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「ナイチンゲール」 ★★★★ 4.0

◆「トゥルーグリッド」+「ブリムストーン」+「レヴェナント」差別・暴力に対する等身大の女性の復讐劇、自由に羽ばたいて歌い奏でーる鳥の歌、ビリー・ジーンときた

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植民地時代のオーストラリア、夫と子供を鬼畜イギリス軍将校に殺され集団陵辱されたアイルランド人女性クレアが、アボリジニの案内人ビリーを連れて復讐に向かうリベンジ・スリラー&バディ・ロードムービー1800年代オーストラリアの原住民である黒人は家畜以下、女性は所有物という当時の激しい人種差別・性差別・価値観をテーマに、前作「ババドッグ」(ワンオペ育児ホラー)も面白かった女性監督ジェニファー・ケントが深い静かな怒りを込めて描いている。

タスマニアの森の深い緑の中、女性への非道や白人によるアボリジニの迫害など人間の愚かな行いを悠久の大自然と対比しながら、陰湿な色彩と凄惨な暴力描写でリベンジしていくが、単なる復讐ものとしてスカッとするわけではない。胸糞悪い展開での容赦のない136分で観た後はヘヴィー級のダメージで疲れ切るが、このような事が昔も今もどこかで起きてる事実を含めいろいろと考えさせられる(トリアーの助監督だったのも納得)。

誰にも支配されず生きることがいかに難しいか?、復讐心だけで身体を動かし少しでも気を緩めると狂ってしまう極限状態で、いざ相手を目の前にして足がすくんで動かなくなるなど等身大の女性なのがリアル、最初と復讐を誓った後のガラリと変わるクレアの表情など主演のアイスリング・フランシオンの演技が素晴らしかった。

 

第75回ベネチア国際映画祭で審査員特別賞を受賞したが、各国際映画祭では過激なシーンが物議を呼んだように女性への卑劣な行為や不条理で残酷な暴力、子供を殺すシーンまであるので苦手な人は注意が必要。王道のリベンジ映画の面白さを期待すぎると少し違うだろうが、見応え十分の観るべき映画ではある。

ちなみに19世紀オーストラリアの歴史背景は劇中では全く説明してくれないので事前に知っておいた方が分かりやすいはず・・イギリス軍がタスマニア島を植民地支配し原住民アボリジニの虐殺と強制移住、種族の絶滅へ至る「ブラック・ウォー」、またアイルランド人の囚人をタスマニアに流刑にして労働力として使役していた、など基礎知識は必要。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)演出・コメント】

内容のわりに意外と観やすい構成、BGMが一切なく、安息の地としての行き場の無さと感情のやり場の無さを4:3のスタンダードサイズで緊迫感巧みに表現しているのは良かった。

クレアも単なる被害者として描かれておらず、案内人として雇うアボリジニのビリーに対しての差別意識を隠していない、ビリーから見ればイギリス人もアイルランド人もよそから来た同じ白人という意識もリアル。最初は金で繋がったよそよそしい二人の関係が、お互いの抑圧の歴史を知ることで少しづつ距離が縮まっていく展開は一見ベタだけど、その過程が丁寧に描かれていて良かった。二人の寝床の距離がだんだんと接近していったり、最初はビリーを「ボーイ」と呼んでこき使っていたのが、途中からはお互いを名前で呼び合うようになっていった。

映画の大半は深い緑の森での追跡シーン、足跡を頼りに追跡しつつ、現地で食料を調達したり寝床を確保するなどサバイバル的な面白さもある(ビリーの何でも出来すぎくん振りも凄かった)。

何と言ってもイギリス人サイコパス将校の鬼畜の極悪ぶりが胸糞すぎて凄かった、演じたサム・クラフリンがイケメンだけに不愉快であり、冒頭から最大の地獄の山場でその後も自分の出世のためにやりたい放題、部下に対しても酷いし将校になれたのが信じられないほど。

クレアは家族も尊厳も失って復讐の鬼になるが、よくあるリベンジものみたいに何かに覚醒するわけでもない、何も考えずに勝手に行動するし敵を前にしてもためらいを感じたり怖気づくのがイライラさせられるが、これがまたリアルでもある。圧倒的な抑圧を植え付けられるといざとなっても体がすくんでしまうだろうし、最初に1番まともだった部下をめった刺しで殺した後の我に返った恐怖心、その後トラウマに苦しめられる痛々しさなど、元々は普通の大人しい女性だったのだから現実的には当たり前だろう。男性監督の作る女性リベンジ映画は狂ったように殺していくが、このあたりの実際の弱さや母乳が溢れ出て胸の部分が濡れている描写などは女性監督ならではだろう。

 

映画のタイトルの「ナイチンゲール」は夜鳴きウグイスで別名は墓場鳥、美しい歌声のクレアを指しているが、クレア役の女優がオペラ歌手ということもあり劇中での歌声も魅力的だった。相棒のビリーの方も「クロウタドリ」という鳥をあがめており、何でも出来て最後まで良い人過ぎてジーンときた、彼がいなければクレアは何もできなかっただろうし、演じたバイカリ・ガナンバルも見事だった。

二人とも鳥の様に自由を得るためには一緒に協力して戦っていくしかない。途中で老夫婦に拾われて差別されることなくビリーが食卓へ招かれて泣くところはグッときたし、一方で黒人にも悪い人間はいるという話をしたり、埋め難い溝をかなり誠実に描こうとしていていた。何気に馬のベッキーも大変だったろうから最後まで元気でいてくれて良かった。

話的には典型的な西部劇の復讐もので、全編の暗い雰囲気や陰惨な描写は、思い出される映画として「トゥルーグリッド」+「ブリムストーン」+「レヴェナント」があげられる。比べると復讐シーンとしては盛り立てた割にぬるくて消化不良感が否めないがテーマ的に仕方がないところ。

 

【(ネタバレ)ラスト・コメント】

森を抜け町に出てようやく将校に会うが、クレアは将校を殺すのではなく、今まで「俺のために歌え」と強制させられていた歌を自分の意志のまま歌い訴えかける。おそらくその姿を見て感化されたのだろう、ビリーは自らの尊厳と誇りをかけて民族の戦士となって、将校の部屋に行き竹槍で一突きで殺してしまう。これまでの鬼畜ぶりからすると、出来ればクレアに地獄のような酷い復讐をして欲しかったとも思うが、それぞれの鳥に合った相応しい決着の付け方だったのではないだろうか。。

しかし二人のこの先にはまだまだ困難が待ち構えているはず、どんなに理不尽であろうとも流刑囚の女がイギリス将校を殺した(と思われてしまう)ならばただでは済まないだろうし、結局タスマニアアボリジニは戦争によって絶滅してしまうのだ。

ラストの海辺で二人がたたずむシーン、最後に昇る朝日の美しさが二人の心を表しているようで、せめて昇る太陽は希望の象徴であって欲しい、本当の夜明けが二人に訪れて欲しい、と願わざるを得ない(バックで流れるザ・チーフタンズの名曲にもグッと来た)。