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「十年 Ten Years Japan」 ★★★☆ 3.8

◆世にも奇妙な未来物語、10年後の日本はディストピアユートピアか?美しい国とは誰かが犠牲になるものなのか、生まれ来る子供たちのために出来るのは今を生きること

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2015年公開5本の短編からなる香港映画「十年」、中国の支配が強まる香港社会を予言した作品は海外でも反響を呼び、共鳴したアジアの映画人たちが「自国の10年後」を共通テーマに国際プロジェクトを始動させた(各国版が作られると今の世界が浮かんでくるはず)。この日本版は是枝裕和監督が総合監修を務めていて「愚行録」の石川慶監督も参加しているので、これは観逃せないと思い鑑賞。

20分ずつ5作品のオムニバスで10年後の日本を描いている、どの作品もファンタジックでありながら十年より早く起き得そうな世界、どれも強弱はあれど未来の負の側面が押し出されていてディストピアのように見える。全体的に結末は観た人に委ねる話であるため、10年後、本当にこの世界になるかもしれない中、自分はどうするだろうか、と問題を突き付けられ考えるきっかけとなるだろう。

 

今から十年前、いわゆるガラケー時代のころ、いったい誰が今のスマホ・ネット依存の世の中を想像し得ただろうか、誰があれほどの原発事故や相模原殺傷事件などが起こると思っただろうか? まさに社会システム・インフラの変化に合わせて社会全体が変わっていく中、我々もその大きな流れに翻弄されながらも順応して生きている。

これだけの変化から更に10年後など想像できるわけがないのは分かるが、今作はどれも簡単に想像出来る想定の範囲内で既視感ばかり、もっとハッとさせるようなメッセージ性の強いもの、ブラックユーモアや風刺の効いたもの、希望も感じられるものが見たかった。こんなにみんな明るい未来を想像できない息苦しさを抱えているのだろうか>10年後、現状に抗って闘う人はいないのだろうか・・1本ぐらいはポジティブにユートピアを描いて、何があっても変わらない人間の力強さを訴える作品が欲しかった。

 

個人的な評価としては、美しい国Plan75DATA>いたずら同盟>その空気は見えないの順かな、やはり石川慶監督の作品は飛び抜けていた。正直、同じテーマで撮らせてここまで力量の差が出てしまうのは厳しい、どういう基準で選考したのかは分からないが(アスペクト比が作品ごとに変わっていたのは意図的なのか?)。

出来れば、是枝監督の作品を観たかった・・全体のバランスが崩れるだろうが、せめてプロローグかエピローグとかでも良かったのに。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)各章・考察】

 

①「PLAN75」早川千絵 監督 ~超高齢化と安楽死

75歳以上の低所得者や障害者をターゲットに安楽死を推奨し高齢化をせき止めようという国の施策に対して、自分や自分の親、関係者が対象になった時にどう考えるのだろうか? 高齢化が進み貧富の差もますます拡大していく中、全くありえない話でもなく、人の選別や倫理観は別としても安楽死は真剣に考えていくべきだろう。

貧困層や体が不自由で面倒みてくれる人もいない人たちは、一人で野垂れ死にするよりマシと言っていたり、病気などで単に延命しているだけの人たちは家族を含めて迷惑をかけずに早く死にたいと言っていたり、最大限本人側の意見は尊重されるべき。その人が望むのであれば、生きていく希望も労力もお金も無いのであれば、一つの選択として受け入れられてもおかしくはない。

ただ、人を選んで死を勧めるという生産性のみを重視する選別思想になるのだけは避けなければならない(現実でも国が負担して養っているとか平気で言う政治家たち)、自分の子供や孫たちの未来のために高齢者としてどう生きていくのか、リアルに差し迫ってきている。。

 

②「いたずら同盟」木下雄介 監督 AIによる教育管理

立派な大人になるためにAIで全てを管理される環境で育つ子供たち、少子化や先生の数の激減に対し教育はどうあるべきなのか? AIに支配された街も学校も活気が無く、誰もが血の通っていないロボットのように見える、最終的に子・個の抑制、洗脳でしかないのでは・・改めて生身でぶつかり合う教育の必要性を感じる。

最後に教室を飛び出して殺処分される馬を自然の森へ返す、道徳的にはアウトとされていたが、結果は理想の道徳としてアップデートされていた(AIとの共存の可能性)。誰かに都合の良い道徳をルールとして押し付けられるのではなく、自分で考えて行動しながら正しさや間違いを学んでいくことが大切なのだ。馬の存在感は良かったが、國村隼は存在に意味を感じずもったいなかった。

 

③「DATA」津野愛 監督 ~データ遺産とプライバシー

死んだ母の生前のデジタルデータを見ながら自分に似ているところや記憶にはない母の面影を探す、そんな中で母が浮気をしていたかもしれないデータを見つけてしまう。最後に父と二人でラーメンを食べながら会話で見つける母と似ているもの・・それはデータでは決して分からない心の中に根付く自分自身のこと。

前に放送されたいたドラマ「dele」(山田孝之菅田将暉)と似たテイストだが、ドラマの方が圧倒的に完成度が高かった、そもそも10年後でなくて今でも起こりえるのでは。

データだけでその人の真実が分かるはずも無く、必ず他者の解釈が介在するので知ったつもりになる傲慢さだけ、「その人のことを知る権利なんて誰が持っているのか」の言葉どおりだと思う。デジタル化が進む中で、本当に大切なことはデータ化できないし、知らない方が幸せなことは世の中にたくさんあるのだ。

咲花と田中哲司の父娘は良かった、大人と子供を行き来する年頃のけじめが恋のエピソードと共に可愛らしく描かれていて一番ホッコリできた。

 

④「その空気は見えない」藤村明世 監督 ~放射能汚染で地下移住

原発放射能汚染があったせいか?人々は地下で生活するようになる・・食べ物は支給制で池脇千鶴演じる母は、危険な外の世界から娘を守るべく外との接点を全て絶とうとするが・・

子供たちは見たことのない太陽の光や雨の音や生き物の声に思いを馳せて、ついに子供しか通ることの出来ない穴から外の世界へと脱出する・・導くのがイマジナリーフレンドなのかは分からないが、外の世界に出た後どうなったのか、希望の光だったのか、天国への光だったのかは想像に委ねられている。

親の気持ちも子供の気持ちも分かるだけに辛いものがあるが、子供の頃にしか通ることが出来ない道を見つけたら歩ませてあげたいと思う。原発放射能を扱うのはいいが、あまりにも世界観やメッセージ性が古すぎ、もう少し捻りや新しいアイディアが欲しかった。

 

⑤「美しい国」石川慶 監督 ~徴兵制と戦争

戦争が始まり日本も美しい国を目指して徴兵制を開始する、そのポスター制作に関わる太賀が上からの指示でデザイン変更を依頼しにデザイナー木野花の家に行くが・・一緒にVR銃撃戦ゲームをしたり(ゲームでは人は死なないからという1言も響く)、食事をしたり普通の日常の中、Jアラートが鳴り響いているなど戦争を間接的に表現しているのが良い。

「しっかりと貴方はバトンを繋ぐのよ」という言葉、ポスターを貼っていた若者が次の瞬間には戦場に駆り出されたり、最後に貼られるポスターのデザインに込められた痛烈な皮肉も素晴らしい!「あなたの友人や家族がもう戦場で戦っています」なんていかにも日本政府的。。

ラストの太賀がこちらを見つめるショット、自分には関係ない他人事だと思っていたはずなのに初めて他者を認識したかのようか眼差しが印象的、画面から観ている我々にも問いかけられる視線が、映画の全体に掛かっているようで終わってからもずっと考えさせられる。

石川監督らしいカメラワークはやはり好み、太賀と木野花の二人もさすがに上手い(「母さんがどんなに僕を嫌いでも」でもコンビだった、木野花が銃を持つと「愛しのアイリーン」を思い出してしまった)、石川監督の次回作「蜜蜂と遠雷」への期待が高まる。

 

弱者やマイノリティーが切り捨てられ、希望である子供や若者を管理しながら都合のいいように利用するのは全ては「美しい国」のためなのか、国のために国民が犠牲になっていいのか・・今の平和に感謝するとともに、十年後だけでなく永遠に戦争のない世界になるように、本当に自分にとっての「美しい国」とはどうあるべきなのか・・

未来を想像してみることで、今をどう生きるかを考えるきっかけにもなる、今を全力で生きていれば、どんな未来がきてもきっと大丈夫だと信じられる社会にしていかねば。10年後にもう一度どうなっているか答え合わせとして観たい、映画とは全く違った明るい世界になっていることを願って・・