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「アップグレード」 ★★★☆ 3.8

◆AIバディアクションでSF映画を見事にアップグレード、シンギュラリティ時にソフトの進化がハード(人間のダウングレード)を自由にコントロールするのか・・

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妻を殺され自身も全身麻痺になってしまった男が、実験段階にある「STEM」と言うAIチップを埋め込んだ結果、人間を超越した身体能力を手に入れて復讐していく極上のB級SFアクション映画。アイディア勝負と予測不能の展開で、近未来SFの怖さをダークな雰囲気で描写しながらブラックな笑いも入れて、低予算ながら撮り方も工夫したりセンスのある作りでかなり完成度が高い。

人間とAIのバディものであり、主人公の男グレイがトム・ハーディに似ているため否が応でも「ヴェノム」が思い浮かんでくるが(「寄生獣」もあり)、ぎこちない動きは「ロボコップ」、四肢が不自由な身体を意識で操るのは「アバター」、他にも「エクスマキナ」「チャッピー」「攻殻機動隊」のような世界観も感じられる。創造性豊かなガジェットや終わり方など1980年代の近未来SF作品のオマージュとリスペクトが散りばめられていて、さすが「SAW」シリーズの脚本監督で有名なリー・ワネル監督、加えてジェイソン・ブラム制作ということで、PG12の最新技術ホラーのグロ描写には注意が必要。

AIならではの描写が少し弱かったり、あれだけの監視社会で警察が無能であったり、カーチェイスはいまいちでドローンが全く役に立っていないなどツッコミどころは多い。けど、何より上演時間が95分とタイトであり登場人物も5~6人で無駄がなく分かりやすいので、掘り出し物としておススメ。

 

自動運転、ロボットによる介助、AIにより仕事を失った人々、圧倒的格差、VRに夢中になる一般市民・・などAIやロボットが普及したちょっと先の未来を映像化しているのが面白かった。その中でもデジタルとアナログの対比も描かれていて、主人公の職業がヴィンテージカーの整備士だったり、AIへの対抗手段としてアナログ機器がストーリー上の展開に影響を及ぼすキーアイテムとなっていたのが良かった。

とにかく、ICチップを体内に埋め込むのは現在も既に行われていて、スウェーデンを始め世界中で50万人以上の体内にマイクロチップが埋め込まれている。主に位置確認、認証、決済などの用途で実用化されていて、ペットへの埋め込み義務化が世界各国で広まり、日本でも2022年6月までに施行される見通しとのことで、確実に人間のアップグレードが進んでいるということ。

2045年問題」となっている全人類の知性の総和がAIの性能に追い抜かれる「技術的特異点(シンギュラリティ)」。人間が機械を動かしているつもりでも実は機械が人間を操っているのかもしれない・・本気で意志を持ったAIと戦う事になったら人類には恐らく勝ち目がないかもしれない・・我々は本当に「アップグレード」を望んでいるのだろうか?

 

【演出】

設定にゲーム要素が強いこともあり、カメラアングルもゲームチックでカット割りも面白い、特にアクションに合わせてカメラが小刻みにロボットのようにグワングワン動きまくるカメラワーク、空間処理の仕方が好みだった。

肉体的には完全に無敵になるわけではなく、あくまで人間の能力を「改良(アップグレード)」する範囲、人間に機械に入れるのではなく機械に人間を入れるということか。アクションも「機械に操られている」イメージで、カクカクしたロボットのような動きが斬新で(演じるのが難しいアクション)、機械的な立ち上がり方などでAIに切り替わったことを表現していた。

AIによって効率化された無駄のない最小限のアクションが新感覚で楽しい、敵をガンガン殴って容赦なく惨殺していくが、あまりにやり過ぎてしまい、主人公が我に返ってドン引きしている画は笑ってしまった。頭ではなるべく殺したくないのに、身体の主導権はAIにありAIゆえの冷酷さが出てしまう「寄生獣」感。特にラストのアップグレード同士の頂上決戦は無機質的ながら新しいものを感じ興奮させられた。

女刑事の人が見覚えあるなと思ったら「ゲットアウト」の家政婦の人だった、今作も含め何者かに体を乗っ取られるのが印象的。。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)ラスト・考察】

ラストは何となく途中で分かってしまう人も多いだろうか・・最初から「STEM」の開発者エロンがいかにも黒幕かと思って見ていて、ハイウエイで車を遠隔で操って刑事の邪魔したところで冒頭のシーンと繋がり「STEM」自身が怪しくなり、大どんでん返しを期待したが・・結局はエロンにも埋め込まれていた「STEM」が全部考えて仕組んでいた、「STEM」が自由にできる肉体が欲しいだけだった、というラスト。「SAW」の脚本家らしく良く出来た脚本で、エロンにも人間性が少し残っていたのがブレードランナー感があって良かった。

 

オチは「インセプション」なのか、グレイにとって何が幸せだったのか?この先「STEM」がどうするのか?

ハッカーが犯人グループを「奴ら」と言っていたのが気になった、なぜ存在を知っていたのか、その後の展開も分かっていたのか・・「仮想世界は現実より辛いことが少ない」と言うシーンは結末にも繋がるシーンで伏線だが、グレイの妄想なのか?「STEM」がグレイに見せたものなのか?、どちらが自分の意思か分からないことへの伏線なのか・・

ラストカットの覚醒はバッドエンドであり、グレイにとっては皮肉なハッピーエンドでもあり。現実の四肢麻痺のままの人生か、STEMに身体を支配され仮想世界で生きる人生か・・自分なら幻覚であっても愛する人と優しく幸せな人生を見せてくれるのであれば、自身の身体を「器」として明け渡してしまうかもしれない。完全に人間となったSTEMの新たなマトリクス的な終末世界が始まる・・

AIに翻弄される人たちを観て楽しんでいたのに、実は観客もAIに操られながら見せられていた、「UPGRADE」 の文字が出てきて震え上がった、「アップグレード」されたのは一体何だったのかを知ると、ラストは人類への警鐘だったのかもしれない。機械のアップグレードに対する人間のダウングレードを回避するため、人間だから出来ること・感性を大切にしていかなければならない。。