作自演なのか?信仰と権力と愛欲と嘘と真実に翻弄される物語。84歳を超えて枯れない奔放さが凄すぎる、相変わらずエロもグロも惜しみなく自分の描きたいように表現していて各方面からは怒られている不謹慎さがやはり面白い。

毎回同性愛を扱うのはキリスト教へのアンチテーゼもあり、ペストが流行した時代の宗教の立ち位置、がっつりエロが多いのだがカメラワークや演出もあり下品過ぎないのもさすが。セックスと暴力の描写が多いが聖人とは?神に救われるとは?宗教自体の存在意義をあぶり出す、信仰の本質は困った時の神頼みなのか?マリア像に落とし込むのも見事。彼女視点では本気で敬虔な狂信者として奇跡が起きているようでも、第3者視点では権力への虚栄心溢れる狡猾な策士にも見える構図、妄想を真実に転換してしまう、嘘つきの嘘は真実か嘘か?観る人によって全く異なる人物像が浮かび上がるところが面白い。

主役ビルジニー・エフィラの完全憑依のイッちゃてる感が半端なく、修道院長のシャーロット・ランブリングの貫禄のヤバい演技が素晴らしい。しかし、でかいモザイクは本当に興ざめ、いい加減見直してもいい時期では・・

  

 

 

【次点】「SHE SAID  その名を暴け」 

世界中で社会現象となった"#MeToo"運動の始まりを爆発させ社会を動かした女性たちの実話、数々の名作を手掛けハリウッドで”神”と呼ばれたプロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの何十年にもわたる性的暴行事件に対して真実を追求したジャーナリストの物語。まさに今の日本でもようやく本格化してきたが、権力者が好き放題できる社会は許されないで健全化されて声をあげやすくなったのは素晴らしく、今作を見ると改めて性加害は許せないと実感できる。

ドキュメンタリータッチで感動的な展開にせずリアリティある淡々とした雰囲気で進めたのが良かった、実際の被害者の名前も出てきて、この記事が世に出なければ今も続いていたかと思うとゾッとする。声を奪われた人たちの救われない世界を変える報道の力、何度も心奪われながらも覚悟して振り絞った勇気、インタビューや電話のシーンはグっとくる。素晴らしい記者も大勢いるのも事実、2人の記者を演じたキャリー・マリガンとゾーイ・カザンも見事で子どもや家庭・生活環境も映し出し仕事に苦しみ仕事に救われる姿にも感動。

本当に社会を変えるべき記事やマスコミには敬意と応援はしたいが、注目・売れれば良い媒体での記事に溢れて大切なものを見失うのも怖い、ワインスタインが昔1990年の話だぞと怒っていたが、今の話題も10年前の話はどうなの?あの頃の空気感だと少しでも思っていた自分を恥じたい。。同じように業界の大物会長の下で横行するハラスメントに直面する「アシスタント」も徹底したリアリティぶりに打ちのめされた。

 

 

 

【次点】「トリとロキタ」 

カンヌ常連のダルデンヌ監督の新作は代名詞と言えるBGMなし、未経験の主演俳優、無駄のない削ぎ落されたリアルな作劇と先の読めないサスペンスだが、今までで一番怒りが滲んでいる作品となった。ずっと緊張感が続き突発的なアクションとスピード感、ドキュメンタリーを超えるリアルな描写を通して、分断が進む世界で祖国を追われたものはどこで安息を得られるのか、いま世界が直面している問題・人間の尊厳の在り方を突き付ける。

人公は幼いしっかり者のトリと10代後半のロキタがビザ取得のため疑似姉弟として、祖国の家族のため運び屋以外の非人間的な労働環境に押し込められていく、子どもゆえに短絡的な考えで危険に入り込み判断を誤ってしまうもどかしさと悪い大人や社会の容赦なさ。パニック発作とメンタルに深い傷を負いながら、ひたすら搾取やセクハラなどが更にすり減らしていく、とにかく見ていて辛く息苦しいがこれが現実、人間は利用できるものにはこんなに残酷になれるのか。

いつものラストで明確なオチを付けず可能性と余韻を残す作風とは違って、今回は難民が味わう辛酸を無慈悲に揺るがない現実の世界の出来事として叩きつけ、最後の衝撃と虚無感がずっと残ってしまう。誰もやりたがらないリスクの高い仕事は持たざる者に回ってくるが生活のためには助かっているのも事実。美しく激しい決して揺るがない友情、この若い二人の亡命者に共感・怒りを覚えた観客が社会に蔓延する不正義に一歩踏み出す勇気をくれるはず、観るべき一作。

 

 

 

【次点】「オオカミの家 

チリの現代美術作家たった二人で5年かけて作り上げた壮絶なストップモーションアートアニメ作品、あえてベストから外すぐらい凄すぎてビビった、ホラー美術館に迷い込んだような新しい体験映画だった(観るのには精神的・体力的にも覚悟が必要)。チリにある実在のコミューン(コロニア・ディグニダ事件)にインスパイアされており歴史背景も必要だが、多面的で多義的な解釈ができる、虚構でしか描けない真実をあぶり出し普遍性まで捉えているのが見事。

生まれ育った外部環境や空気感のもたらす影響は簡単には抜けず、自分でも気づかないうちに刷り込まれて無意識に出てしまう、被害者が加害者に転じてしまう連鎖していく悪循環、オオカミが敵なのか味方なのか、善悪も分からないのも今の世の中だし、オオカミもブタも自分の中にはいる。洗脳や依存症から逃げ切るには自己精神力や外部協力者の根気強さが必須なのだろう、コロニー肯定プロパガンダと見るかは人によるか。

とにかく見たことのない平面と立体の混在する演出や音響が凄い(マーリーアーの囁き声が離れない)、この不穏な悪夢のカルト的世界観を完成させたのは想像するだけで気が狂いそうな作業工程が浮かびつつ、内容は非常に分かりづらいが映像だけでも観る価値あり(CGに見慣れた人やクリエイターの方、ヤン・シュヴァンクマイエルの世界観が好き・更に衝撃を受けたい方)。

 

 

 

※【2023年 洋画ベスト 一覧】 

① TAR  ター

② キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン

③ エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

④ アフターサン

⑤ 枯れ葉

⑥ フェイブルマンズ

⑦ イニシェリン島の精霊

⑧ バービー

⑨ 別れる決心

⑩ コンパートメントNo.6

⑪ 帰れない山

⑫ ザ・ホエール

⑬ ヨーロッパ新世紀

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOLUME 3

スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース

⑯ 逆転のトライアングル

⑰ CLOSE  クロース

⑱ 熊は、いない

⑲ 対峙

⑳ ウーマン・トーキング 私たちの選択

 

(次点)

〇 EO  イーオー

〇 ベネデッタ

〇 SHE SAID  その名を暴け

〇 トリとロキタ

〇 オオカミの家