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年間500本以上観る会社員のありのままのレビュー

「誰もがそれを知っている」 ★★★★ 4.4

◆人間描写は流石だが期待値は超えられずと誰もが思っている、血は水よりも濃い、愛より血、そして僕は途方に暮れる・・

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妹の結婚式のために故郷のスペインに帰郷した一家の娘が、何者かに誘拐されたことから、次第に露わになる幼なじみや家族との秘密を描いたヒューマンサスペンス。

「別離」「セールスマン」でアカデミー賞を2度受賞しているアスガー・ファルハディ監督の最新作、いつもの家族内心理ドラマで会話で様々なことが徐々に紐解かれていく脚本と心理描写の上手さは相変わらず秀逸。初のオールスペインロケで、念願のベネロペ・クルスとハビエル・バルデムの大物夫婦共演ということで、国際マーケットを意識してか今までで最もエンタメ性が高く分かりやすい物語になっている。

作品の完成度は申し分ないのだが、やはりアスガー・ファルハディには期待値が高すぎることもあり、過去作に比べるといまいち物足りなく響かず。監督ならではの宗教や因習に根ざした軋轢や予想だにしない展開への捻り、尋常じゃない緻密さが今回はあまり感じられず、同じ人が消えた話なら「彼女が消えた浜辺」の方が唸らされたかな。改めて「別離」を超えるのは相当難しいなと感じた(やはりイランで撮った方が好み)。

 

それでも、いつもの通りのアスガー・ファルハディ節は健在で、ある事件をきっかけとする個人のスタンスと言動を積み上げていくことで、共同体の抱える闇やその在り方を浮き彫りにしていく手腕は今作でも鮮やかと言うほかない。それぞれがその土地や文化の影響を受けながら、止む無く自分や家族を守ろうとしているだけで、必ずしも悪意があるわけではないのが厄介で見ていて辛くなる。

スペインの田舎町の小さい集落ならではの人間関係、裕福な家庭と使用人や移民たちとの関係を背景に、それぞれが誘拐された娘を助けるために取る言動により、芋づる式に解かれる数々の秘密と人間の嫌な部分が露呈していく様がスリリング。みんなが疑心暗鬼の中、過去のしがらみや溜まっていた負の感情が連鎖して、抉らなくてもいい傷口までどんどん拗れていくのが本当にキツい。

 

本作は基本的にはサスペンスだが、犯人が誰かとか手口がどうとかを見せる話ではない、なぜ幼い息子ではなく16歳の娘イレーネが誘拐されたのか?、考えるポイントが題名にある「誰もが知っている」こと。隠しているつもりでも実は周りには気付かれてしまっていることがある、でも気付かれていることをその本人が知らないからこそ、保たれる均衡もある。

町全体が顔見知りの小さなコミュニティの中で渦巻く愛情と憎悪、ある秘密とそれにまつわる噂話、その思い込みに踊らされる人々、最後まで見ると「誰もがそれを知っている」というほぼ原題どおりのこのタイトルは本当に秀逸。

ただ、犯人に繋がる伏線がほとんど無く(決定的なのは1シーンのみ?)、サスペンスとしては道具立てがやや単調で緊迫感が足りなかった気がする。分かりやすいのだがファルハディらしい捻りが薄く、「セールスマン」の方が緊張感が半端なかった。

 

誰の立場になって誰を思えば良いのか? ほぼ平等にそれぞれの心の内を描写するので、誰が正しいのか、何が最善なのか分からなくさせるのは上手い。娘のために全てさらけ出し、非情になりきる母ラウラは勝手すぎて酷く見えるが、もし自分の子供が同じようになったら何が何でも使えるものは使って娘を取り戻そうとするだろう。

幼なじみのパコも夫アレハンドロも自分の立場で出来る限り手を尽くすが(といってもアレハンドロは終始神頼み・・一同黙殺する雰囲気は笑えるが)、置かれた立場や自尊心のジレンマに悩む姿が痛いほど伝わってくる。

最終的には、「自分の本当に大切な人は誰か?、そしてその人のためにどこまで犠牲に出来るのか?」の答えが全てなのだろう。。

 

【演出】

少しずつ崩れていく人間関係を時系列に見せるだけでなく、冒頭の歯車と鳩の描写、華やかな結婚式を見つめる周辺住民の目線、教会寄付などの伏線、パコがある時を境によく咳をするようになるなど、これからを暗示するような見せ方が絶妙。

ほぼ全ての登場人物たちの仮面を剥ぎ取って丁寧すぎるほどの闇を落としていく脚本の素晴らしさ。前半の明るく緩い感じの町並みや陽気な盛り上がりの結婚式から、後半の誘拐事件後の憔悴しきった姿や町の閉鎖的な空気感、ラウラ&イレーネ、姉マリアナ&ロシオという2組の母娘などの光と陰の対比も見事。

建物の構造を利用した巧みな演出とカット割で微妙な心理状態を表現するのはさすがだが、毎度見練れてきたこともあり少し新鮮さに欠けた。あと、もう少しスペインらしさを活かしたロケーションがあってもよかったかも。

毎回そうだが冒頭のシーンは素晴らしい、時計塔の中でもがくように羽をばたつかせる鳩と機械仕掛けの歯車の取り合わせ、この不穏な空間に入り込む誘拐されるイレーネと地元の男の子、これがすでに物語を暗示している。また、パコが、ワインとぶどうジュースの違いを学校で教える「ぶどうが時間をかけてワインとなる」シーンも暗喩となっている。

音楽は、タンゴ調でエンドレスな曲が、小さなコミュニティの中で秘密を抱え続けるかのように感じさせる。

何となく、スペインでペネロペ・クルスで帰郷、となれば「ボルベール<帰郷>」を思い浮かべた、結婚式の華やかなシーンなど確かにペドロ・アルモドバル監督っぽくもあり。

 

【役者】

二人を主人公として脚本を当て書きしているので、ハビエル・バルデムペネロペ・クルス夫婦の息の合った演技はやはり見応えあり見事だった。夫婦役ではなく過去に恋人だったという設定も良し。

母ラウラ役のペネロペ・クルスは、絶望、焦燥、悲しみ、怒りと色々な顔を見せてくれ、決して諦めないで助け出すという決意がよく伝わってきた。ラスト旦那に抱きつかれた時のもう以前のようには戻れないという表情もたまらない。最初のやや濃い目の化粧から途中からほぼノーメイクになるが、とにかく変わらずに美し過ぎて眩しい。

そして毎回そうだが女性陣がみんな綺麗!娘のイレーヌ、パコの嫁、新婚の花嫁も出てくるみんな美しい、最後のエラい変わり様も凄いが。

幼なじみパコ役のハビエル・バルデムは、冒頭から最後までの激しい心情の変化を繊細な表情一発で見事に表現していた、こんなに性格が良い普通の人の役は余り見たことないが、うまくハマっていた。

あとは、登場人物が多く雰囲気の似てる人が多いので、集中して観ないと分からなくなるので注意。

 

※ここからネタばれ注意 

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【(ネタばれ)ラスト・考察】

犯人自体は途中で意外とあっさりと登場してしまうが、姉の娘ロシオの旦那(職探しでドイツに行ってると話していた)とその仲間が犯人だった。ロシオも当然グルで情報展開しており、真夜中に出かけて汚れた靴を母親マリアナに怪しまれてしまう。そもそも結婚式の身内ばかりの中で誘拐するのは、現実的に相当家庭事情に詳しい身内でないと不可能、元警官ホルヘの独自捜査は結局合ってたのか・・(ミスリードかと思ってた)。

動機はまんまお金(正直拍子抜けした)、まあ長引くスペインの経済不況を反映しているのだが・・教会に寄付したアレハンドロも破産していて、犯人の夫婦も金が無くて、教会の神父でさえも金の話をしているのに表れている。

幼い弟の方が誘拐しやすいのになぜ16歳の娘だったのか?、小さい村だからラウラとパコが恋人だったのは公然の秘密でみんな知っていて、ラウラの娘イレーヌも雰囲気など見ただけで父親パコだとみんな知っていて(噂話の広がり)、知らないのはラウラとパコ本人のみ(何で分からないのかはツッコミたくはなるが)。それを前提に、最終的には実の父親であるパコが大金を払う可能性が高いと見通した上で、メールを送っていたのだ。

結局、パコは妻ベアの反対(その事実も知っている)を押し切って、ワイン畑を売り払ってお金を用意し、娘を取り返すことに成功した。その場で感謝はされたものの、家に帰ると妻は出て行ってしまい金も家族もすべて失って一人になってしまった、最後にベッドに横たわり軽く見せた笑顔のショットがその意味を考えると忘れられない。愛よりも血、何を犠牲にしても自分の娘が何よりも大切なものと選択したのは、気持ちは分かるが余りにも奥さんベアが可哀想すぎて見ていられなかった。。

その割に、ラウラは一件落着したら、娘を連れて何も活躍しなかった旦那とさっさと帰国してしまうところが、女は強し!と言っていいのか、男としては納得いかないなあ。だからと言ってパコとイレーヌと3人で暮らすわけにもいかないし。ただ、イレーヌは最後に自分の本当の父親はパコだと聞かされるので、これも引きずる辛さ・・

 

ラスト、今度は娘ロシオを疑っている(ほぼ確信している)マリアナが旦那に相談を持ち掛けるところで音声が消えていく・・そして劇中で起こったすべてのドロドロを洗い流すかのように、清掃員のホースから出る水しぶきが太陽の光を反射させながら消えていき真っ白な画でラストカット、これは秀逸で震えた(彼らの行いや秘密はあの靴の泥のようにこびりついて洗い流すことなど不可能)。

そしてまた、新しい秘密が生まれた・・これも「誰もがそれを知っている」ことになってしまうのだろう(ロシオが誘拐犯という噂話がこの後村中に広がるが、誰も本人には言わないでコミュニティの均衡を保つ)。仮に金を取り戻してそれを全額パコに返したとしても誰も幸福にはもうなれない・・

それぞれの登場人物たちが、これからどうなるんだろうと思いを馳せずにはいられない。特に、パコとイレーネ、そして妻ベア(個人的にはパコの甥っ子が同じ道を辿りそうな気がしてならない・・)。

結婚パーティーで何度も繰り返され、最後はみんなで歌った曲のフレーズ「あの日に戻りたい、もう一度♩」が改めて染みてくる・・