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年間500本以上観る会社員のありのままのレビュー

「新聞記者」 ★★★★☆ 4.5

◆この映画をフィクションに感じない今の日本の怖さ「誰よりも自分をこの映画をメディアを信じ疑え」「形だけの民主主義(政権付き)に正拳突き!」

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東京新聞記者・望月衣塑子の著書を原案に、国家権力の闇を追う若き女性新聞記者と、内閣情報調査室エリート官僚の対峙と葛藤を描く社会派ポリティカル・サスペンス。監督は前作「デイアンドナイト」も素晴らしかった藤井道人で、最近の日本では珍しく政治的に攻めた内容も含め楽しみにしていた。

話題作だけに劇場は満席で、ほぼ8割くらいは高齢者で若い人が少なかったのが現実的というか・・今の政治離れなのか? まあ、ほとんどテレビやマスコミが取り上げていないし、大手はみんな手を引いたのか広告代理店も入ってなく、テレビCMはもちろん広告もポスターもあまり見かけないのも現実的で恐ろしい。。

上映中は、劇場内みんな息をするのを忘れるくらい集中していて、エンドロールも途中で立つ人もなく、終わったあと拍手が鳴り響いていた・・いかにも見かけや服装からしてそっち系の人たちが多かったけど。

 

内容は、「自主規制」「忖度報道」マスコミ経営陣の首根っこが自民党に掴まれてるかのようなご時世、今の日本でよくこれだけ時の政権の不正ネタをぶっこんだ映画を公開できたなあと、相当の覚悟で作った気骨溢れる作品だった。政治に無関心な多くの国民に対する警告であり、同時にメディア関係者自身への警告にもなっている。

ネットニュースが浸透してきて、既存の新聞やTV、週刊誌がマスゴミと揶揄される時代、真実を求める記者たちがどれくらいいるのか?(いまだ遺族に群がる記者たち)、本来の国家権力を監視すべきジャーナリストたちがどれくらいいるのか?、そして国民のために働く官僚たちがどれくらいいるのか? 政権にベッタリのお抱え新聞をはじめ、日本の報道の自由度ランキングはどんどん下がって現在67位、いまや世界的に独裁国家と評価されたりするレベルとなっている。

今作は、内調と新聞というコインの裏表のように正反対であり一体である関係性の難しさが際立つ作品だったが、今作をきっかけに、こういう社会派映画(娯楽作でもドキュメンタリーでも)がもっと映画として一般化して、面白くなっていくことを期待したい。

 

テーマとしては凄く重いが、今だからこそ観る価値あり、フィクションとはいえ以下のように元ネタ丸わかりのエピソードが満載だが、メイン事件の真相は少し現実とはかけ離れている感はあり。まあ、実際のモリカケ問題だけだと映画的に盛り上がらないのでインパクトを与えたかったのだろう。

・森友/加計問題にまつわる口利き、文書改ざん問題、・財務省近畿財務局職員/官僚の自殺、・文部科学事務次官前川喜平)の「出会い系バー」報道、・元TBSの政権お抱え記者の山口敬之への実名(伊藤詩織)での性被害レイプ告発

この数年続けて報道されている事実を改めて見せられ、今作では更にその後ろにある情報操作の闇を見せつけられると、いったい何を信じたらいいのか分からなくなる。ただ、もうみんな薄々分かっている、今の時代あらゆるものが情報操作に踊らされていること、それを見て見ぬふりをしていることを・・踊らされる方がラクだということも分かっているのだ。

 

今作に出てくる内閣官房の直下組織である内閣情報調査室は強烈で、ネットを駆使して政権安定させる方向へ国民を誘導しようとするのだが、一般国民でも情報をでっち上げる(レイプされた被害者の人間関係を勝手に作ってチャート図にしてばらまく)など、手段を選ばず卑劣極まりないものとして描かれる。もちろんフィクションとして強調されていて実態ではないのだが、もはや都市伝説でもなく、現実を見るとあながち嘘でもないのだろう・・政権に都合の良すぎる情報がタイミングよく次々と出てきたのも事実だし(しかし優秀な官僚に馬鹿みたいな仕事をさせないでほしい)。

情報操作、世論扇動なんて昔から政府も企業もやっているし(メディアはそれが本職)、ネットの時代になり更に巧妙かつ戦略的に展開されている。ネット情報に対するリテラシー・意識が低すぎる国民側も問題だが、各党がネットサポーターズに依頼してSNSに拡散させるというシーンも現実的で特に驚かない人も多いのでは。だからこそ、権力側の信じる正義、良心のせめぎ合いと葛藤、その人間ドラマをもっと見たかったとも思う。。今作では「総理」「内閣官房」が一切出てこないが、忖度?指示を出して(出させ)いる元凶をあえて描かないのはドラマの構成上仕方ないのか・・

 

結局、女性記者の父からの言葉である「誰よりも自分を信じて疑え」、これが一番大切なことであり、私たちへのメッセージなのだろう。善も悪もその人のラインによって決められる、何を信じるのか?、何を正義とするのか?、何を守るのか?、メディアが報じる情報を鵜呑みにせず(印象操作の可能性もあり)、何が真実なのか自分で考えること。そのためには、日々いろいろと読んで聞いて、様々な人と話しながら自分の意見を確立していくしかない。

いずれにせよ無関心が一番怖い、政治を自分ごとで語れないのは恥ずかしいという認識を持つことも大切で、海外では家族や友だちと日常的に政治の話をしているのには、まだまだ程遠い・・

「この国の民主主義は形だけでいいんだ」このラストのセリフが誰もに響くのは、官僚や政府の傲慢さ、国民側の意識の薄さ怠慢さの全てが集約されているからではないだろうか? 参院選を目前に控えた今、何をするべきか・・映画としては不満点も多いが、考えるきっかけを与えてくれる作品には違いない。

 

【演出】

藤井監督独特のダークトーンの画作り、逆光フレア多用で全てのカットが作りこまれていて、前作に続き光と影のコントラストが強調されている。全体的に色が少なく、特に内閣調査室は全て暗いブルーグレイで統一していて、冷たさと非現実感が相まって異質なものに感じられる。いや明らかにやり過ぎなのだが・・普通の人なら一日で気が狂いそう・・(廊下は一面真っ白で切り替えが気持ち悪い)。

カメラワークも新聞社内は、緊張感をあおる演出もあり、手ブレで過剰なくらい揺れるので画面酔いには注意、一方で内閣調査室内は常に固定カメラで安定させ、淡々とパソコンに向かうだけのロボットの無機質感を漂わせている。ただ終盤のリーク記事作成のシーンからは新聞社側も固定に変わってたような気もするのは気のせいか?

あと、オープニングのじわじわ回転するタイトルバック(前作でも360度回転パンがあった)や、主人公の部屋など真上から俯瞰して撮る構図も多用していて面白い。ただ、ちょこちょこ表示されるTwitterの画面はかなり見づらかった。。

主人公の勤める新聞社は架空の社名「東都新聞」(東京新聞のこと)だけど、追随したという他社は実名になっていた「朝日新聞」「毎日新聞」のは何か意図を感じて違和感が残った。。まあ、朝日新聞は協賛してるし、劇中に映るTV討論会には前川喜平氏と原作者「東京新聞」の望月衣塑子氏が本人出演しているので明らかだが・・

そして、内容的に単館系かと思いきや配給はスクリーン保有数日本一のイオンシネマ(もっとアピールしてもいいのに)、客層が今作のターゲットと合っているかより、どうしても岡田克也氏を思い浮かべてしまう。本編前に立憲民主党のCMが流れていたのもなるほどだし。。

というように、今作自体も何かしらのバイアスはかかっているので、すべてを鵜呑みにしないで自分なりに判断することが大事!

 

個人的に少し残念に感じたのは、「新聞記者」というタイトルに反して、記者たちの取材活動の描写が弱いところ、最大の見所になるはずのタフな交渉や多種多様な情報源からの裏どり情報が徐々に組み合わされ、やがて驚くべき真実が明らかになる、といった展開ではなかった。基本的にSNSに個人コメントを書く時間があるなら、もっと本来の記事になるまでの背景・苦労を見たかった。

あとはやはり、ノンフィクションかフィクションかどちらかに振り切って欲しかったかな。エンタメに徹してもいいのに主張したいノンフィクションの部分が浮き過ぎてバランスが取れていないように感じてしまったので。そんな簡単に正義と悪は分けられるものではないはず、それぞれの立場を超えた先にあるものを投げかけてきて欲しかった。。あちらにはあちらの正義があり、こちらにもこちらの正義があるはずで闇もしかり、それらを見極めるのは、われわれ自身のはず・・

今作のエンドロールには森達也の名前もクレジットされてたが、森達也監督のドキュメンタリー版も見たみたいと思ってしまった。

 

近年、ハリウッドでは「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」、「記者たち 衝撃と畏怖の真実」、「スポットライト 世紀のスクープ」、「バイス」など、韓国でも「タクシー運転手」「1987、ある闘いの真実」など、時代の権力とマスコミの闘いを描いた映画が続々と作られていて、どれも見事な傑作となっている。

今作は映画的強度ではまだこれらの作品に及んでないと思うが、今の日本で出来るギリギリを攻めてヒットしている現状を作り出したことにとにかく拍手を送りたい。今作をきっかけに更に色んな角度から切り込んだ社会派作品が出てきて欲しいし、映画には社会を変える力があると信じているので、藤井監督(まだ32歳)をはじめ若手監督の心意気に期待したい!

 

【役者】

松坂桃李(エリート官僚):「娼年」、「孤狼の血」に続き今回も攻めた役で、事務所含めよく出演OKさせたなあと心配になるが、更に幅も広がり今のこの年代ではトップクラスなのは間違いない。怯え、怒り、後悔、覚悟など様々な心情の変化と弱さと強さの揺れがとてもよく伝わってきて、やはり目の演技は素晴らしい。ラスト横断歩道の向こう側の表情・目に滲むものには誰もが心をつかまれ考えさせされる。

・シム・ウンギョン(新聞記者):「サニー」のナミ役が懐かしく大人になったなあの第一印象も、すぐに忘れさせるほどの迫力ある演技。冒頭からの怯えるように何かを探す様な目、父の死に際しての嗚咽、ラストに向かって鋭くなっていく表情と彼女の表情の変化で物語が理解できるほど。

誰もがなぜに韓国人女優なのか?と穿った見方・大人の事情を推測してしまうし、たどたどしい日本語に違和感を感じる人も多いだろうが・・結果的に日本の慣習や同調圧力に屈しない別の感性を持つキャラとしては正解だったと思う。当初は蒼井優という話もあったようだが、それも見てみたかった、まあ主演が日本人でないことが現実的で1番皮肉が効いているのかも。赤(上着やストール)が印象的だが日の丸、怒り、闘い、血などを表しているのか? 

・本田翼(エリート官僚の奥さん):一番ビックリの配役も納得、ひたすら自分を押し殺してまでも旦那の邪魔をせずに支える出来過ぎな奥さんで、終始緊張感の漂う中で見た目の可愛さや声に癒される。この怖いくらい出来過ぎな奥さんは、現政権や支持する高所得者層の理想とする作られた”奥さん像”であり、あえて古い価値観を持つ人たちへのカウンターとして設定したのだと思う。今のポリコレ・フェニミズム時代に、高級マンションに住む優雅な専業主婦が「お父さんは日本を守るために頑張ってる」と娘に語りかける薄っぺらさが、あえて本田翼を採用した、何か違和感を感じさせる正体なのかもしれない。

田中哲司(内閣調査室長):前作「デイアンドナイト」の敵役も圧巻だったが、今作も人間の感情を排したようなキャラクターの恐ろしさは凄かった。笑っても、怒っても、表情が変わらず、最小限の言葉と動作で追い詰める、何も見ていないようで、全て見透かされているような眼差しが恐ろしい。前作も含めて助演男優賞にノミネートされてもおかしくないレベル。

・その他、高橋和也(昔の自殺した上司)と西田尚美(その妻)も、さすがの安定感。

 

※ここからネタばれ注意 

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【ラスト(ネタばれ)・考察】

ようやく証拠資料を入手し(こんな重要書類が鍵もかかってない机にあるのは無理があるが)、新聞記者に渡してスクープ記事となり、資料の信憑性のため情報提供者として実名告発も辞さない覚悟だったが・・直前に室長に呼び出されて「お前、来月子供が生まれるそうじゃないか・・」、当然バレていて実名告発した場合の今後の処遇・行く末と、実名告発しないで対応策をとった場合の今後の安定・保証の2択を迫られる。

このシーンの二人の演技は見応えあり、田中哲司の多くを語らず圧力をかける表情・目、松坂桃李の「正義」と「家族」の板挟みで泳いでる表情・目はとにかく圧巻。そして、国会前の横断歩道の信号待ちで対峙する官僚と記者の二人、官僚から放たれた聞こえない言葉と表情でのラストカット・・無音でエンドロールが続くのかと思った矢先に入ってくるOAUの「Where have you gone♪」のタイミングとメッセージも見事。

 

最後の言葉は唇の動きからは「ご・め・ん」と読み取れたが、人により言葉も捉え方も違ってくるだろう。中途半端でモヤモヤ感じる人も多いだろうが、今作のテーマ的にはここしかない切れ味だったと思う。とにかくラストの2人の表情が忘れられない。。ちっぽけな1人の人間が国にケンカを仕掛けたところでこれが今の日本の現実なのか。。

正義のために自分を家族を犠牲にする必要はなくて、その結果出した答えは誰にも責めることは出来ない。どちらを選ぼうが地獄が待っているのは確かで、告発しても自分や家族が犠牲になるだけで結局は何も変わらないかもしれない(現実世界では告発されても現政権のまま支持率も変わらず)。

そして官僚側を選んでも結局かつて自殺した上司の二の舞にしかならない(真面目な性格上追い込まれて同じ道を辿る)のも十分に分かっている。間近で見てきたのに、ダメ押しで手紙まで読んだのに「俺たちは一体何を守って来たんだろうな」「お前は俺みたいになるな」、それでも選ばざるを得ないのが現実であり人間というものなのか・・

ただ、対面するシム・ウンギョンの真っ直ぐすぎる瞳の強さには、まだ希望が託されているように感じた。「記者として真実を伝えたいだけです」、その想いと真実は、一人では無理でもメディアや仲間の力、そして国民の力を信じることで必ず伝わり、社会を変えることが出来るはずだと。

横断歩道の信号は赤でも、必ず青に変わる、どんなに横切る車が多くても向こう側に渡ることは出来るのだ。

 

正義のために犠牲になる人がいる、ましてや自分の家族も犠牲になると分かっていながら、自分は正義を貫き続けることができるのか?

「この国の民主主義は形だけでいいんだ」というセリフ通りの国で良いのか?、少なくとも与党議員と官僚の大半は本気でそう考えているから、これだけ国民は舐められた状況になっているのだろう。強引に進めてあぐらをかく与党とくだらない対抗しか出来ない野党、どうせ国に期待できないのなら、自分だけ・今さえ良ければいい気にもなってくるが、諦めたらそこで終わりです・・

「嘘か本当かを決めるのは国民だ」と言われるなら、フェイクニュースだらけに慣れた中、「誰よりも自分を信じて疑い、考える力・嘘を見抜く力」を本気で身に付けていくしかないのだろう。

 

※個人的に政治的な思想は全くないけど、このレビューも見張られているのだろうか・・内調にマークされないようにしないと・・(笑)