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「宮本から君へ」 ★★★★★ 5.0

喜怒哀楽あらゆる感情を揺さぶられ続け、全身全霊で生きることを肯定する人間賛歌!この混沌とした時代を殴り飛ばす宮本と観客との果たし合い、池松壮亮蒼井優の演技を超えた愛のむき出しに真っ赤な薔薇の花束を!

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新井英樹の傑作マンガを「ディストラクション・ベイビーズ」の真利子哲也監督が映画化、201846月にテレビ東京で同監督でドラマ化もしている。

新井英樹作品がもともと大好きなのと真利子監督の組み合わせということで、マンガもドラマも全て見ていて自然と高評価にならざるを得ないが・・とにかく期待以上の映画ならではの役者と演出、あの原作の熱量そのままに邦画にしかできない素晴らしく不器用でエモーショナルな傑作で興奮と感動と涙で最高過ぎた。

最初からエンドロールまで喜怒哀楽のジェットコースター、理屈や演出を超え叫ぶ怒る泣く笑う耐える暴れる色んな感情が全開マックスで迫ってきて、その衝撃を受け止めながら主人公二人と一体化していく。圧倒的かつ理不尽な暴力、特に女性が見ていて辛い苦しいシーンも多いけど、それを上回る魂の駆け引きに愛の力と生き方の肯定力、池松壮亮蒼井優の化け物級のむき出し演技に胸がいっぱいになり、見終わった後のカタルシスと勇気をもらえること間違いなし。ただし、観るのに相当体力を消耗するので元気で余裕がある時に観るべし。

 

新井英樹のマンガは男(社会)の暑苦しさと暴力性とその滑稽さを中心に描いており、好みがはっきりと分かれる強烈な作風なので、嫌いな人の方が多いかもしれない。「宮本から君へ」はドラマ版はどちらかと言うと前半の仕事編と恋愛編を描いていて、テレビということもありまだ見やすい方だったが、映画での後半の復讐編は特にレイプシーンもあり暴力的な胸糞悪い展開で映像化するにはキツイと思っていた。

が、今回は「暴力」を真正面から捉える真利子監督と、靖子を演じられるのは彼女しかいない蒼井優をキャスティングできたことで、本来なら「昭和の男」的な時代錯誤に見える宮本のキャラクターでも現代にも通じる映画として見ることができた。見終わった後のぐったり感のハンパなさ…見るのにこれだけ体力を使うのに、今作に関わったスタッフ・役者の体力・精神力・映画にかける熱量の凄さには改めて驚嘆しかない。

コンプライアンスとか忖度とか日本に蔓延している空気なんて読んでたまるか!と殴り殴られる観客との果し合い、よく全国公開したなあと感心しつつ、何よりもきちんとヒットして高い評価を受けているのが素晴らしい(好きな人しか見に行かないのもあるが、口コミで幅広く広がっているのも確か)。

 

何のために仕事をするのか、何のために人を愛するのか、誰のため自分のために何をするのかを考えさせてくれる、まさに宮本から観ている人たちへのメッセージ。普通は誰にも見せたくない自分の中の弱さを認めて泥臭くあがく宮本は、我々が見たくないもの・隠したいものを正面から我々に突きつけてくる。今いろいろと人間関係が面倒になって暑苦しいことは嫌がられたり、すぐに諦めたり楽な方向に流れがちな社会に、宮本のような存在はやはり必要ではないだろうか。

作品的にはどうしても男目線でストーリーを成立させているような部分もあるので、嫌悪感から受け付けない女性も多いだろう。男女での宮本と靖子の捉え方の違いは気になるが、単純に何かに共感を得られて自己投影できるような次元のものでもない。

何もない実直だけが取り柄の不器用な男が社会・権力・暴力と対峙しもがきながらどう生きていくか・・自分のエゴやカッコ悪い部分をごまかさずに全身全霊でさらけ出しぶつかって、自己満足と自己中心を最後まで貫く宮本の生き方。それに対する靖子の女性としての現実的な強さと弱さと優しさ、感情的ながら冷静に怒号が飛び交う会話、いつ壊れてもおかしくない危うい関係のバランスが観ていてハラハラさせられる。 

自分が同じ状況になったらと誰もが考えるが、いざあの状況で、ぶち殺すぞ、負けてたまるか、というマインドを持てる人間が果たしてこの時代にどれだけいるだろうか・・普通ならもっと打算的で利口に解決しようとしてしまうだろう、負けを噛みしめて示談金をもらった方がラクだからだ。

しかし男として父親になるものとして、乗り越えるべき壁がどんなに高くても妥協は許されない。自分がやりたくても出来ないからこそ、最後の非常階段でのバトルは何が何でも宮本に勝って欲しいと誰もが願うはず。絶対に負けられない戦いだと分かっているからだ。

 

宮本は誰かのためというより、自分のプライドのために闘い続けていたのかもしれないが、常識とか理屈とか無視してここまで真っ直ぐに貫き通せる強さにヒーローとして見てしまう自分がいた。。がむしゃらに頑張ること、カッコ悪いことはかっこいい、と堂々と言える時代になって欲しいと。

映画が終わって、隣の若いカップルの男が「同じ状況になったら俺も絶対に同じように戦うから」と彼女の前で意気込んでいた、実際に圧倒的暴力の前ではどうなるか分からないが、その気持ちだけでも持とうと思うことが今の世代的には貴重なことかもしれない。この映画の影響を受けてみんながみんな宮本のようになる必要はないし、嫌悪感しかない人も多いだろうが、それも含めて若い人たちにも見て感じて欲しい。。

 

 

【演出】

真利子監督のソリッドな演出、時間を行き来する考え込まれた構成で、エンドロールまで一切だるみなく興奮させられっぱなし、タランティーノ並みに完成しているのでは。マンガを読んで内容と展開が分かっている側からすれば「そうきたか…」と思う時間軸のミックス。ただ、映画が初見だと仕事関係やチョイ役との関係性が分かりづらいかも、特に問題はないが、せめてドラマを観ていればより楽しめる、更に原作を読んでいれば最高に楽しめるはず。

編集もよく考えられていたけど、個人的にはもう少し長くしても良かった(あのシーンを観たかったなど思い入れがある人ほど)。カメラは常に役者に寄り添って焦点を明確にしており、嫌なもの映すのを遠慮しがちなものもしっかりと映しきっている、そして心を揺さぶる場面では合わせて画面も揺れて心情とリンクしている。

暴力シーンは、「ディストラクション・ベイビーズ」の時も容赦のないアクションだったけど、今作も殴る鈍い音や例の男にとっては痛すぎるところなどまでリアルに迫ってきて、殴る方も殴られる方も痛みを共有できる。何より単純に弱い奴が強い奴にがむしゃらに向かって行くのがアガル。

ベッドシーンやレイプシーンでも、逃げの演出を挟まずに目を背けたくなる手前ギリギリの生々しさが良かった、蒼井優の泣いて笑ってからのセックスシーンの一連のワンカットでの感情の変化と、いい感じのお尻のたるみ具合も見事(しかし山ちゃんが羨まし過ぎる)。巷にあふれる凡庸なテレビドラマの安易な映画化とは格・覚悟が違う、演技・演出・熱量すべてがこの映画のために全身全霊こめて作っているのが伝わってくる。

 

音楽は、ドラマから引き続き、あらかじめ決められた恋人たちへの池永正二、大袈裟に盛り上げるわけでもなく、控えめなピアノやじわじわくるダブで抑えつつ、宮本の心情や行動に合わせて激しくなったりして引き込まれた。

エンディングテーマは、こちらもまさに宮本から君へふさわし過ぎる宮本浩次(主人公・宮本浩の名前の由来)・・そのソロ書き下ろし「Do you remember?」がギター・横山健ということでロックでロマンチックで最高としか言いようがない(ドラマではエレカシの書下ろし「Easy Go」と、MOROHAの「革命」だった)。物語と絶妙にシンクロする熱く切実な歌詞とメロディがたまらなく、映画も音楽もずっと覚えていて忘れられない。。

新井英樹作品の映画化は、「愛しのアイリーン」(吉田恵輔監督)に続き今作も傑作となったが、後は更に映像化困難だと思われる「ザ・ワールド・イズ・マイン」もぜひ映画化して欲しい、やりたい監督は多そうだけど誰になるかも楽しみ(生前、深作欣二監督での企画もあったらしい)

 

【役者】

とにもかくにも二人でなければ成立しなかった映画、池松壮亮はドラマ版から宮本に完全に成り切っていて映画では更にパワーアップ(実際に歯を抜いて臨む覚悟だったらしい)、そして蒼井優は映画版ならではの難しい役作りにも関わらず完全に靖子を超えていた。二人の演技はもはや単なる役作りや芝居の領域ではなく「漫画のキャラの実写化とは何か」「映画での芝居・表現とは何か」から「生きるとは何か」「人間とは何か」という次元にまで達しているのでは。とにかく今年度の男優賞・女優賞を賑わすことは間違いないだろう(テレ東系だが日本アカデミー賞にはノミネートされるか、さすがに無視はできないとは思うが)。

池松壮亮は、宮本のあらゆる感情が目やちょっとした動き一つで手に取るように伝わってくる・・怒り、悔しさ、悲しさ、喜び、不安・・滑稽で、情けなく、バカで、ぶざまで、でも絶対に逃げない宮本。バカ過ぎる真っ直ぐさに絶対に共感は出来ないが、血だらけ・鼻水・よだれダラダラ、前歯抜けのふやけたセリフ回しにかすれ声を徹底して違和感なく演じる凄みも含めて、いつの間にか「宮本頑張れ!宮本負けるな!」と感情移入し、最後には自分も半分宮本になって非常階段の上で咆哮していた。

最近は「ウィーアーリトルゾンビーズ」、「君が君で君だ!」も含め、どの作品も不器用ながら一生懸命に生きてる!感じのする映画が多いかも、そして今作もちゃんと脱いで定番のお尻とベッドシーンを魅せてくれる。

蒼井優は、これだけ目まぐるしく変化する感情の起伏の激しさ、内面に忍ばせ溢れ出る憎悪の演技は本当にすさまじい・・ほぼスッピンに近くあえて少し崩している表情、言葉と表情が合ってないままスッと変わっていく、公園のテーブルベンチで宮本に振り向くホラーのような怖い顔、オフィスに宮本が来て結婚結婚と叫んだ時の対応の凄さなど見どころだらけ。

狂気の沙汰とも思える振り切れ方を見せながらも時おり見せる愛らしさやエロさの配分に女優としての円熟味すら感じる。宮本が炊飯器で食べながらご飯粒を飛ばしまくって喋りまくるシーンは最高に笑えるところだが、そのあと靖子が泣いてると思いきや笑顔で「じゃあ殺してきて」と言うところなども素晴らしい。

 

一ノ瀬ワタルは、33キロ増量、肉体改造して怪物・拓馬に成り切ったとのことで、その作られた巨大な体格から繰り出させる圧倒的な暴力とふてぶてしさは見事だったが、若干セリフ回しの抑揚のなさが気になった。ただ、元代表ラガーマンという設定だけに、いま旬なラグビーをテレビで見ると、全く関係ないと分かっていても少し今作を思い出してしまうのが何とも心苦しい・・

後は、改めてピエール瀧の存在感も実感できた、やはり早く戻ってきて欲しい。彼の父親としての息子への愛も紛れもない真実でもあり、宮本が交わす"親子についての会話"が同じ父親の自分にも響きまくった。恐らく彼も息子を暴力と恐怖で支配してきた結果、自分に返ってきて再び本当の父親になる試練だったのだろう。

そして、主人公の父親役でなぜか登場する原作者の新井英樹本人、原作以上にいい味出して自然すぎて分からなかった、役者顔だし今後もいけるのでは。

福田組ではない佐藤二朗も新鮮で、真面目で正論しか言わないのだけどムカつくインチキ野郎がピッタリで上手かった。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)ラスト・考察】

宮本と拓馬の決着を付ける非常階段での息を飲むケンカシーンは圧巻、CGを使わずノースタントでのリアルファイト撮影とのこと。どうやって撮影したのか理解できないカメラアングル、手すりにぶら下がる拓馬に乗っかっていく宮本の宙づり、からの急所攻撃での逆転劇(やはりここしかない〇ンタマ潰しでちゃんと伏線もあった)、ひたすら子供の様にガッツポーズを繰り返す宮本に、もはや笑ってしまうくらいバカらしいのだが、今までの経緯もあり誰もが興奮度マックスで喜ぶしかない。

それからラスト、靖子の元に駆けつける見せ場のシーンで最高潮、宮本の靖子に向けたプロポーズの言葉・・現実ではなかなか言いづらい一語一句を原作そのままに吐き出していく、演技だとは思えないくらい直接ズシリと突き刺さってきて、靖子の気持ちの絶妙な変化を見事に表情だけで語っていくのと合わせて泣けてしまった(実際に蒼井優は本番でこの言葉を受けて素で涙が出てきたとのこと)。

「生きてるやつが一番強ぇんだ!こんなすげぇ俺と結婚してくれ!」「お前が俺を憎かろうがなんだろうが関係ない、俺の人生はバラ色で、このすごい俺がお前も子供も幸せにしてやる!」ドラマの頃の弱い自己嫌悪の宮本を思うと成長ぶりに涙・・自分のために生きて、それを大切な人に褒めて欲しい、何て独り善がりなんだろうとは思うけれど人間ってみんなそんなもの。

生きてること自体がエゴな人間が、エゴを突き詰めた結果、前歯もなく血だらけでかすれ声で笑うその表情は神々しくさえあり、日本映画史に残るプロポーズと言っていい。宮本が最後に言う「大丈夫だ!」、奇しくも「天気の子」の青臭い少年の最後の言葉と同じだが、その重みと覚悟と説得力のあまりの違いに思い出し笑いは仕方なし。

 

そして物語が終わっても珠玉のエンドロールでの感動が待っている、宮本浩次の素晴らしいエンディング曲・人生讃歌に合わせて映し出される佐内正史の写真、二人の撮影時のリアルなショットの表情が良すぎて、多幸感に溢れてきて更にボロボロ泣けてくる。手書きの「宮本から」始まり、「君へ」の文字が出てきて終わる、観ている人・君すべてに届けられたメッセージは、いつまでも忘れることはないだろう。

今度は「僕から宮本へ」何が返せるだろうか、先ずは自分の生きたいように精一杯がむしゃらに今日一日を生きてみることから見つけていこうと思う。。