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「マリッジ・ストーリー」 ★★★★☆ 4.7

◆「離婚=Re婚ストラクション」人生をResetし再構築すること、カイロ・レンとブラックウィドウのバトルウォーズと演技は「矛盾してるけどずっと愛するだろう」

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お互いを想い合いながらも離婚に踏み切り、裁判も含めたプロセスと子を持つ親として苦悩する夫婦の姿を丁寧にリアルに描いた作品。これまたNetflix映画で監督は「イカとクジラ」のノア・バームバック監督、派手な展開はないが離婚する過程の中で再確認する愛を描き切った脚本・演出、そして何よりもアダム・ドライバースカーレット・ヨハンソン二人の自然体の演技があまりにも素晴らしい。作品・俳優ともにアカデミー賞を含め多くの映画賞でのノミネートや受賞は間違いないであろう傑作。「アイリッシュマン」含めNetflix映画や恐るべし!

 

離婚の話なのにラブストーリーでありマリッジストーリーというタイトルが相応しいのは、離婚調停を進めながら二人の今までの結婚生活やお互いに変わっていく心情、不満がありながら確かに存在する愛の形が見事に表現されているから。

互いに良いところを誉め合うオープニングのシーンから秀逸で、二人の意向とはどんどん違う方向に向かっていく裁判の醜さ、終盤の本音がぶつかり合うケンカシーンからラストへの展開まで、あまりにもリアルで生々しくて胸の奥底にズシンと響いてくる(実際に離婚を味わった気分になる)。

どちらが悪いとかではなく誰にでも起こりえる感情なので共感できるポイントも多い、夫の抑圧からの解放と自由を求める妻の言い分も、仕事と子育てを両立しようと奮闘する夫の言い分も心の底から理解できる(自分は男なのでやはり男目線で見てしまったが)。

 

家族という範囲の中では、お互いに抑圧を受け入れる努力はしても限界があり、生きづらさ窮屈さも増していく、愛しているけど上手くいかない。自分なりに正しいと思うことを精一杯やっても相手にとっては正解ではなくて、軌道修正したくてもなかなか歯車が噛み合わなくて、必死で堪えようと頑張っても感情的になって心無い言葉を浴びせてしまって、そんな自分がますます嫌になってきて・・積み上がっていく「こんなはずじゃなかったのに」の連鎖。

結婚や離婚をしてなくても誰でも大切な人との関係の中で起こり得ることであり、子あり離婚経験者に突き刺さるのはもちろん、恋愛未経験の若者から熟年夫婦まで本当に相手を思う気持ちのある人、愛したい愛されたい全ての人たちに観て感じて欲しい作品。

 

※ここからネタバレ注意 

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【(ネタバレ)演出・考察】

ノア・バームバック監督の実体験として、前妻ジェニファー・ジェイソン・リーとの結婚生活、泥沼離婚が話のベースになっているらしいが、ジェニファーに対しての贖罪と愛情も込められているのだろうか?。現在の奥さんグレタ・カーヴィグ監督は今作をどう見たのか聞いてみたい(グレタの「レディバード」を見ると二人の感性は似ていると思う)。

内容的には親権を争う離婚の話なので、「クレイマー、クレイマー」の現代版とも言えそうだが、二人の関係・愛情が異なってるしクレイマーは男性目線が強かった。ダメになった夫婦の話だと「ブルーバレンタイン」があるが、あそこまで険悪・冷え切ってはないか。

穏やかな音楽も素晴らしく、トイストーリーなど多くのピクサー作品も手掛けるランディ・ニューマンだった、さすがのメロディ。

 

冒頭の互いの手紙の読み合いからラストの子供の手紙の音読まで上手いつながり、この2人はお互いを尊敬しあっていて、好きなところをたくさん挙げられるし、旦那は自分で何が食べたいか分からないけど、妻には分かっている・・こんなにお似合いで素敵な夫婦なのに別れざるを得ない切なさ。

夫婦で向かい合わせになるシーンが何度か出てくるが、ちょっと歩み寄れば届く距離なのになかなか詰めることができない、心の距離感も含め近くて遠い関係。また、NYとLAというそれぞれのベースの舞台も、二人の性格を表しているのだろう。

裁判のシーンは終始、本人たちの意思と反して泥沼化していくのが見ていて辛く居心地が悪かった、もともと円満離婚するつもりだったのに自分たちで自分を追い込むことになるという。相手を陥れようとする弁護士、親の一挙一動を観察する監視員、日常の些細なことが子育てにおける落ち度として指摘されてしまう恐怖・・訴訟大国アメリカ恐るべし、振り回される夫婦や子供が可哀想で仕方がないがこれが裁判なのか。

でも裁判の過程でお互いに向けた愛や憎しみや苦しみ全ての感情が、引きずり出されぶつけ合ったからこそラストにつながったのかとも思う。何気に妻側の弁護士が言う「社会的に宗教的にも母親とは完璧を求められるのだ」というセリフが印象的。

 

【役者】

アダム・ドライバースカーレット・ヨハンソンはすっかりカイロ・レンとブラックウィドウのイメージが染みついてしまったが、今作を見て改めて演技派なのだと思い出させてくれる。

今作の白眉である二人のケンカのシーンは本当に鳥肌モノで、あの長回しで途切れることのない臨場感の中、自分もその場に居合わせたかのようにいたたまれなくなる(初期のカサヴェテス映画を思い出した)。傷つけたくないのに上手く伝えられないし理解してあげられない、ちゃんと向き合って言いたいことを伝えようとすれば、言いたくないことまで口から出て、ただの罵り合いになって自分が嫌になる・・互いにつけた傷の深さと同様に深く愛し合っていたことが嫌でも伝わってくる。

アダム・ドライバーが感罵り合いの果てに「なんてことだ…」と膝にうずくまり、すぐに反省の言葉を口にして泣き崩れる一連の流れ、感情の波が画面から押し寄せてくる感じが素晴らしく、悲しみのどん底で人生を歌い上げる歌(上手くてビックリ)が響いてくる。

スカーレット・ヨハンソンも気丈なふるまいとは裏腹に、影でこっそり流す涙も染みてくる、何気にハロウインデヴィッド・ボウイに変装した格好が好き。

両方の弁護士役のローラ・ダーンレイ・リオッタは、見た目からしてそのギラつき方が最高。特にローラ・ダーンスターウォーズでカイロと敵対していたので、そのお返しとばかりに妻側の弁護士として暴れまわっていた(笑)。

 

【(ネタバレ)ラスト・考察】

冒頭とつながって、妻から夫の良いところを書いた手紙を子供が拙く読んでいく・・「彼に出会って2秒で恋をした」思わぬ文章に驚いたチャーリーとそれを見つめるニコールの表情が見事。この言葉を冒頭の場面で言い合えていたら、この手紙を最初のシーンで読み合っていたら離婚しなかったかもしれない。結婚している時に本音で話し合うことが少なすぎたのか、今更では遅すぎたのかタイミングは難しい。

共同生活はお互いの我慢なしでは乗り越えられない、その我慢は限界が来る前にお互い伝えていかないと取り返しがつかなくなることがリアルに伝わってくる。一緒にいたくないから離婚するのではなく、一緒にいたいけど一緒にいたら自分が自分でいられなくなるから離婚を選ぶ。それでもお互いの根底にある愛やリスペクトはまだ残り続けている。

「矛盾してるけどずっと愛する」、それは形を変えて、家族としての愛は絆としてこの先もずっと続いていくだろうし、お互い一緒には居れないけどずっと愛し続けるだろう、苦しくて優しくて悲しくて愛に溢れた別れであり始まりでもあるということ。

離婚=Re婚ストラクション、人生をResetし、Reconstruction再構築するということ、前向きに歩んでいくのだ。

 

「結婚する」と言うことは、誰かと時間を「共にすること」、楽しい時間も悲しい時間も辛い時間もすべてを共にする、お互いがその時間を“愛しい”と思い続けることが大事なことなのだろう。同じ価値観を持つことや互いを常に許し合うことは不可能なのだから、いま目の前にいるその人と子供と家族と一緒に過ごした時間を何よりも大切にすること、与えてくれた時間や歴史だけは変わることの無い真実なのだ。

たとえどんな結末になろうとも、あの日の気持ち、あの日の思い出は消えない。靴紐を結び直して、またそれぞれの道を歩いていくのだ。