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「家へ帰ろう」 ★★★★ 4.1

◆「罪を憎んで人を憎まず」人の優しさに触れて赦すことでの過去と自分からの解放、70年かけて叶う想いと癒し、仕立てあげた最後のスーツに暖かく包まれて家へ帰ろう

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ホロコーストを逃れてアルゼンチンで仕立て屋をしていたユダヤ人の頑固じいさんが、家族から老人ホームを勧められたのを嫌がって、昔の友人との約束を果たすため母国ポーランドへ向かうロードムービー

偏屈な老人が徐々に心を開いていくハートウォーミングな物語というより、ユダヤ人の重く悲しい過酷な歴史とクロスしながら老人の過去がひも解かれていく展開に引き込まれる。静かで地味だが他のホロコースト映画ほど重すぎないので万人に勧められる、くすりと笑えてジーンと泣けてくる味わい深い映画。

 

最初はわがまま頑固ジジイ過ぎるだろうと思っていたが、次第にその言動は過去の過酷な体験から来ているものだと分かってくると共感・愛着に変わってくる。ポーランドという名前すら絶対に口に出したくないし、ましてやドイツに足を踏み入れてドイツ人と話すなんて考えられない・・

家族を理不尽な理由で殺され人生を狂わされたのだから無理もないだろう。人生の最後の最後で過去のトラウマと向き合うことを選択し、悔いを残さないために出た旅で、少しずつ傷が癒されていく・・

道中では痛む右足(ツーレス)がバディとなり、とにかく出会う人みんなが手を差し伸べてくれ優しくて温かくて救われる。ただ全員キレイな女性ばかりなのには違和感があるが(じいさんは仕立て屋だけにスーツの着こなしも様になっていてオーラとフェロモンが凄いのか)、それぞれ出てくる人たちとの関わり方も見事。

 

ラストシーンは誰もが予想できるかもしれないけれど、それでも泣かせられる脚本と役者の演技力が素晴らしい。主人公はアウシュビッツから命からがら逃げてきたところを友人に助けられ、その友人にスーツを仕立てる約束をしていた70年越しの想い。

「本当は怖い、彼に会うことも会えないことも…」凄惨な過去・史実を風化させてはいけないが、そこに留まっていても前には進めない、行動を起こさなければ何も変えられないのだ。

強烈な過去の体験が人格を作ってしまうこともあるが、ちょっとした人の優しさやつながりで変わることもできる。迫害を受けた者の深い悲しみや怒りだけでなく「赦す」ということも描いていて、日本にも置き換えて考えてみたり、実際にこういう人がどこかに居るのだろうとも想像してみたりした。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)演出・考察】

今作ではホロコーストの直接的な表現を出さないで、老人を通してその過酷さを伝えている、ホロコーストの犠牲者とドイツ人との邂逅、ドイツ側の反省と良心もちゃんと描いていて脚本、構成ともに素晴らしい。

冒頭の孫娘とのiPhone6の値段交渉をするやりとり(ユダヤ人らしい?)は笑えたが、終盤に登場する娘との会話の前振りになっているのが上手い。

彼の右足・ツーレスが余儀なく切断されそうになった時、憎きドイツ兵と同じドイツの医師に「わずかでも可能性があるなら救うのが使命だ」と言われたのは皮肉でありながら変わるきっかけにもなっていた。

スペインに住む娘の腕に番号(おそらく囚人番号のタトゥー)があったが、勘当したけど娘はちゃんと父親を想っていてホロコーストを忘れないようにしていた、親子の深い愛情と忘れてはいけない史実を腕に心に刻んでいた、ということなのだろう。

今作はアルゼンチンとスペインで作られたホロコースト映画となるが、実際に監督の祖父の話がベースになっているとのこと。

原題は「最後のスーツ」という意味で、確かにラストにつながるが、珍しく邦題の「家に帰ろう」もシンプルだが良いと思う。

頑固ジジイのロードムービーだとデヴィッド・リンチ監督の「ストレイトストーリー」という傑作が思い出されるが、同じホロコーストロードムービーだと最近ではアトム・エゴヤン監督「手紙は憶えている」もサスペンスフルでおススメ。

 

【(ネタバレ)ラスト・考察】

70年以上会っていない友の元へスーツを届ける、さまざまな困難をさまざまな人に助けられて辿り着いた末に再会を果たす、そこに言葉はいらないハグだけで十分なラストカット。予想はしてたもののやはりホロリとさせられた、人生の最後に乗り越えて報われた想い、感動的な名シーンだった。昔の傷は完全に癒えることはないかもしれないけど、大事な友がいて恩を返せたのはそれだけで幸せなこと、最期まで一緒に幸せに生きていてほしいと思う。

ホロコーストを体験した主人公と体験したことのない世代の人間とが国や過去を超えて交わっていく。日本でも同じで実際に戦争の凄惨さを体験したことがなければ過去として関心も薄くなるが、忘れてはいけないこと・若い世代に語り継ぎ、過去の過ち、平和への尊さを考え続けていくことを絶やしてはならない。そういう意味でも映画という媒体としての存在意義は大きいはず。

 

大罪を犯した国を永遠に責め続けても過去も未来も何も変わらない、今作のように70年かけて癒されていく場合もあるが、時間をかければいずれ解決するとも言い切れない。本当に病んだ心を癒やすのは時間ではなく、人と人との交わりなのかもしれない、旅が全てではないが様々な人と交わることで自身も変わらなければと気付いていくことになる。

「罪を憎んで人を憎まず」、赦すことで、自分自身も過去からも解放されていく、過去の記憶や葛藤とどう折り合いをつけながら今や未来へと繋げていけるのだろうか・・

「家へ帰ろう」何があっても「ただいま、おかえり」を言える場所がある当たり前のありがたみを噛みしめながら。。