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「長いお別れ」 ★★★★ 4.4

◆人生はメリーゴーランド、家族の絆は世代を超えて回り続ける、忘れても残るもの・新しく生まれるもの、キャスト4人の演技は必見!

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「湯を沸かすほどの熱い愛」の中野量太監督待望の新作は、オリジナル脚本ではなく直木賞作家・中島京子の小説を元に、認知症になった父と家族の7年間の軌跡を描いた人間ドラマ。認知症がテーマだと悲惨で暗い内容になりがちだが、今作は終始ユーモアや家族の愛情や温もりを交えながら“日常の風景”として描いており、妻・2人の娘・孫の3世代の視点から様々な想いがあふれてくる作品。

中野監督らしく前作同様、冒頭からさりげなくメタファーや伏線が配置されていて、見ていくにつれ丁寧な回収と感動が増していく。ただ、前作と同じテンションでの涙腺崩壊を期待すると少し肩透かしを食らうかもしれない、どちらかと言うと今作は心にじわじわと染み込んできて静かに涙がこぼれてくる感じ。

 

認知症になった父・昇平の予想の付かない言動や、それを支える母・曜子の天然ボケに近い明るさが全体的に自然な笑いを生み出す。一方で、次女・芙美は、夢だったカフェを開くが上手くいかず、恋愛にもつまずいている、長女・麻里は、夫の転勤でアメリカ暮らしも、いまだ英語が苦手で現地の生活に馴染めず、夫や思春期の息子との関係もギクシャクしている、と2人とも悩み多き日々を過ごしている・・そんな2人が、徐々に記憶を失っていく父と向き合ううちに、自分自身を見つめ直していく過程も面白い。

普段、家族は一番身近だけど一番遠い存在でもあり、近すぎるがゆえ本音をさらけ出すのが恥ずかしくて勇気がいる。が、今回は認知症だからこそ、娘たちは父の前でありのままの心情をさらけ出すことができ、父のとぼけた言動に心を和ませ、力を与えられていく。くすくす笑える場面の中で不意に泣けて来て、自分の両親を想い出し、実家に帰りたくなるはず。

 

「最近、いろんなことが遠いんだよ。」と、認知症によって自分の記憶の中から「家族」という存在が遠ざかっていくように感じられた「長いお別れ」。終盤になるにつれ昇平の病状はどんどん進行し、娘たちもなかなか軌道に乗らない状況が続く、それでも、最後の最後まで昇平の存在に力をもらい、前を向いていく。

ラスト近く病室での誕生パーティーのシーン、コントのようなやりとりに笑いながら、家族という絆の強さに圧倒される。すべてを忘れてしまっても最後に残るのは家族の記憶と絆なのだろう。死は決して終わりではなく、哀しみを乗り超えて希望が生まれ、父がつないだ家族の絆は、次の世代にも確実に受け継がれていくのだ(これから先、次は母が介護されることになっても大丈夫)。

 

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【(ネタばれ) 演出・考察】

原作は尊重しつつ、中野監督がアレンジした脚本は絶妙で素晴らしい、普通の日常風景の中、登場人物の戸惑いや人生の葛藤を丁寧な心理描写で静かに穏やかに展開していく。そして、最初の何気ないシーンが後で大きな伏線となって回収されていく醍醐味は前作に続き随所に健在で、いつものファンタジー要素を絡めながら、細かい比喩や小道具を使って巧みな語り口で進めていく。

認知症になる前の描写が無くても、どんな父だったのか様々なシーンに散りばめられていたり、食事のシーン(卵料理が多い)にも相当なこだわりが見られる(葉っぱや漢字、夏目漱石のこころ、の伏線は少しあからさま過ぎた感もあるが・・)。

素直に泣かせられるシーンは、冒頭の伏線として、反時計回りのメリーゴーランドに乗りながら昔に戻って笑顔になる父と見守る家族、3本の傘の理由が分かったシーン。父が帰りたかった場所は記憶の中に残っている幼い子供たちと一緒にいる頃に戻りたかったのだ。

そして、列車の中で妻にもう一度プロポーズするシーン、記憶が抜け落ちていても想いは昔のまま変わらず、また一から新たな気持ちで真摯に告白する父と、嬉しそうに恥じらう母の姿が微笑ましくもウルッとくる。こういう父だからこそ励みになって、彼女は最後まで前向きでいられたのかもしれない・・

あとは、実家の縁側で芙美が「お父さん、私また駄目になっちゃった」「繋がれないって切ないね」と思いを打ち明けるシーン、そのあと「くりまる〜」、「ゆ〜ん」っていう意味不明なセリフ同士なのに噛み合って分かり合えるところが親子を感じてグッとくる。

また、孫の崇が寝ている麻里に毛布を掛けた後、PCに映っている昇平に手をふって、昇平が応えて手を挙げるシーンはホッコリ度MAX!

 

過去作にあった中野監督らしい尖ったヤバい演出は(「チチを撮りに」の骨関係や「湯を沸かす」のいじめ解決策やラスト)、今回は控えめだった(原作があるので抑えた?)のは少し残念だった。それでも、麻里の夫の魚の解剖や学校面談での突然の流れなどはらしさ全開で良かった。

孫・崇のアメリカの彼女がAKB好きで、「タカミナに会いたい!」って・・あえてタカミナにしたのがナイス?

エンディングの主題歌を沁みる声で歌っていた「優河」は、誰かと思ったら、女優・石橋静河の姉だった、石橋芸能一家すげー!(父・石橋凌、母・原田三枝子)

 

ただ、どうしても違和感を感じて残念だったのが、一連のアメリカの場面、再現ドラマの様なクオリティで、アメリカの家の雰囲気が全く感じられず、さすがに何年もいて麻里の英語力は無さすぎ(お手伝いさんいるならまだしも、外に出て買い物すらできないレベル、どんな人でも最低限の日常会話までは出来るようになるが)、そして幼い頃から英語を使って生活しているはずの孫・崇の棒読みの英語の演技はもう少し何とかならなかったのか・・

 

【役者】

とにかく主要キャスト4人のハマり方・演技が素晴らしい、ベテラン夫婦2人のもの凄さはもちろん娘2人もさすがで、前作に続き、中野監督の女優さんの魅力を最大限に引き出す力はやはり凄いなあと改めて実感。

山崎努は、分かってはいたけど上手すぎて上手すぎて・・主演男優賞ノミネート間違いなし。昨年は「モリのいる場所」でも偏屈な老人役を樹木希林と夫婦役で見事に演じていたが、近年この手の老人役はこの人以外に考えられなくなってきた(樹木希林と同じ)。緩やかに失われていく記憶、衰える運動機能、食べ物を飲み込むことも難しくなって、話し方・歩き方もたどたどしくなっていく様子は、演じてる感が全くなく本物の認知症かと思わせる(なんと順撮りではなかったとのこと)。ちなみに、ご本人はオファーがある前から原作を読んでいて、この役をやるなら自分だと思っていたらしい。。 

松原智恵子は、74歳とは考えられないほどキュート、こんな品が良くてキレイで可愛いおばあちゃん見たことない。遠ざかっていく夫に健気に寄添い、穏やかに献身的に強い意思を持って接する姿は理想的な愛し方だけど、やり過ぎるとウザいキャラになりがちなところを絶妙なバランスで演じていた。おそらく本人にも近いキャラなのだろうが、近年ではベストアクトなのでは。

蒼井優は、主演に近い進行役として狂言回しのように立ち廻り、相変わらず、男運もなく器用に生きられず生きにくさを感じている女性を演じるのは絶品の上手さ。父と芙美が絡むシーンが多く、父娘の絆を温かく繊細にユーモアいっぱいに演じていた(縁側での言葉にならないやりとりは本当に素晴らしい)。蒼井優が作るおしゃれヘルシーカレーがあったら、毎日買うけどなあ・・。せっかくの結婚の話題効果もなく、良い映画なのに客入りが少ないのは残念。

竹内結子は、3人と比べると若干大げさでいつもの感じだったが、ハンカチを差し出した旦那との「キレイなの?」のやりとりにはホッコリさせられて、改めて泣きながら笑う演技は見事だなと思った。

唯一、孫の男の子の演技や演出(特に終盤の一番大事なところ)はいま一つで残念だった。年頃の顔に出さない・理由もなくイラついてる演出だとしても心情の機微がうまく伝わってこなかった。ラストカットなのに、あの廊下のぎこちない歩き方には興ざめ・・

 

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【(ネタばれ) ラスト・考察】

発症してから7年、とうとう寝たきりで人口呼吸器に頼るだけの状況になり、家族で最終決断をすることに。娘二人の立場では、「父が生きていたら性格的に呼吸器は付けたくないと言うはず」に対して、妻の立場として「もうとっくに決めています」と凛として言い放ったのは、長年付き添ってきた夫婦ならでは・・離れている孫が言ったように「生きてる限り生きてて欲しい」の言葉に尽きるのか。

あえて父の最期を全く映さない演出も最終的に良かったと思う、あくまでも父を取り囲む家族の視点を通して今作を描いてきたから(普通の映画だと、大げさな音楽とともに家族に見守られながら息を引き取るシーンを入れて泣かせようとするところ・・)。

 

ラストカット、孫・崇はアメリカの学校で、校長先生から不登校とおじいちゃんの死との関係を聞かれて関係ないと答える。机の上には漱石「こころ」の本が置いてあり、先生曰くアメリカでは認知症のことを「Long Goodbye(長いお別れ)」と言うらしい(少し無理やり感は否めない)。

そして、財布の中からおじいちゃんがエリザベスと当て字で書いた本の切れ端を取り出して、会話は少なくても漢字マスターとして尊敬していたことを想い出す。それから部屋を出て歩いていると、おじいちゃんが本の栞にしていたのと同じ形の葉っぱが舞い落ちてくる。。どんなに離れてもう会えなくても、おじいちゃんとはつながっているのだ・・あえて、この孫のシーンで終わらせたのは、世代を超えて家族はずっとつながり続ける継承なのか・・

 

高齢化の進む今後、「認知症」は、自分自身がなったり、親や配偶者がなったり誰もが何らかの形で関わっていくことになる。今作では、“家族の日常”としてのより良い向き合い方に温もりと希望を感じられたが、自分も「お父さんとお母さんみたいになりたかった」と言われるような夫婦・家族となって、こんな素敵な「長いお別れ」が出来るように向き合っていかねばと強く思わされた。

 

認知症は2025年には700万人を超えると推計されており、これは65歳以上の高齢者のうち、5人に1人が認知症になるということ。